746話 正しい情報を素早く
自警団を出ると、空はうっすらと暗くなっていた。
冬が近付いているため、暗くなるのが早い。
まぁ今日は、予定外に森にいる時間が長くなったせいだけど。
「あれ?」
大通りを歩いていると、既に「変異したガシュが姿を見せた事」が噂になっていた。
「お父さん。噂が広まるのが、早過ぎない?」
「たぶん自警団が情報を流したんだろう」
そうだとしても早い。
しかも噂の内容に、間違いがない。
噂は人から人へ伝わると、変わっていってしまうのに。
「一斉に、同じ内容を聞いたみたいな印象だな」
あっ、そう。
そんな感じだ。
「うん」
でも村の人達に、同時に伝える事なんて、出来るのかな?
……無理だよね?
広範囲に声を届けるマジックアイテムがあるとか?
いや、それなら自警団の中にいた私にも聞こえるはずだから、違うか。
変異した魔物の噂を聞きながら宿に向かう。
しばらく聞いていると、噂話の中に「逃げ道」とか「保存食」とか「安全最優先」という言葉が出て来た。
「お父さん、ガシュは村を襲う魔物じゃないよね?」
洞窟を住処にしている魔物だから、可能性はないとは言わないけど少ないと思うのだけど。
「本来のガシュは、村まで来ない。あの魔物は洞窟を住処にしているから」
「そうだよね?」
それならどうして、逃げ道を確認しているんだろう?
しかもどの人も、逃げる方法が同じなのも気になるな。
まるで訓練でもしたみたいだ。
「もしかしたら変異したガシュに、村が襲われた事があるのかもしれないな」
なるほど。
それだったら、マーチュ村の人達が逃げ道を確認するのは当然かもしれない。
「お父さん、宿に戻ったら私たちも逃げる方法を確認しようか」
「そうだな。店主のバトアに聞いてみるか」
「うん」
村が魔物に襲われるなんて考えたくないけど、もしもの時の事も考えておかないと。
宿に戻ると、シャンシャさんが食堂から出て来た。
「大丈夫だった? 今日は森へ行くと話していたわよね?」
「はい。大丈夫です」
シャンシャさんは、私とお父さんを見てほっとした表情を見せた。
「よかったわ。自警団から、魔物の注意喚起が来たから、心配していたの」
自警団から注意喚起が来たんだ。
やっぱり、自警団が情報を流したのか。
「情報が伝わるのが早いですね」
不思議そうな表情でお父さんが聞くと、シャンシャさんが真剣な表情で頷く。
「過去の経験から、『情報は素早く正しく伝える』。これをこの村は大切にしているの」
やっぱり、過去に何かあったんだ。
「この村は小さいでしょう? だから、魔物に村が襲われたら被害は大きいの。その被害を最低限にするためには、なによりもまずは正しい情報を共有する事が大切なの。だから魔物の情報は、どんなに小さな物でも、すぐに村中の人に伝わるようにしてあるのよ」
なるほど。
「凄いですね。伝える方法は、マジックアイテムを使用しているんですか?」
お父さんの言葉に、シャンシャさんが嬉しそうに笑う。
「そうよ。あるマジックアイテムを改良して使っているの」
改良したマジックアイテムを使用しているんだ。
それで一斉に、村の人達に正しい情報が届けられるのなら、便利だよね。
「あっ、そんな事より、夕飯はどうするの? もう、食べられるんだけど。まだ早いかな?」
シャンシャさんの言葉に、お腹を押さえる。
森の中をかなり歩き回ったので、お腹は正直減っている。
でも、いつもの夕飯時間より少し早い。
「風呂の前に食べようか?」
私の様子を見たお父さんが言う。
それに頷く。
やっぱり、お腹が空いた。
「すぐに用意するわね。座って待ってて」
食堂に入るといつもの場所に座る。
「そういえば、看板屋さんに行けなかったね」
予定が、変異したガシュのせいで。
いや、オカンノ村のせいで変わってしまった。
「そうだな。明日は行こうな」
「うん」
明日は絶対に行こう。
なんとしても、加工したパトパトを手に入れたい。
……あれ?
加工方法を聞くんだったっけ?
「お待たせ。そうだ。お風呂を出たら、人生ゲームを楽しみましょうね」
あっ、忘れていた。
そうだった、今日の夜は遊ぶ約束をしていたんだった。
「お風呂に入った後に、この食堂でいいですか?」
お父さんの言葉に、シャンシャさんが頷く。
「えぇ、ここで遊びましょう。そうだ、ゲームをしていたら少し遅くなってしまうかもしれないけど、大丈夫?」
シャンシャさんが私を見る。
人生ゲームがどういう遊びなのかいまいちわかっていないけど、もしかしたら少し時間が掛るのかな?
「大丈夫です」
今回、変異したガシュの痕跡が村の近くで見つかった。
そのため、討伐が村の近くで行われる可能性がある。
また、討伐では森が騒がしくなる。
そのせいで変異したガシュ以外の魔物も、興奮状態になる可能性が高い。
興奮した魔物は、通常より攻撃的になる。
そのため、森が落ち着くまでおそらく出る事は禁止されるはずだとお父さんが言っていた。
「それならゲームを用意しておくわね。あっ、スープが冷めないうちに食べてね」
「はい。ゲームは宜しくお願いします」
今日の夕飯は、じゃぼとバトの煮込み料理。
じっくりと煮込まれているのか、バトの肉がトロトロで美味しかった。
じゃぼは、それほど煮込んでいないのかほくほくしていた。
野菜を煮込まない方法もありだな。
夕食後、部屋に戻り皆をバッグから出す。
「遅くなってごめんね」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
「にゃうん」
バッグから出た皆は、それぞれに体をブルブルと揺らす。
その運動を見ながら、マジックバッグからポーションとマジックアイテムを取り出していく。
「すぐに、用意できるからね」
それぞれの前に、ポーションとマジックアイテムを並べる。
「トロンは?」
「カゴの中で寝てしまったみたいだ」
お父さんの言葉に、カゴの中を覗く。
気持ちよさそうに寝ているトロンに笑みが浮かぶ。
「明日の朝に食べられるように、カゴの近くにポーションを置いておくね」
明日の朝は、多めに紫のポーションをあげよう。
「あぁ、自分で食べる時があるから、お皿も置いておくよ」
「うん、お願い」
トロンのカゴの前に、蓋を開けた紫のポーションとお皿を置く。
これで準備完了。
「皆、どうぞ」
私の合図と同時に、勢いよく食べ始めるソラとフレム。
ソルは、少しゆっくりと食べ始めた。
シエルは、既にベッドの上で寛いでいる。
「ぷっぷ~」
「てっりゅ~」
ポーションを次々消化していく2匹。
ここでも競っているように見えるのは気のせいだろうか?
「ぷっ!」
「てりゅ!」
あっ、勘違いじゃないや。
「ソラ、フレム。食べ物で競わない」
「「……」」
もう、この子達はすぐに遊びだすんだから。
「ご飯の時は、遊んじゃ駄目よ」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「返事だけはいいよな」
「ぷっ、ふふふっ」
お父さんの言葉に笑ってしまう。
本当に返事だけはいつもいいからね。
あっ、ソラもフレムも不服そうにこっちを見てる。
でも、反論の声はあげないんだね。
食事をしているソラとフレムの頭をそっと撫でる。
「仲良くね」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」




