756話 怒りと文句
宿屋「バーン」から出て深呼吸をする。
「寒い~」
宿に籠っている間に、寒さが本格的になっていた。
「大丈夫か?」
お父さんが苦笑しながら、私の頭をポンと撫でる。
「うん。大丈夫」
寒いけど、気分はスッキリしている。
ただ、本当に寒い。
前世の夢を見てから、なぜか現状にふつふつと怒りが沸いて来た。
どうしてそんな気持ちに切り替わったのかは、分からない。
でも、どう考えても理不尽で「教会の奴らは鬱陶しい!」とつい言ってしまった。
あの時の、お父さんの表情は面白かった。
まぁ、急に叫んだから驚いたんだろうな。
でも、さすがお父さん。
すぐに「そうだな。あいつ等は鬱陶しい奴等だな」と一緒に怒ってくれた。
それから2人で、教会に対して文句を言いまくった。
「頭がイカレている」とか「人として屑だ」とか、思いつく事をいろいろ言った。
そうすると、漠然とした不安が無くなった。
正直に言えば、教会は怖い。
でもそれだけじゃなくて、許せないという怒りも沸いてくるようになった。
そのお陰なのか、気持ち悪さは無くなった。
今、教会に対する感情はぐちゃぐちゃだ。
ただ、もう部屋に籠っていようとは思わない。
いや、籠ろうと思って籠ったわけじゃないんだけど。
そうじゃ無くて……難しいな。
ただ私は、何があっても奴らの思い通りにはなってやらない。
そう決めた。
これから何があったとしても、絶対に最後まで諦めない。
私は絶対に、みんなと楽しく過ごす。
そう決めた。
お父さんに言うと「それでいいよ。俺も何があっても最後まで諦めない」と言ってくれた。
その言葉に気持ちがふっと軽くなった。
大通りを歩くと、村の人達が嬉しそうに討伐隊の話をしていた。
討伐が無事に終わって、村の人達も安堵しているのが分かる。
ただ、変異したガシュが森にまだいるそうで、注意するように言われている。
「罠を完成させたら、すぐに森へ行くの?」
「あぁ、皆も思いっきり遊びたいだろうしな」
「そうだね」
ここ数日は私に付き合って、部屋で静かだったからね。
ソラ達の入っているバッグを優しく撫でる。
「クラが、もう来ているみたいだな」
お父さんの視線を追うと、広場の出入り口で手を振っているクラさんがいた。
それに手を振り返すと、私に向かって駆けて来る。
「もう、大丈夫?」
目の前に来たクラさんが、心配そうに私を見る。
「はい。もう、大丈夫です」
部屋に籠っている間、私は体調を崩したという事になっている。
ちょっと違うので、クラさんの心配に申し訳ないという気持ちになってしまう。
「あと、お花をありがとう」
しかも、お見舞いにお花を貰ってしまった。
お花を貰ったのは初めての事だったので、ちょっとドキドキしてしまう。
「ほらっ、カゴの様子を見に行こう」
クラさんにお礼を言っていると、お父さんがクラさんと私の背をポンと軽く叩く。
その態度に首を傾げながら、広場の隅にある建物に向かう。
建物に入ると、微かに臭い。
でも、カゴを作ったあの日に比べると、かなり消えている。
「これだよね」
棚に置いてある私が作ったカゴを、ドキドキしながら顔に近付ける。
「んっ?」
ちょっと遠かったカゴを、目の前まで持って来て臭いを確かめる。
「凄い。全く臭いがしない。あの臭いが消えるなんて」
臭いが消えると言っても、微かには臭うだろうと思っていた。
でも、鼻のすぐ傍に持ってきても全くしない。
「本当に消えるんだな。2日前はまだ微かに臭っていたのに」
お父さんの言葉に、2日前までは臭っていたのかと驚く。
「アイビー、クラ。カゴの強度はどうだ? 問題なさそうか?」
あぁそうだ。
臭いを確かめているだけじゃ、駄目だった。
必要なのは、カゴの強度だもんね。
カゴを持って、少し力を入れて引っ張ってみる。
重ね合わされた部分の様子を見るけど、ぴったりとくっついている。
「大丈夫みたい」
「俺も大丈夫」
私とクラさんの答えに満足そうに、お父さんが頷く。
「それじゃ、罠を完成させて森へ行こうか」
「「うん」」
お父さんの言葉に、つい笑みが浮かぶ。
今度こそ、狩りを成功させたい。
広場にあるテーブルで罠に必要な物を作り、マジックバッグにカゴと一緒に入れる。
これで準備は終わり。
クラさんを含めた3人で、門へ向かう。
不測の事態が起こっていなければ、森へ出る事が出来るはずだ。
「「行ってらっしゃい」」
「「「行ってきます」」」
門番に見送られて森へ出る。
約一週間ぶりの森!
