739話 ソルの紹介
テーブルの上に、朝食のあと自警団まで取りに行った、真っ白なふぁっくすの紙を置く。
一昨日と同じ状態。
あの時は頑張った。
今日はソルの紹介だけなので、ちょっと気が楽かな。
ただ、ふぁっくすの紙から視線を上げるとソルがいる。
ジッと真っ白な紙を見つめているんだけど、圧を感じる。
「今日こそは、しっかり紹介しろよ」という事だろうか?
「ぺふっ?」
可愛い声なんだけど……目がちょっと怖いよ。
「今日はソルの紹介だね。頑張るね」
「ぺふっ!」
昨日、あと少しで宿に着くという所で雨脚が強くなった。
そのせいで、宿に着く頃には3人とも全身がずぶ濡れ状態。
夏はいいけど、この時期は駄目。
体の芯から冷えてしまったので、お風呂に直行。
すぐに体を温められたので風邪を引く事は無かったけど、本当に寒かった。
夕飯の時に、翌日の手伝いが休みになった事を店主のバトアさんが知らせてくれた。
雲の流れから、明日も雨が降る確率が高いためらしい。
窓から雲の様子を見たけど、暗くてよく分からなかった。
明日も雨なら、今日はもうゆっくり休もうという事で、夕飯のあとは早めに就寝。
今日は朝からとてもスッキリしている。
ただ、予想通り外は雨。
しかもかなり強く降っているので、森に罠を見に行くのも中止になった。
今、部屋にはクラさんがいてソラ達と遊んでいる。
雨脚が強かったため、昨日は宿に泊まったそうだ。
バトアさんもシャンシャさんも、孫のクラさんが大好きみたいだ。
昨日の夕飯の時も今日の朝食の時も、食後のおやつがちょっとだけ他の人より多かった。
「ぷっぷぷ~」
「にゃうん」
ソラとシエルの鳴き声に視線を向けると、クラさんの頭の上で飛び跳ねるソラが見えた。
止めようかと思ったけどクラさんが楽しそうなので、ちょっと迷う。
「大丈夫だろう」
「そうかな?」
お父さんの言葉に、ソラとクラさんの様子を窺う。
クラさんは、頭の上で飛び跳ねるソラを指で突いて遊んでいるみたいだ。
突かれたソラも、楽しそうに鳴いている。
うん、問題はなさそうだね。
「ぺふっ?」
「あっ、大丈夫忘れてないから」
目の前から不服そうな鳴き声。
ちゃんと覚えているから、大丈夫。
「えっとまずは……続けてふぁっくすを送るお詫びが必要かな?」
どう書こうかな?
「追伸」は違うし、「続けて書きます」は、原因が分からないな。
えっと、「仲間の紹介を忘れていたので、続けてふぁっくすを送ります」。
これでいいかな?
「紹介するのはソラと同じで、名前をソルといいます」
ソラがスライムだと分かってくれているはずだから、紹介は楽だな。
「黒い子で、凄く……目の前で睨みを、ごめん。書かないよ」
凄く、可愛い子です。
えっと、「最初の頃はマジックアイテムから魔力を」なんて、過去の事は会った時でいいか。
今は、「マジックアイテムを分解しながら」……これって、このままでは書けないよね。
「ん~、そうだ」
最近、捨て場で気になっている事があります。
まだまだ使えるマジックアイテムが、かなり捨てられている事です。
あれは勿体ないと思います。
そうだ、ソルはマジックアイテムが気に入っているみたいです。
よく、捨て場にあるマジックアイテムの上で遊んでいます。
「食べる」とは書けないから、これで伝わって欲しい。
……無理かな?
でも、文脈がおかしいから、何かがあるとは気付いてくれるはず。
食べる事は分からなくても、マジックアイテムとソルに何か関わりがあると……気付くよね?
