736話 森へ行く前に
1階の食堂に向かっていると、欠伸が出た。
昨日は何とか全員分のふぁっくすを書いた。
本当に大変だった。
長い時間悩んでいたせいか、悪夢を見た。
はっきりとは覚えていないけど、何かに追われていたような気がする。
「眠そうだな」
お父さんの言葉に苦笑する。
「何かに追われているような夢を見た気がして」
私の言葉に首を傾げるお父さん。
「覚えていないのか?」
「うん。ただ必死に逃げていた事は覚えてる」
「ふぁっくすの紙から逃げているんじゃないか? 昨日、かなり悩んでいたから」
ありえそうだな。
今もう一枚と言われたら、逃げ出すかも。
「お父さん、ふぁっくす以外に手紙を送る方法はないの?」
内容を読めないように封筒に入れて、それを相手に届ける方法があればいいんだけど。
「冒険者を雇って届けてもらう事になるから、そうとうな金が必要になるぞ」
あっ、冒険者に頼むことになるんだ。
それはそうか。
村道とはいえ、魔物が出るもんね。
「親しい商人がいたら冒険者より安く頼む事も出来るが、時間が掛かるだろうな。彼等は商売をしながら旅をするから。隣の村や町なら、問題ないだろうが」
「そうなんだ」
それは、無理だね。
諦めて、これからも考えてふぁっくすを書こう。
ただし、次からはもっとこまめにふぁっくすを送ろうと思う。
あんなに書く事を溜めこんだら駄目。
「「おはようございます」」
「おはよう」
食堂に入ると、シャンシャさんが元気に返事を返してくれた。
あれ?
いつも私たちより早いバンガルさんが、いない。
「あらら? アイビーちゃん、畑仕事で疲れがたまっているんじゃない? 無理は駄目よ」
えっ?
もしかして、疲れた表情でもしているのかな?
鏡を見た時は、分からなかったけど。
「いえ、大丈夫です。畑仕事の疲れではないから」
「そう? でも無理は駄目よ。バンガルみたいに、腰を痛めちゃうから」
「「えっ?」」
シャンシャさんの言葉に、驚いて彼女を見つめる。
「大丈夫なのか?」
お父さんの言葉に、シャンシャさんが笑みを見せる。
「大丈夫よ。医者に見せたら、『ちょっと疲れが溜まった事で、腰に痛みが出たんだろう』だって。心配だったから、ホッとしたわ。でも、無理はしないって約束したのに破ったから、今日は部屋から出ないように言っておいたの」
楽しそうに話すシャンシャさんの様子から、それほどひどくないのだろう。
良かった。
それにしても、昨日の夕飯の時は元気だったよね。
無理をしていたのかな?
朝食を食べ、ちょっと休憩したら畑に向かう準備をする。
ソラ達は、畑仕事の時は部屋で待機してもらっている。
バッグを肩から下げたままお手伝いは、ちょっと無理だと初日で分かったから。
「「行ってきます」」
宿の出入り口から、奥に向かって声を掛ける。
「行ってらっしゃい」
奥からバトアさんが出てくると、にこっと笑って手を振ってくれた。
畑に着くと、既に作業は始まっていた。
急いで手袋を借りて作業に入る。
「今日は、昨日より人が多いな」
「そうだね」
畑全体を見ると、昨日より倍の人の姿があった。
これなら、あと2、3日で収穫が終わるかもしれない。
「さて、やるか」
土の上に出ているカポを、カゴの中にどんどん入れていく。
周辺にカポが無くなると、カゴを持って少し移動。
そしてまた、カポをカゴに入れる。
これの繰り返し。
「おはようございます」
「「おはようございます」」
お手伝い3日目。
顔見知りも出来て、話をしながら収穫を続ける。
私達が旅をしていると知ると、この村の美味しい屋台やお店の事を皆が教えてくれた。
「そろそろ終わりで~す」
アビラさんの終了の声に、腕をあげて背を伸ばす。
「う~、痛いけど、気持ちいい」
「左右に腰を伸ばすのも気持ちいいぞ」
お父さんの真似をして、片腕を上に伸ばした状態で右に傾ける。
左の腰が伸びて、確かに気持ちがいい。
「う゛~」
じんわりくる痛みがあるけど、伸ばすと気持ちがいい。
つい、声が漏れてしまう。
あ~、反対も。
「う゛~」
笑い声が聞こえたので見ると、お父さんと私を微笑ましそうに見ている人達がいた。
