750話 完成
集中して、カゴに「パトパ」を塗っていく。
ここで失敗したら指に「パトパ」が付いてしまう。
それは絶対に避けたい。
「パトパ」を塗り終わったら、カゴを重ねて紐で結ぶ。
その繰り返し。
ゆっくり慎重に、重ね合わせるカゴを増やして強化をしていく。
「出来た」
カゴ全体の強化が終ると、大きく息を吐き出す。
「疲れたぁ」
カゴを重ね合わせるだけなのに、凄く疲れた。
特に手が凄く疲れている。
ずっと、緊張していたんだろうな。
両手を見る……「パトパ」は付いてないよね?
手を色々な角度から見る。
あっ、手に付いていたら臭いで分かるか。
「終わったのか?」
お父さんの言葉に頷く。
あっ、お父さんは私が1個作る間に3個も作っている。
「お父さんは、私より器用だよね」
罠を作っていると、お父さんの器用さがよく分かる。
私は、ちょっとだけ不器用だと思う。
出来上がったカゴを見比べるとよくわかる。
私のカゴは、重ね合わせた部分がずれているところが多々ある。
でもお父さんが作ったカゴは、ずれている部分がほとんどない。
「お父さんのカゴは綺麗だよね」
「まぁ、作っている数が俺の方が多いからな。慣れてくれば、もっと綺麗に作れるよ」
それはどうかな?
細かい作業がちょっと苦手だから。
「あっ!」
クラさんが手を見て焦っている。
どうやら「パトパ」が指に付いてしまったようだ。
「クラ、手を前に出せ!」
ホウセさんの大きな声に、クラさんが両手を前に出す。
ホウセさんは、テーブルに置いてあった器を持つとクラさんの手に向かってひっくり返した。
ザバー。
「水?」
器はマジックアイテムだったようで、クラさんの手に向かって大量の水が流れた。
「『パトパ』が付いたら、とりあえず大量の水で流す。これが一番いい方法なんですよ」
あっ、ホウセさんの話し方が元に戻った。
さっきは、凄い迫力のある声だったから驚いた。
「かなり臭いは取れたと思いますが、どうですか?」
ホウセさんの言葉にクラさんが指の臭いを嗅ぐ。
ちょっと嫌そうな表情になったけど、頷いた。
「1日ぐらいで全く気にならなくなるでしょう」
「ありがとう」
クラさんはお礼を言うと、カゴ作りを再開した。
さっきより真剣な表情のクラさんに、皆で笑ってしまう。
「そういえば、よくパトパトの実を何かに使おうと思いつきましたよね」
お父さんの言葉に、私も頷く。
本当に、こんな臭う実をよく利用しようと思ったよね。
最初に思いついた人は、臭いにそうとう強い人か変わった人だと思う。
「ははっ。昔はこの村でもパトパトは邪魔な存在だったんですよ。森に行ったら知らない間にパトパトの実を踏んでしまって、靴によっては捨てないと駄目な事もあったようなので」
それだけパトパトの実を潰した時の臭いは、凄いからね。
「この村の奥にある森では、15年から20年に1回ですが、魔物が大移動をするんです」
魔物の大移動?
「この村が出来た当初は問題なかったそうなんですが、ある時期から魔物が村の近くに来るようになり、とうとう村に被害が出てしまったそうです。その被害はとても大きく、村の存続も危ぶまれたとか。だからその時の自警団団長が、原因を調べ始めたんです。ただ原因が判明するまでに、かなり時間が掛ったみたいです。なんせ、大移動は15年から20年に1回ですからね」
そうだよね。
これかもしれないと思っても、魔物の大移動が無いと結果が分からない。
「何十年も掛けて分かったのは、魔物がパトパトの臭いを避けるという事でした。村が出来た当初は、森にかなりのパトパトの木があったと記録が残っていましたから、それが魔物を遠ざけてくれたんでしょう」
臭いが村を守っていたという事か。
でもそれを知らなかったから、村の人達はパトパトを切ってしまったのかな?
