741話 お祝い
森に行く前に、宿にソラ達を迎えに行く。
「んっ?」
腰に、いつもより痛みを感じる。
歩きながら腰を叩く。
収穫時間が、いつもより長かったせいかな?
ずっと中腰だったもんね。
両手を上げて左右に体を倒して、腰を伸ばしてみる。
あっ、気持ちいい。
「何をしているんだ?」
お父さんの不思議そうな声に、ちょっと恥ずかしくなる。
歩きながらする運動では無かったね。
「腰がちょっと痛くて」
私が苦笑すると、腰が押される感覚がした。
見るとクラさんが人差し指で腰を押していた。
「えっ? 何?」
「じいが、腰が痛いときに指で押していたから」
指で押す?
そんな改善方法は聞いた事が無いな。
このマーチュ村では、当たり前にする改善方法なのかな?
「どうやるの?」
「……痛みがあるところを、指でぐっと押していたと思う」
クラさんの説明を聞きながら、腰を指で押してみる。
あっ、痛い。
……これが、改善になるのかな?
「それは指圧の事か? ただ、あれは痛いところを押しているわけでは無いぞ」
お父さんの言葉にクラさんが首を傾げる。
「俺も詳しくないが、なんでも体にはツボという場所があって、そこを押すらしい」
クラさんを見ると首を横に振った。
あまり詳しくは知らないみたいだ。
「ごめん」
「心配してくれたんだよね。ありがとう」
宿の近くに来ると、お父さんとクラさんを見る。
「2人は宿の前で待っていて。すぐに皆を連れて来るね」
2人が頷くのを見てから、宿に入って借りている部屋まで上がる。
皆をバッグに入れて、すぐに2人と合流する。
あとは、自警団詰め所でふぁっくすを送れば森で罠の確認だ。
雨が降っていたので期待は出来ないけど、ちょっとだけワクワクする。
もしかしたらという事がある。
「何かあったのか?」
お父さんの視線の先には、自警団詰め所の出入り口に集まっている自警団員達。
少し興奮している様子が窺える。
「2人はここで待っていてくれ。ふぁっくすを送るだけだから、俺が行くよ」
「ありがとう。お願いね」
マジックバッグから、ふぁっくすの紙を出してお父さんに渡す。
お父さんは枚数を確認すると、自警団詰め所に入っていった。
「良い事でもあったのかな?」
自警団の出入り口にいる自警団員達をよく見ると、笑っているのが見える。
その雰囲気は、悪い事があったというより良い事があったように見える。
「聞いてくる?」
「えっ?」
「気になるなら」
クラさんの言葉に首を横に振る。
問題が起きた感じではないので、気にする事は無いだろう。
森へ行く事が駄目なら、お父さんが聞いてくるはずだし。
「戻って来たよ」
お父さんに手を振る。
「行こうか」
お父さんの言葉に3人で森へ向かう。
「自警団員達の様子に気付いたか?」
お父さんの言葉に、私とクラさんが頷く。
「自警団副団長の奥さんが元気な子を産んだそうだ。詰め所内はお祝い一色だったよ」
あぁ、それで自警団員達は笑っていたのか。
「みんな嬉しそうだったね」
私の言葉に、お父さんが頷く。
「ちょっと異様な盛り上がりだったから、驚いたけどな」
詰め所内はどんな感じだったんだろう?
少し気になるな。
「副団長、怖い顔。奥さん、可愛い人で頑張った。父さんが言ってた」
クラさんの言葉に、視線を向ける。
「怖い顔?」
私の質問にクラさんが頷く。
「子供が皆、泣く。俺も初めて会った時は、泣いた」
それは、そうとう強面という事なんだろうか?
「行ってらっしゃい」
2日前より明らかに元気な声に見送られて、森へ出る。
振り返ると、門番さんが笑顔で手を振っていた。
それに振り返すと、振り方が大きくなってしまった。
門番さんも、少し浮かれているのかもしれない。
「副団長の奥さんは、愛されているんだな」
お父さんの言葉に、頷く。
皆が、お祝いしたい気持ちになるんだから。
「副団長も奥さんも、人気者」
副団長も人気者なんだ。
どんな人なんだろう?
