737話 森へ行こう
シュリスさんが落としてしまった、お父さんの商業カード。
すぐに見つかり彼女が拾おうとしたのだけど、まさか棚に頭をぶつけるなんて。
「大丈夫ですか?」
頭を押さえるシュリスさんに声を掛ける。
「はははっ。大丈夫よ。慣れているもの」
シュリスさんの言葉に、周りにいた人達がため息を吐いているのが分かった。
これは日常なのかもしれない。
「気を付けて下さいね」
「気を付けてはいるのよ?」
「そうですか」
おっちょこちょいと言う事だろうか?
お礼を言って、シュリスさんと別れる。
後ろから何かが落ちる音と、シュリスさんと他の女性の慌てた声が聞こえた。
振り返るが、テーブルが邪魔をして何が起こったのかは分からなかった。
「……大変だね」
気を付けているのに、あちこちにぶつかるなんて。
「シュリスさん。道を歩いてて溝に落ちた事がある」
「えっ!」
クラさんの言葉に「さすがにそれは」と思うが、クラさんが嘘を吐く理由もない。
「本当に?」
「うん。何度も見た」
しかも何度もだった。
もしかして視野が狭いとか見えにくいとかかな?
「ここだな」
お父さんが、あるテーブルの前に来て上を見る。
そこには、「森の相談はこちら」と言う言葉が書かれた木の板が天井からぶら下がっていた。
「何かご用ですか? んっ? クラか?」
「はい。こんにちは」
自警団員がクラさんを見て、少し驚いた表情をする。
「こんにちは。えっと、クラとは知り合いですか?」
自警団員が、お父さんと私を見る。
怪しんでいるのかな?
「はい。捨て場で出会いました」
「じいもいっしょ」
お父さんの後にクラさんも言うと、自警団員の様子が変わった。
「なんだ、マルチャさんとも知り合いですか?」
「はい」
「それなら大丈夫ですね。それで本日はどんなご用ですか?」
凄いなマルチャさん。
ここにはいないのに、助けられてしまった。
「森で罠を使用した狩りをしたいので、許可を頂けますか? あと、罠を張っていい場所を教えて頂きたいのですが」
「あなたも、罠を?」
なぜかちょっと小声になる自警団員。
それにお父さんが首を傾げる。
「はい。どうしたんですか?」
小声で答えるお父さんに、自警団員が周りをそっと窺った。
そして、何かを確認すると頷く。
「いないみたいだな。罠の事を同僚に聞かれたら、今日はここから出られなくなりますから」
んっ?
出られなくなる?
罠を使用した狩りは、禁止なんだろうか?
「もしかして、罠による狩りは禁止されているんですか?」
お父さんの言葉に自警団員は首を横に振る。
「違います。罠が大好きな自警団員がいまして。彼に罠を使用するなんて聞かれたら、罠の種類、仕掛け方法などを延々聞かれて、大幅に予定が狂う事になりますよ」
あぁ、罠が大好きな自警団員に捕まったらと言う事か。
お父さんもいい勝負だと思うけど、今日はクラさんのスライム探しもあるから無理だね。
「そう言う事ですか」
お父さんが苦笑すると、自警団員さんが真顔でぐっと近付く。
それに驚いたのか、お父さんの体が後ろに下がる。
「甘く見ては駄目です。奴は、話し出すと本当に止まらなくなるんです。そのせいで何度、予定を狂わされた事か!」
目の前の自警団員は、罠が大好きな自警団員の被害者みたいだね。
顔が真剣だ。
「わかりました。気を付けます」
必死な様子の自警団員にお父さんが神妙な表情で頷くと、慌てて体勢を戻した自警団員。
「すみません」
「いえ、大丈夫ですよ」
お父さんが苦笑すると、自警団員さんも苦笑した。
「えっと、わ……。問題ない場所は、地図を見た方が早いので、こちらを見てください」
自警団詰め所の出入り口を見た自警団員は、なぜか話を止めテーブルに地図を広げた。
彼が見た方に視線を向けると、外での仕事から戻って来たのか出入り口付近に自警団員達がいた。
もしかしたら、罠が大好きな自警団員がいるのだろうか?
