752話 2人の整備士
武器の整備をするお店の店主は、タタミラさん。
この村ではかなり有名な、武器愛好家らしい。
ちょっと度が過ぎているぐらい好きなんだそうだ。
それを教えてくれたのは隣の店の店主、ルルリガさん。
この2人は幼馴染で、いつもどれだけ完璧に整備できるか競っているそうだ。
それは、たまたま店に来たお客さんが教えてくれた。
その方が帰り際に、お父さんと私に、「面倒くさいから、巻き込まれないようにな」と言ったけど、既に手遅れのような気がする。
だって、さっきからお父さんの武器の整備でタタミラさんがルルリガさんを煽っているから。
「なぁ、俺にも何か整備させてくれないか」
やっぱり。
「割引するぞ」
「本当か?」
えっ、お父さん?
なぜか乗り気になったお父さんに首を傾げる。
「あぁ、本当だ」
「少し数があるんだけど」
数?
あぁ、マジックバッグやマジックボックスはちょっと多いもんね。
「マジックバッグ、マジックボックス。あと調理器具もお願いしたい」
えっ、調理器具も?
まぁ、買ってから整備していないから、それは嬉しいけど。
結構な数があるよ?
もしかして、全部を割引させるつもりなのかな?
「わか……どれくらいの数があるんだ?」
さすがに、すぐに返事をしなかったルルリガさん。
その事にお父さんが、残念な表情を見せた。
まぁ、変化は本当に少しだから、私ぐらいしか分からなかっただろうけど。
と言うか、お父さん。
本気で、全てを割引価格にさせるつもりだったの?
「ん~、どれくらいあるかな?」
そういえば、調理器具はどれだけの数があるんだろう?
大鍋の内、2つはマジックアイテムだから整備が必要だよね。
中鍋と小鍋で整備が必要なのは……6個?
いや、あの一番小さい鍋も水が出てくるんだった。
だから、7個かな。
あと、フライパンが3個に……他にもあったような気がするな。
「全部で30個ぐらいだ」
整備をしたいマジックバッグとマジックボックスに調理器具なら、それぐらいはあるよね。
「ん~、よしっ。俺が最初に言い出したんだからな。分かった、30個は正規価格で3個は無料で整備する。これでどうだ?」
割引とは少し違うけど、いい条件だよね。
と、思ったけどお父さんが考え込んでいる。
駄目なのかな?
「無料は6個」
「6個! いや、4個」
「それならレアなマジックボックスを4個」
うわ~。
マジックボックスの整備は難しいんだよね。
しかもレアは通常より、もっと複雑で整備代も高いと聞いた。
それを4個も?
さすがにそれは無理だと思うけど……あれっ、ルルリガさんが面白そうな表情になっているような?
「レアなマジックボックスの整備なのか?」
「あぁ、無理……じゃないな、その表情は。好きなのか?」
好きなんだろうね。
ルルリガさんの表情が、凄くキラキラしているから。
「あぁ、あの複雑さは腕の見せ所だからな。任せろ。レアなマジックボックスなら全部無料で整備してやる」
あっ、タタミラさんが頭を抱えた。
どうやらタタミラさんと同じように、ルルリガさんはレアなマジックボックスが凄く好きみたい。
それにしても、全部無料と言ってしまうなんて、大丈夫かな?
ははっ。
お父さんは嬉しそうだね。
「それじゃ、頼むな」
本当に無料で良いのかな?
まぁ、ルルリガさんも満足そうな表情をしているから、良いのかもしれないけど。
タタミラさんは、呆れた表情でため息を吐いているけどね。
「自警団が所持しているレアのマジックボックス以外は、久しぶりだ」
「そうなのか?」
お父さんが首を傾げならルルリガさんに聞く。
私も首を傾げる。
マジックボックスの中身を守るためには、定期的な整備が必要だと思うんだけど。
「マジックボックスは他のマジックアイテムより丈夫だから、壊れないと思い込んでいる者が多いんだよ。レアのマジックボックスを整備に出すのは冒険者か自警団の奴らがほとんどだ。彼等は、丈夫な物でも整備は必要だと分かっているから」
あぁ、マジックアイテムの事をよく知らないからか。
でも、マジックアイテムを売る場合は、整備が絶対に必要だと説明を受けるよね?