一目でいいから、見てみたいかな。
村からある程度離れたので、周りの気配を探る。
人の気配は無いし、魔物の気配も無し。
「みんなを出すね」
バッグの蓋を開けると、ソラ、シエル、フレム、ソルが出て来た。
そして楽しそうに、周りを跳びはねだす。
「ちょっと皆! 水が落ちて来るから止まって!」
跳びはねる度に、木々から水滴が落ちて来る。
雨は止んでいるのに、ずぶ濡れになりそう。
「ぷっぷ?」
「てりゅ?」
「にゃう?」
「ぺふっ?」
不思議そうに私たちを見る皆。
「雨が降って木々に水滴がついているの。皆が跳びはねるとその水滴が落ちちゃうんだ。濡れちゃうから跳びはねるのはちょっと控えめにしてくれる?」
私の言葉に、皆の視線が周りに向く。
「ぷっぷ~」
ソラの声がちょっと情けないものになる。
どういう状態か、理解してくれたみたいだ。
「ぺふっ」
「にゅうん」
「てりゅりゅ」
ソルたちもソラと同じように、声に元気がなくなる。
「ちょっとだけ加減してくれたらいいからね。そんなに落ち込まないで」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「にゃうん」
「ぺふっ、ぺふっ」
良かった、分かってくれたみたい。
足元で控えめに跳びはねる皆を見ながら、森の奥へ進む。
「あそこだな」
罠に使用したカゴが見えた。
「そうだね。でも、あの罠は駄目だね」
カゴの一部に枝が刺さって壊れているのが見えた。
「残念。他の罠を確認しようか」
手分けして罠を確認する。
結果は惨敗。
「失敗した要因は何だろうな?」
お父さんの言葉に、回収した罠を見る。
壊れているカゴが多いな。
それに、重ねて紐で止めていたカゴが分解している。
「あっ、毛が付いている」
カゴの内側を指して、お父さんとクラさんに見せる。
よく見ると、引っかかれたような爪痕もある。
つまり、罠に掛かった何かが強引にカゴを壊して逃げたという事かな。
「カゴの強度が足りなかったみたいだね」
「そうみたいだな。ただ、この周辺にいる動物や小型魔物だったら、大丈夫なはずなんだけどな」
そうなんだ。
という事は、予想外の動物か小型魔物がいたのかな?
「足跡がある」
クラさんが指す場所を見ると、確かに足跡があった。
「鋭い爪が2本だな。でも大きな爪を持つバトでは無いみたいだ。バトの爪は4本だから」
お父さんが足跡の一部を指す。
そこには、地面に刺さった跡が2個あった。
おそらく爪先が地面に刺さったんだろう。
「俺がこの辺りで行動していると予想した、動物や小型魔物とは違うみたいだ」
「そうなんだ」
ん~、その予想外の何かがまた現れるかもしれないよね。
罠の場所を変える?
でも、行動範囲が分からないからなぁ。
「よしっ。カゴの強度を上げようか」
「「うん」」
それが一番かな。
でも、どれくらい強くしたらいいのかな?
壊されたカゴを手に持って観察する。
カゴ自体が壊されている部分もあるけど、紐の被害が大きいな。
ほとんどの紐が切れている。
「カゴとカゴを縛っている紐が問題かもしれないね。ほらっ」
お父さんに、紐が切れている部分を見せる。
「引き千切られているみたいだな」
紐を爪で切られてしまえば、カゴはバラバラになってしまう。
どんなにカゴを合わせて強度を上げても、これでは意味がないな。
「捨て場に行って、役に立ちそうな物を探そうか」
「捨て場?」
クラさんが首を傾げてお父さんを見る。
「罠に必要な材料を、捨て場で見つけるんだ。思いがけない物が役に立ったりするから、面白いぞ」
お父さんの言葉に、ワクワクした表情をするクラさん。
「一緒に探したいです」
「それなら、クラのテイム出来るスライムを探して、帰りに捨て場によろうか」




