740話 今日で終わり
朝日が昇る前に宿を出る。
「寒いね」
「うん、寒いね」
隣を歩くクラさんを見る。
シャンシャさんに寒いからと、マフラーを首にぐるぐると巻かれていた。
なので、マフラーに口元まで埋もれている。
まぁ、私も風邪を引いたら大変と同じ状態にされてしまったんだけど。
「雨が降って、寒さが増したな」
「うん、昨日より寒いよね」
クラさんと反対側を歩くお父さんを見る。
昨日、何度もため息を吐く姿を見た。
心配で「大丈夫?」と数回聞いたけど、「大丈夫」という答えしか返ってこなかった。
今日の様子を見る限り、元のお父さんに戻ったようだ。
クラさんにも、普通に接している。
昨日は本当にどうしたんだろう?
「もう少し明るくてもいい時間なんだけどな」
お父さんの言葉に、周りを見る。
小さな灯りでかろうじて道が分かるけど、周りはまだ暗闇が包んでいる。
「そうだね」
本日中に収穫を終わらせたいので、早く来られる人は来て下さいと連絡を貰った。
なので、今日は宿を1時間ほど早く出発した。
冬なので明るくなる時間が遅いのは当然だけど、暗すぎる。
「今日は、雲が厚いんだと思う」
クラさんの言葉に、空を見上げる。
月も星も見る事が出来なかった。
「結構、集まってるね」
畑に行くと、少し周りが明るくなった事に気付く。
空を見上げると、星が見えた。
少しずつ、雲が晴れだしたみたいだ。
「そうだな」
お父さんが畑に入ろうとすると、クラさんに服を掴まれる。
「どうした?」
「靴と上着、借りられる。土がドロドロだから」
クラさんの言葉に首を傾げる。
今まで手袋は借りたけど、靴と上着を借りた事は無い。
なのに、どうして今日は借りられるの?
それに土がドロドロ?
あっ、雨が降ったから畑の土がいつもと違うのか。
「そうだな。借りた方がいいか。アイビーはどうする?」
水分を含んだ土を歩き続けて、大変な目にあった事がある。
あれと同じ状況という事だよね。
「私も借りたい」
借りられるなら借りよう。
クラさんに教えてもらって、上着と靴を借りる。
汚れないようにマフラーを外し上着を羽織り、靴を履き替える。
今までと違う靴に、少し違和感を覚える。
「表面の凸凹を無くして、土が落ちやすいようになっているんだよ」
お父さんの言葉に、靴の表面を触る。
本当だ。
靴の表面がつるつるになってる。
これなら水分を含んだ土でも、落ちやすいだろうな。
「本日もよろしくお願いいたします」
アビラさんの声で、一斉に収穫作業が始まる。
いつも通り土の上に出たカポを、カゴの中に入れていく。
「結構、土が付いてるね」
いつもよりカポに付いた土が多い。
しかも水分を含んでいるせいで、綺麗にならない。
「そうだな」
大きめのカポに手を伸ばす。
付いている土を落とすけど、綺麗に落ちてくれない。
仕方ないとカゴに入れるけど、これは時間が掛りそうだ。
「よっと」
場所を移動するためにカゴを持つ。
カポ1つ1つに少しずつ土が付いているので、いつもより重いような気がする。
気のせいではないと思う。
「お疲れ様です」
アビラさんの声が、畑に響き渡る。
いつもより大きい声に驚いて、カゴを落としそうになってしまった。
「皆さんのおかげで、本日で収穫は終わりました。本当に、ありがとうございました」
アビラさんの言葉に、畑を見回す。
「本当だ。終わってる」
畝の上にあったカポが全て収穫されたようで、無くなっている。
「お疲れ様。一緒に運ぶよ」
お父さんの言葉に、持っていたカゴを一度下ろす。
「ありがとう」
助かった。
疲れたのか、腕に力が入らなかったんだよね。
カゴを一緒に持って、決められた場所まで運ぶ。
「いつにもまして腕の疲れが酷いな」
「お父さんも? でも、どうしてだろう?」
「土を落とす時に、余分な力が入ったんだろう」
確かに思ったように土が落ちてくれなかったから、ちょっと力が入っていたかも。
それが何度も、何度もあったよね。
うん、いつもより疲れが酷くて当然かな。
「「終わった~」」
んっ?
