735話 書けた……
真っ白なふぁっくすの紙の前で、頭を抱える。
色々あり過ぎて、何から書けばいいんだろう?
昨日、畑の収穫をお手伝いした初めての日。
日頃使っていない筋肉を使ったのか、想像以上に疲れてしまったらしい。
午後からはふぁっくすを書こうと思ったのに、気付いたら夕方で驚いた。
「あれっ?」と思い、部屋を見渡すとお父さんもベッドで寝ていた。
そういえば、お昼を食べた後、ちょっと休憩と言って2人でベッドに寝っ転がった記憶がある。
「そのまま、熟睡しちゃったんだ」
「そうみたいだな。おはよう」
隣で寝ていたお父さんが起き上がる。
「おはよう」
朝の数時間のお手伝い。
たったあれだけで、寝てしまうとは思わなかった。
「旅の疲れが、まだ取れていないんだろう」
「そうなのかな?」
「あぁ、今回の旅は俺が本調子じゃなかったから、アイビーは思ったより気を張っていたんだと思うぞ。悪かったな」
そうか。
まだ疲れが残っていたのか。
「お父さんが悪いわけじゃないよ。気配が読めるようになった事は良い事だと思うし」
そうだよね?
「そうだな。森の変化を風や音で感じるより、気配の方が早く気付ける。それに今まで以上に、いろいろ分かるから役立つよ」
お父さんの今までの察知方法に気配が加わったんだよね。
あれ?
これって実はかなり凄い事なのでは?
「アイビー。今日はもう夕飯を食べて休もうか。明日も早朝から手伝いがあるし」
窓の外を見る。
今から何かするには、時間が足りないだろうな。
部屋にあるテーブルを見る。
書く予定だったので、ふぁっくすの紙が置いてある。
これも、今までの事を纏めながら書くなら、時間が足りない。
ありのままを書く事が出来ないのだからね。
「そうだね。今日はゆっくりする日にしようか」
という事で昨日は本当にゆっくり過ごした。
そして寝てしまっている間に、クラさんから連絡がきていた。
会う約束をしていたので慌てたけど、「ごめん、今日は無理でした」というメモ書きにホッとした。
ゆっくりしたお陰か、今日の朝はとても気持ちよく起きる事が出来た。
睡眠はやっぱり大切だね。
今日の朝のお手伝いも終わり、お昼も食べた。
あとは、この目の前のふぁっくすを完成させるのが今日の予定。
そう、完成させるのが……出来るかな?
とりあえず、何時からふぁっくすを送っていないんだっけ?
「お父さん。最後に送ったふぁっくすは、いつだったっけ?」
あまりに色々あり過ぎて、何時のふぁっくすが最後なのか思い出せない。
いや、たぶん魔法陣の事で一方的にふぁっくすを送ったような気がする。
でもあれは、フォロンダ領主と師匠さんにだけだった。
あっ違う。
その後、皆に「無事です」とだけ分かるふぁっくすを送った。
あれは、どこの村だったかな?
「ハタル村で、送ったふぁっくすが最後じゃないか? ただあの時は、すぐに村を出発したから返事は待たなかったけど」
そうだ、ハタル村!
そんなに前だったんだ。
という事は、ハタル村からの事を書くんだよね。
だってあの時、無事だと伝えただけで他の事は何も書かなかった。
「まずはトロンの紹介からにしよう」
えっと……トロンの事をどう書けばいいんだろう?
木の魔物から子供を預かりました?
いや、駄目でしょう。
木の魔物を別の言い方にしないと……木の……。
動く木……これは魔物だと分かるよね。
「どうした? 眉間の皺が凄い事になっているぞ」
お父さんの指が眉間に触れてゆっくり撫でる。
「トロンの事を報告しようと思って」
「まだだったか?」
「うん。それで紹介をしたいんだけど、どう書けばいいのか分からなくて」
お父さんも眉間に皺が寄っていく。
「難しいよね」
「そうだな」
木の魔物を別の言い方で言うと?
木……。
「『木のお友達が出来ました』でいいかな? うん、良いような気がする」
あの洞窟で出会った木の魔物とは、友達にはなれていないけど。
「ははっ」
お父さんに笑われたけど、どう書けばいいのか分からないのだからしょうがない。
きっと、大丈夫のはず。
「えっと、お久しぶりです。私は木のお友達から、家族を紹介され木の仲間が出来ました。トロンと言います」
これ、伝わる?