うわっ、見られてしまった。
「恥ずかしい」
「確かに」
お父さんと視線が合うと、笑ってしまった。
「さて、手袋を返して、スープを貰いに行こうか」
「うん」
今日は人が多かったせいか、スープを貰うのに少し時間が掛った。
そして昨日まで座っていた場所も、既に使用されていた。
「どうする?」
「少し離れた場所でいいか?」
お父さんが指す方を見ると、大木が横たわっているのが見えた。
「行こう」
スープを配っている小さな建物から少し歩いて、大木に座る。
スープを飲むと、ピリッとした辛みを感じた。
でも野菜からの甘味もしっかり感じる。
「今日のスープの味は、お父さんが好きな味だね」
「そうだな」
ゆっくりスープを楽しんでいると、クラさんの姿が見えた。
「お父さん、クラさんがいるよ」
「どこに? あぁ、本当だ」
キョロキョロしているクラさんを見ていると、視線が合う。
彼は、私達を見ると嬉しそうな表情で駆けてきた。
「俺達に用事があるみたいだな」
「おはようございます」
「「おはようございます」」
クラさんは傍に来ると、お父さんと私が持つスープの入っていたカップを見た。
その行動に首を傾げる。
「これから、何か用事? あっ、ありますか?」
クラさんは少し心配そうな表情で、お父さんを見る。
「自警団に行く予定にしているんだ」
ふぁっくすを送った後、罠を使った狩りをしていいか許可を貰う予定にしていた。
いつもなら許可を取る事はしないが、果実を盗む者を捕まえるために森には罠が張ってある。
それを邪魔しないためにも許可を貰い、罠を張っていい場所も教えてもらうつもりだ。
「森には行かないんですか?」
クラさんが期待を込めた視線をお父さんに向ける。
「もしかして、スライムを捕まえに行きたいのか?」
「はい」
大きく頷くクラさん。
お父さんが私を見るので頷く。
自警団に行った後は森に行く予定なので、問題ない。
それに、クラさんに森を案内してもらうのもいいかもしれない。
「用事を済ませた後になるけど、大丈夫か?」
「はい!」
あっ、クラさん。嬉しそう。
「よしっ。それなら今から行こうか。アイビー、飲み終わった?」
「終わっているよ」
カップを返して、クラさんと一緒に自警団に向かう。
前の時にお世話になったシュリスさんは、いるかな?
自警団に入り、シュリスさんを探す。
「あっ、見つけた。お父さん、奥の棚の前にいるよ」
お父さんにシュリスさんのいる場所を言うと、彼女の視線がこちらを向いた。
そして、アッと言う顔をするとこちらに来てくれた。
「お待ちしてました」
ふぁっくすの紙代は分かったのかな?
シュリスさんに、ふぁっくすの紙を渡し送ってもらいたい場所を伝える。
「えっと……これとこれがラトメ村で、こっちがオトルワ町ね。でこっちが……よしっ。送って来ますね」
シュリスさんがふぁっくすの紙を持って、奥に向かう。
しばらくすると、シュリスさんが戻って来た。
「代金ですが3000ダルです。すみませんが商人ではないため、商人割りが使えないそうです」
商人割りなんてあるんだ。
初めて聞いた。
「大丈夫だ。3000ダルだな?」
「はい。あっ、今なら魔石の事に詳しい者がいるので、売買できますがどうしますか?」
魔石?
それはマルチャさんが対応してくれたんだよね?
「大丈夫です。マルチャが対応してくれたので」
お父さんの言葉に、シュリスさんが驚いた表情を見せた。
「えっ、マルチャさんと知り合いだったんですか?」
「えぇ、ちょっと。代金はこれでお願いします」
お父さんが商業ギルドのカードを渡すと、シュリスさんがすぐに支払いを終わらせてくれた。
前の時はバタバタしていて少し不安だったけど、今日はしっかりしている。
この間は、調子が悪かったのかもしれないな。
「あっ!」
ガッシャーンッ。
慌てた声と大きな音に視線を向けると、シュリスさんが腕を押さえているのが見えた。
ぶつかったのかな?
「あれ? えっ? カードは?」
お父さんの商業カードを、ぶつけた時に落としちゃったのかな?
大丈夫かな?