お父さんと顔を見合わせて笑ってしまう。
「さてと、靴はあそこで軽く洗うみたいだな」
お父さんが指す方を見ると、樽に入った水で土を落としていた。
「あの水で、汚れが落ちるのかな?」
既に靴を洗った後なので、水が茶色になっている。
「汚れは気にしなくていいみたいだぞ。土だけ落としておけば」
そうなんだ。
それなら、まぁ大丈夫かな。
「あっ、水は入れ替えてくれるみたいだ」
本当だ。
まぁ、すぐに水は茶色になってるけど。
土の汚れを落とし、上着に付いた土も軽く払う。
腕の部分が、思ったより土で汚れてしまっている。
これ、大丈夫かな?
「気にしなくて大丈夫ですよ」
腕の部分の汚れを見ていると、優しい声が聞こえた。
視線を上げると、女性が笑って手を差し出してきた。
それに首を傾げる。
「上着はそのままで大丈夫です」
あっ!
慌てて上着を女性に渡す。
「結構汚れてしまったんですけど」
「服を汚さないための上着なので、汚れる事が役目です。だから問題ないです」
それならよかった。
「ありがとうございます」
上着のお陰で、上の服は汚れていない。
ズボンも、靴が膝の部分まであったので大丈夫だった。
「アイビー」
女性に頭を下げると、お父さんの下へ行く。
「はい、これアイビーの分な。あと内容を読んで、問題が無かったら名前を書いてくれるか?」
お父さんから袋と1枚の紙を渡される。
袋は、手に乗った時「チャリ」と音がしたので、お金かな?
紙の方は、収穫を手伝った日数と給金について書かれてあった。
内容をしっかりと確認して、名前を書く。
「ありがとうございます」
お父さんが2枚の紙をアビラさんに渡すと、彼が頭を下げたのが見えた。
「いつものスープが今日は豪華になっているので、どうぞ」
いつものスープの豪華版?
「食べるよね?」
「もちろん」
お父さんと一緒にスープを取りに行く。
あっ。いつもよりちょっと大きめの器だ。
それに野菜も肉も大きい。
「肉」
隣から聞こえたお父さんの声に笑ってしまう。
「ドルイドさん、こっち」
クラさんの声に視線を向けると、少し離れた場所で手を振っていた。
近付くと、お父さんと私が座れる場所を確保してくれていた。
「「ありがとう」」
スープを飲むと、優しい野菜の味が口に広がった。
「体が温まるな」
「うん」
収穫で動き回っていたけど、体の芯は冷えていたみたい。
スープを飲むと、芯からじんわりと温かくなってくる。
「これから、森ですか?」
どこかソワソワしたクラさんがお父さんを見る。
それにお父さんが首を傾げる。
「そうだけど、一緒に来るのか? おやごさんには言って来たのか?」
お父さんの言葉にクラさんが頷く。
そして誰かを指した。
そこには大きなクワを持って、畝の間を走り回っていた男性がいた。
「えっ。彼なのか?」
お父さんの驚いた声に、不思議そうな表情で頷くクラさん。
「そうか。ちょっと行ってくる」
お父さんが立ち上がるので、一緒に立つ。
「挨拶だけしてくるから、ここで待っててくれ」
お父さんは私の肩をポンと叩くと、クラさんのお父さんの方へ行った。
見ていると、クラさんのお父さんが何度もお父さんに頭を下げだした。
それを困った表情で見るお父さん。
いったいどんな話をしたんだろう?