「私のふぁっくすって、ラットルアさん達に頼りきっているよね」
「ははっ。まぁ、しょうがないだろう。そのまま、書けないんだから」
そうなんだけど、会った時にしっかりと謝ろう。
次は、「ソルは魔法陣を」とか、絶対に書けないよね。
ソルが作る魔石の事も、ふぁっくすではそのまま伝えられないから。
「あれ? ソルの体にある模様の事は書かないのか?」
お父さんの言葉に、ソルを見る。
ソルは遠目からでは真っ黒に見えるけど、近くで見ると銀色の模様がある。
銀色といっても暗い銀色なので、よく見ないと見えないのだけど。
「どう書けばいいかな?」
「それはそのまま書いても大丈夫じゃないか?」
「『ソルには銀色の模様があります』って?」
お父さんが頷くなら、大丈夫なのかな。
えっと、そのままを書いて……「遠くからは見えません」という事も、書いておこう。
あぁ、思いついたまま書くから、今日のふぁっくすも内容がごちゃごちゃしているな。
「あっ、下書きを書けばいいんだ」
どうして今までそれを思いつかなかったんだろう?
というか、既にふぁっくすの紙に書いちゃっているし。
次にふぁっくすを送る時は、下書きを書こう。
「ソルの紹介で書けるのは、これぐらいかな」
ソルが活躍したハタカ村の事を書きたい。
でも、ハタカ村の事は書けないよね。
あの村にいた事を、隠しているんだから。
これも、会った時に話そう。
「会った時に話す事が沢山あるな」
そのどれもが、内緒の話になるんだよね。
分かっているんだけど、巻き込まれ過ぎだよね。
「はぁ」
ため息を吐いて、テーブルに顔を伏せる。
「どうした?」
「いろいろ巻き込まれている事を、再認識してしまって」
お父さんの手が、優しく頭を撫でるのが分かった。
「落ち着いたら、これからどうするか話そうな」
そうだった。
春になったらどこへ向かうのか、話す必要があるんだった。
占い師さんの約束。
いや、あれは約束では無いのかな?
分からないけど、占い師さんが示した場所を目指すのか。
それとも、引き返すのか。
「そうだね」
ちゃんと考えて答えを出さないと。
「大丈夫?」
クラさんの言葉に、テーブルから顔を上げる。
傍に、心配そうな表情のクラさんが両手にソラとシエルを抱えて立っていた。
頭の上にはフレムまでいる。
「大丈夫。ありがとう」
お父さんを見る。
やっぱりクラさんが私に話しかけると、ちょっとだけ不機嫌な表情をする。
私しか気付かないほどの変化だけど。
昨日、クラさんとお風呂に入った後ぐらいからだよね。
何かあったのかな?
「はぁ」
お父さんのため息に首を傾げる。
「お父さん、どうしたの?」
「いや、なんでもないよ。それにしてもクラ、ソラ達に随分と懐かれたな」
あれっ、不機嫌が治ったのかな?
ん~、本当にお風呂で何があったの?
―前日のお風呂―
―ドルイド視点―
ゆっくりとお風呂に浸かる。
雨で冷えた体には、少し熱く感じるが気持ちいい。
「ドルイドさん」
「どうした?」
一緒にお風呂に浸かっているクラに視線を向ける。
「アイビーさんの好きな色は、何ですか?」
アイビーの好きな色?
「青と緑系が好きだな」
「服はどんな物が好きですか?」
服?
「機能性の良い素朴な物かな。でも可愛いデザインも好きだぞ」
あまり可愛すぎるのは選ばないけど、ちょっとしたポイントに入っている刺繍とか好きだよな。
ちょっと値段が高いと、ちらちら見ながら迷っている表情が可愛いんだ。
「好きな食べ物は何ですか?」
「好きな食べ物か、白パン……が好きだな」
クラを見る。
彼はジッと窓の外を見ている。
「好きな花は何ですか?」
大きい花より小さい花だな。
でも……。
「知らん」
いや、さすがに大人気ないだろう。
クラはまだ6歳だ。
子供に何をやっているんだ。
「どんな花が似合うと思いますか?」
「………………知らん」
大人げなくて結構だ。