5人いるけど、どの人かな?
「右から2番目」
ジッと自警団員達を見ていると、クラさんがそっと教えてくれた。
右から2番目の人を見ると、眼鏡をかけた男性がいた。
「分かりました。ありがとうございます」
あっ、しまった。
お父さんの言葉に慌てて視線を戻すが、既に説明は終わっていた。
地図も見ていない。
「行こうか」
「えっと、うん。行こう」
お父さんが説明を聞いていたから、大丈夫だよね。
「ありがとうございました」
自警団員にお礼を言うと、笑顔で手を振ってくれた。
なぜか安堵した様子なんだけど、説明が難しかったのかな?
「お疲れ様」
あっ、罠が大好きな自警団員だ。
眼鏡をして、少し神経質っぽく見えるな。
もしかして彼が来る前に説明が終わって、ホッとしたのかな?
でも、そんなに話が長くなる人には見えないなぁ。
どちらかと言うと、短時間でさっさと終わらせる人に見える。
自警団を出るとすぐに森へ向かう。
「お父さん、罠を張っていい場所はどの辺りなの?」
「んっ? さっき、地図を見なかったのか?」
お父さんの言葉に、頷く。
「ごめん。自警団員を見てたら、説明が終わってたんだ」
「ははっ、そうか。場所は、捨て場周辺とその奥の森だ。冬の時期には、野ネズミの体と牙を大きくしたようなノットと言う動物と、あと珍しいところでは爪が大きなバトと言う動物が狩れるらしい」
ノットとバトか。
バトは珍しいみたいだから、目標はノットかな?
「ノットはどんな特徴があるの?」
動物を紹介している本で、ノットの事を読んだ事があるかな?
ん~、思い出せないという事は、載っていなかったのかも。
「そうだな。ノットは牙がかなり鋭くて噛まれたら無茶苦茶痛いから、気を付けた方がいい。あと、結構攻撃的な性格なんだ。近付くと噛みついてくるから、あまり傍に寄らない方がいいだろう」
攻撃的で近付くと噛むんだ。
ちょっと怖いかも。
「お父さん。ノットの狩りは、いつもどうやっているの?」
「普通は網だな。網なら一定距離を空けられるから、噛みつきに来ても逃げられる」
網を使うんだ。
「罠でも網を使うの?」
今回準備した罠は、網を使用してないけど。
「いや、罠には使わない。網だと、たぶん食い破られるから」
「そんなにすごい牙を持っているんだ」
「あぁ、子供の腕くらいなら食いちぎられる事もあるから、アイビーも気を付けてくれ」
食いちぎられる?
「分かった。気を付けるね」
捨て場を横に見ながら、森の奥に向かう。
そのまま10分ほど歩くと、お父さんの足が止まった。
「この辺り?」
「うん。この周辺は、ノットの目撃情報が多いそうだ」
そんな事まで聞いて来たんだ。
お父さんの話を聞きながら、周辺を見回す。
「あっ、爪痕があるよ」
木の幹にあった、爪痕を指す。
「思ったより下の方にあるな。爪痕の様子からノットだとは思うけど、まだ子供だな」
「子供か。狙うなら大人だよね?」
「当然」
最初に見つけた痕跡から、次の爪痕を探しながら移動する。
「この辺りには沢山の痕跡があるね」
周辺の木には爪痕。
地面にはノットの糞も落ちていた。
「この辺りに罠を張ろうか。たぶん、ノットたちの通り道だ」
「うん」
「手伝う」
クラさんの言葉にお礼を言って、お父さんがマジックバッグから出した罠を仕掛けていく。
「強化?」
クラさんが罠に使うカゴを見て首を傾げる。
「そう、カゴの部分は強化してあるの。同じ大きさのカゴを三重に合わせてあるんだよ」
これなら、ある程度の牙にも耐えられるのは、今までの経験上で知っている。
ノットの牙が鋭いとはいえ、大丈夫のはず。
罠は全部で6個。
クラさんの手伝いもあって、すぐに終わった。
明日が、楽しみだな。
「明日、楽しみ」
クラさんの言葉に頷く。
「そうだね」
あれ?
クラさんは、明日も来るのかな?