「村の人達は、原因が分かったのでパトパトの木を森に増やそうとしたみたいです。でもなぜか、根付かなかったみたいですね。5年ほど頑張ったようですが、断念しています。その代わりに頑張ったのが、パトパトの実を加工して魔物除けにする事だったみたいです。パトパトを使った魔除け作りは、かなり苦労したみたいですが、作り始めて3年後に完成しています」
パトパトの木は強そうに見えたけど、根付かなかったのか。
「ただ、15年から20年に1回ある問題の為に編み出した技術を、どう伝えていくのかが問題になったみたいです。普段は、必要のない物ですからね」
日常に必要のない技術は、忘れられやすいもんね。
文献に残す方法もあるけど、しなかったのかな?
「文献に書いて残さなかったんですか?」
お父さんの言葉にホウセさんが苦笑する。
「もちろん文献で作り方は残されてますよ。ただ文字では、どれほどの臭いがするのか、いまいち伝わりにくいんです。パトパトを煮詰める作業は苦行ですからね」
あぁ、ここでも臭いが壁になるのか。
やり方がわかっていても、臭いが我慢出来ない。
もしくは、臭いが酷いから失敗したと思われるかもしれないとか?
「パトパトの果汁を煮詰めていくと、物体をくっつける物になると分かったのは、たまたまだったようです。魔物除けを作る作業中に偶然発見したと、魔物除けの作り方が載っている文献に載っていました」
「出来た」
クラさんの言葉に視線を向ける。
少し形が崩れているけど、罠なら問題なく使えるカゴが完成していた。
「初めてなのに、綺麗に出来たな」
「うん」
お父さんの言葉に嬉しそうに笑うクラさん。
なんだか2人を見ていると、ほんわかするな。
「では、作った物をしっかりと乾かしましょうか」
そうだった。
まだ、乾燥作業が残っていた。
ホウセさんは自分が作ったカゴを持つと、広場の隅にある建物に向かって行く。
「あの小さな小屋が、乾燥させる場所になっているんです。今は誰も使っていないので、問題なく乾燥させる事が出来るでしょう」
ホウセさんが小屋を開けると、「パトパ」の臭いが小屋から漂ってきた。
「作った物は全てここで乾燥させるので、小屋に『パトパ』の臭いが染みついているんですよ。ここに並べましょうか」
ホウセさんは、小屋の中の棚に自分で作ったカゴを置くと、隣を指した。
棚に並ぶカゴ。
お父さんが一番、綺麗に作ってあるな。
次がホウセさんで、私でクラさん。
初めて作るクラさんと私のカゴを見比べる。
……クラさんにはすぐに越されそう。
次はもう少し、丁寧に作ろう。
「楽しかった」
「うん。かなり集中力が必要だったけど、出来た物を見ると嬉しくなるね」
「うん」
クラさんと並んだカゴを見る。
彼の嬉しそうな顔を見ていると、私も笑みが浮かぶ。
「小屋から出ようか」
「うん」
クラさんと一緒に小屋から出ると、ホウセさんとお父さんが話している姿が目に入った。
お父さんが頭を下げると、ホウセさんが首を横に振る。
「では、今日は楽しかったです。罠、いい結果になるといいですね」
「はい、ありがとうございます」
そういえば、ホウセさんが作ったカゴはどうするんだろう?
広場を出ていくホウセさんを見送る。
「お父さん、ホウセさんが作ったカゴはどうするの?」
罠用に作っているので、日常では使いにくいぐらいに厚みがある。
罠を作る日にホウセさんがまた来るんだろうか?
「彼からカゴは自由に使って欲しいと言われたよ」
「そうなの?」
という事は、罠を使う時はいないのか。
「ホウセさんから『久々に罠に関われて楽しかったです、ありがとう』と言われたよ」
もしかしてホウセさん、「パトパ」の使い方を実践で見せてくれたのかな?
もう一度会えたら、その時にしっかりとお礼を言おう。