いや、名前を付けたんだから木の魔物だと分かるはず。
もし木の友達と仲間が、木の魔物と分からなかったら……凄く怖い内容のふぁっくすにならないかな?
いや、迷ったら駄目。
きっとラットルアさんやオグト隊長達は理解してくれると思う。
「そうだ。『風』のジナルさん達の事を紹介しないと駄目だよね」
「そうだな」
人だと凄く簡単に紹介できる。
だって、そのまま書けばいいんだもん。
「えっと、ハタル村では……カリョの花畑を見つけたって書くのは駄目だよね?」
「書いても……いや、止めておこう。ふぁっくすを盗み見た者に、俺達がハタル村にいた時期がバレる。書くなら『珍しい花の群集を見ました』と書こう」
「群集?」
花畑では無くて?
「あぁ、カリョの花で作った麻薬に人が集まっていたからな。おそらくカリョの花畑が見つかった事は、噂で聞いているはずだ。前に送ったふぁっくすの時期で気付くかもしれないが、そう書いておけば違和感を覚えるだろう」
「わかった」
あとは、マリャさんの事をどう書けばいい?
奴隷印の呪いを解くパスカの実も見つけました。
「そもそも、マリャさんの名前は書けないよね」
関わった事がバレてしまう。
「1人の女性と出会いました」
出会った場所は隠そう。
「シエルがパスカの実を見つけて皆で大騒ぎ。彼女が美味しいと言っていました」
これで彼女にパスカの実が必要だったと分かってくれるはず。
彼女のスキルの事は、書く必要は無し。
「彼女とは少しの間、一緒に旅をしました。あっ、ジナルさん達も一緒ですと」
何処へ行ったのかは書かないようにして、後は……。
「ジナルさん達とは一緒に洞窟探索を楽しみました」
これでジナルさん達とは、かなり仲良しだと分かるよね。
「次はオカンケ村かな?」
オカンケ村では、荷物を運ぶお仕事をしました。
初めて、冒険者ギルドの依頼をお手伝いです。
荷物が壊れていた事は重要じゃないよね。
あっ、ギルマスがテイムしていた魔物と会ったんだったな。
ギルマスが死んでも待っていた魔物のルーツイ。
魔法陣に囚われていたよね。
これは、ふぁっくすで伝えるのでは無く、会った時に話したいな。
あとは、オカンイ村の事だけど。
この村はカリョの花で作ったクスリの問題があったよね。
それに、アリラスさん達ともこの村で出会ったっけ?
……この村の事は、全部書けないのでは?
だって下手に書くと、アリラスさんの事が教会側に知られるかもしれない。
うん、オカンイ村に寄った事を書いて、「バタバタしていたけどそれなりに楽しかった」です。
「……楽しかったかな?」
魔物は森に捨てられたゴミで暴走しているし、麻薬組織があるし。
そういえば、第三王子の護衛の騎士達とも出会ったな。
……これも書けないよね。
「次に行こう。えっとオカンコ村では……新しい木の友達が出来ました」
うん、あの木の魔物とは友達と言える。
魔法陣の事はどうかこうかな?
木の友達がトロンに、壁の絵を変える方法を……。
「これ、絶対に伝わらないよね」
魔法陣の事は諦めて、新しい木の友達とは数日一緒に遊びました。
他は、
「そうだ。オカンコ村は冒険者の村なので、途中で出会った冒険者達と一緒に洞窟、初心者コースを楽しみました」
アリラスさん達の事が書けないからね……うん、これでいいかな。
あっ、ガバリ団長さんと出会った事も書こう。
娘さんのミッケさんが凄い人だったことも。
「最後に『この冬は、マーチュ村で過ごします。凄くいい村で今は畑の収穫を手伝っています』。よしっ! 書けた~」
このふぁっくす、収穫の手伝いより疲れた。
でも、なんとか書けて良かった。
ただし、今のふぁっくすはラットルアさん達、『炎の剣』の分だから、あとは……オグト隊長さん達と、フォロンダ領主の分だね。
頑張ろう!
あっ、ジナルさん達には、マーチュ村にいる事だけ伝えよう。