「森は一段と寒いね」
久しぶりの森を満喫する前に、凄く寒い!
ずっと暖かな部屋にいたせいで、寒さに慣れていないからだろう。
私の隣に来たクラさんが、心配そうに私を見る。
「大丈夫?」
また、体調が悪くなるかもしれないと、心配されているのかな?
「大丈夫です。ずっと暖かな部屋にいたせいだから」
「本当に? ぶり返す前に、早めに帰った方が良くない?」
クラさんの言葉に、首を横に振る。
「本当に大丈夫です。それに、ずっと部屋にいて運動不足なんです。だから運動の為にも歩かないと駄目なんです」
「そう?」
クラさんを見て頷くと、少し納得してくれたのか「分かった」と言ってくれた。
まさかクラさんがここまで心配性だとは思わなかった。
「クラ。罠を仕掛けるのに最適な場所は?」
私とクラさんのやり取りを苦笑しながら見ていたお父さんが、クラさんに聞く。
どうやらクラさんの対応に困惑していた私を助けてくれたみたい。
お父さんを見ると肩を竦められた。
「こっち」
クラさんが先頭になり、歩き出す。
「あっ、ちょっと待って。皆を外に出したいから」
「うん」
私の言葉に、嬉しそうにソラ達が入っているバッグを見るクラさん。
早くクラさんのスライムが見つかって欲しいな。
きっと彼なら、テイムした魔物といい関係が築けるはずだから。
「皆、出ていいよ」
バッグを開けると、勢いよく出てくるソラとソル。
シエルはバッグから出ると、元の姿に戻った。
「えっ!?」
「「あっ!」」
「にゃっ!」
クラさんの驚いた声に、お父さんと私のちょっと焦った声。
そしてシエルの困惑した鳴き声。
うん、シエルの事を言ってなかったもんね。
クラさんが戸惑った表情で私とお父さん、そしてシエルを見比べる。
お父さんは、困った表情でクラさんを見た。
「てりゅ?」
最後にバッグから出て来たフレムが、周りを見て体を傾ける。
「あ~。クラ、歩きながら説明するよ」
「はい。えっと……凄い。本で見た、アダンダラ? のそっくり?」
いや、アダンダラのそっくりって何?
そんな魔物はいないからね。
そういえば、私も初めてシエルと会った時に、アダンダラに似ている魔物かなって思ったな。
クラさんを見ると、興味津々でシエルを見ている。
と言うか、シエルしか目に入っていない。
さすがに前を見ていないので、ちょっと心配になってしまう。
お父さんも気付いたのか立ち止まると、シエルについて説明を始めた。
「クラ。シエルは、アイビーがテイムしている魔物で種類はアダンダラだ」
「アダンダラ。本物」
お父さんの言葉に、嬉しそうにシエルに近付くクラさん。
「スライムだったのは?」
「変化する魔石を利用してスライムになっているんだ。そうしないと村には入れないからな」
「そっか」
クラさんがそっとシエルに手を伸ばすと、シエルがすりっと顔を手にこすりつける。
「あわわっ」
シエルに触れた手を引っ込めると、ジッと自分の手を見るクラさん。
しばらくすると、私を見る。
「凄い!」