「販売時の説明はしているんですか?」
「もちろん、ちゃんと説明しているよ。でも、丈夫だし動いているから大丈夫と思うらしい」
説明を受けても、駄目なのか。
「マジックアイテムは急に動かなくなる事が多いからな。そうなってから『どうにかしてくれ』と、店に飛び込んでくる奴が多いよ。まぁマジックボックスならまだしも、レアなマジックボックスは動かなくなったら、中身は諦めるしかないんだけどな」
レアなマジックボックスは、動かなくなったら中身は諦めるしかないんだ。
全く知らなかったな。
やっぱり整備は必要だね。
お父さんとルルリガさんが、これからの予定を相談しだしたので、タタミラさんのお店の中を見て回る。
やっぱり盾が多い。
「あっ、この盾は凄いな」
「凄く大きくて、派手な装飾でしょ?」
タタミラさんが、私の見ていた大きな盾を取ってくれる。
「どうぞ。これにも軽量化の魔法が掛かっているから、持てると思うわ」
タタミラさんから盾を受け取る。
本当だ、大きさからは考えられないほど軽い。
「盾を構えるように、地面に叩きつけてみて」
叩きつける?
「分かりました」
盾を構えるようにして、地面に盾をどんと置くんだよね。
ドン。
「うわっ。重い」
腕に掛かっていた重さが一気に増した。
盾を持ったまま倒れそうになったところを、タタミラさんが支えてくれる。
「ありがとうございます。それにしても、これが本来のこの盾の重さですか?」
「そうよ。この盾の軽量化はかなり凄くてね。冒険者ではない女性でも持ち歩けるほどなの。でも、本来の重さに戻ってしまうと、無理。普通の冒険者でも、この盾は扱いにくいと思うわ。この盾は、持つ者を選ぶ防具よ」
確かに、普通の冒険者だったら扱えないだろうな。
まさか、あんなに軽かった盾がこんなに重くなるなんて思わなかった。
「あの、これ……どうやって軽量化に出来るんですか?」
「あっ、ごめん。その内側のボタンよ。間違って押さないように、分かりづらい所にあるのよ」
盾の内側。
戦っている時には絶対に触れない場所に小さなボタンを見つけて押す。
スッと盾が軽くなる。
「分かっていても、驚きますね」
「そうでしょ? あと、これも試してみる? 大剣までは行かないけど、これも軽量化から元の重さに戻った時に驚ける武器よ」
楽しそうに長剣を持って来るタタミラさん。
何となく私も楽しくなってくる。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
長剣を受け取ると、子供用の剣ぐらいの重さだと分かる。
「鞘から出して、上から振り下ろしてみて」
振り下ろすと重さが元に戻るのかな?
それって、私だけでは危ないような気がするけど、大丈夫かな?
「あっ、そうか。途中で重くなるから危険だよね。えっと、私が支えるわね」
タタミラさんが私の後ろから腕を支えて、普通に長剣を振り下ろす。
「あっ!」
凄い振り下ろし始めた時に、一気に重さが変わった。
「ねっ。この変化って凄くない?」
「はい、凄いです」
結果が分かっているのに、ドキドキする。
「この変化に慣れないとこの長剣は扱えないけど、扱えるようになったら絶対有名な冒険者になれるわね」
お父さんの剣は、戦う前に軽量化の魔法を解く。
だから不意打ちの時は、時々魔法を解くのが間に合わないと言っていた。
けど、これは動作で魔法が解けるから、失敗がないよね。
「面白いですね」
「でしょう?」
私の言葉に嬉しそうに笑うタタミラさん。
彼女が武器に拘るのがちょっとだけ、分かったような気がする。
「あっ、雷球ですよね?」
いろいろな武器が並んでいる中に、カゴに入った雷球を見つけた。
「そうよ。それは、改良した雷球よ」
改良?
「触っちゃ駄目よ。ちょっとの振動で電流が流れるから」
んっ?
ちょっとの振動?
「ぶつけなくても、電気が流れるんですか?」
「そう。ぶつける力がない子供でも扱えるように考えたんだけど、ちょっとの振動に反応するから使えない失敗作なの」
なるほど、ちょっとした振動で反応する武器は駄目だね。
投げる前に、自分に電流を流しそうだから。




