733話 クラさん
「ここにいたのか、良かった」
少し慌てた様子のお父さんが、駆けて来る。
あっ、自警団の建物から少し離れてしまっていた。
「ごめんなさい」
「いや、いいよ。んっ? 美味しそうな物を食べているな」
お父さんが私とクラさんが食べている物を見る。
そして少し離れた場所の屋台を見ると、私を見る。
「あの屋台?」
「うん。美味しいよ。クラさんに奢ってもらったの」
「そうか。良かったな。俺も1個買って来るよ」
屋台に向かうお父さんを見る。
戻ってくる時間が早かったけど、商業ギルドのカードは無事に登録が出来たんだろうか?
「ただいま」
「「おかえり」」
クラさんとは反対側の椅子に座ったお父さんに、声を掛ける。
その声に、クラさんの声が重なったので驚いて彼を見る。
クラさんは、お父さんの手元を見て笑みを見せた。
「それ、美味しい」
お父さんが、クラさんの好きなお菓子を食べるのが嬉しいのかな?
クラさんの態度に少し笑ったお父さんは、焼き菓子を口に入れた。
「本当だ、うまいな」
「うん」
あっ、笑った。
ふふっ、クラさんが可愛い。
「お父さん。登録は出来たの?」
「あぁ、凄く簡単だったよ。マルチャがカードの登録から今日の分の依頼料の計算までしてくれたから。あっ、魔石の方も対応してくれた。で、依頼料と魔石の金額は既に振り込み済み。クラの言う通り、彼は自警団員のお金を扱えるぐらいに力があるんだな」
「うん」
クラさんは、お父さんを見て頷く。
「見た目はあぁだけど、凄い人」
んっ?
見た目?
……まぁ気さくなお爺ちゃんって感じで、偉い人には見えないかな?
話し方も優しい感じだし。
「ごちそうさま」
お父さんが焼き菓子を食べきると、自警団の方が騒がしくなった。
視線を向けると、8人ほどの自警団員が門に向かって駆けて行く。
「何かあったのかな?」
「彼らは、森に罠を見に行くんだと思う。気配を感じた事を報告していいかと聞かれて、良いと言っておいたから」
そっか。
それなら急いで見に行った方が良いだろうな。
罠に掛かった人達が逃げたら大変だから。
「行こうか。そういえば、クラはこれからどうするんだ?」
「お爺ちゃんの畑」
もしかして、今から収穫の手伝い?
「ご飯の野菜を貰いに行く」
あぁ、家の方の手伝いか。
「偉いね」
「うん」
微かに笑ったクラさんを見ていると、ほんわかするなぁ。
「畑まで送っていくよ」
「大丈夫」
村の中だから、それほど危険はないかもしれないけど、本当に大丈夫かな?
クラさんが立ち上がると、お父さんと私に頭を下げる。
「今日は色々楽しかった、です。また会いたいです」
少し緊張したクラさんの表情。
まさか、こんなに丁寧に言われるとは思わなかったので、椅子に座った状態で背が伸びる。
「私もまたクラさんに会いたいです」
泊っている宿の名前を言っても大丈夫かな?
お父さんを見ると、笑みを浮かべて頷いた。
「俺達は『バーン』という宿に泊っているから、ご両親の許可が貰えたら会おうか」
そうか。
クラさんはまだ6歳だから、ご両親の許可が必要だよね。
「……バーン?」
クラさんの目が少し大きくなる。
「どうした?」
「お爺ちゃんとお婆ちゃんの宿」
えっ、宿の店主バトアさんとシャンシャさんの孫?
あぁでも言われてみれば、クラさんが6歳で既に私より背が高いのは、バトアさんの血縁者だからか。
「そうなのか。でも、ご両親から許可は貰う事」
「うん。許可、絶対に貰う。また明日」
えっ、明日?
クラさんは力強く頷くと、大通りを村の奥に走って行ってしまう。
「「…………」」
明日は、畑のお手伝いをすると言いたかったんだけどな。
「ふっ、背はアイビーより高いけど、まだ子供だな」
お父さんの言葉に頷くけど、前半の言葉はいらないと思う。
「それじゃ、俺達も宿に戻ろうか。今日は、夕飯を宿で取ると言ってあるからな」
「うん」
クラさんとは違い、お父さんと屋台を見ながらゆっくり宿へ向かう。
今までの村や町とは違い、屋台の数は少ない。
でもどの屋台も人気のようだ。
「バトアさん達、戻ってるかな?」
宿バーンに着くと、扉に手を掛ける。
ぐっと押すと、鍵は掛っておらずスッと開いた。
「戻って来ているみたいだな」
宿の中に入ると、夕飯の準備をしているのだろう。
優しい香りがした。
お菓子を食べたけど、お腹が空くな。
「おかえり」
「「ただいま」」
シャンシャさんが、笑顔で食堂から顔を出した。
「夕飯はあと1時間後ぐらいでいいかしら? 少しだけなら、早くする事も出来るけど」
これから部屋を少し掃除して、お風呂に入るから丁度いい時間かな。
「私は1時間後でもいいけど、お父さんは?」
「俺も大丈夫だ。それで頼むよ」
お父さんと私を交互に見た、シャンシャさん。
「わかったわ。 1時間ゆっくり煮込むから、絶対に美味しいわよ」
煮込むならスープかな?
それとも、旬の野菜を使った煮込み料理?
今から楽しみだな。
…………
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
「ぎゃっ」
「にゃうん」
……朝から賑やかだね。
窓の外を見ると、薄っすら明るくなっているのが分かる。
今日から畑で収穫のお手伝い。
だから、いつもより早い時間に起きなければならない。
「おはよう」
起き上がると、お父さんが既に起きている事に気付く。
「起きたか? ほら、皆が起こした方が起きるだろう?」
皆をけしかけたのはお父さんか。
ベッドから起きると、軽く体をほぐす。
顔を洗って服を整えて、1階へ。
昨日の夕飯は美味しかった。
野菜が沢山入ったスープなんだけど、野菜の形が崩れるほど煮込まれていた。
最初にそのスープを見た時は、煮込み過ぎたのかと思ったけど違った。
「くたくたスープ」という名前の、野菜が崩れるほど煮込む調理方法だそうだ。
「「おはようございます」」
食堂に入ると、既にバンガルさんが食事を始めていた。
香ばしい香りに、美味しかった「くたくたスープ」の香り。
「おはよう。今日はお手伝い日和だよ」
バンガルさんの言葉に、窓から外を見る。
確かに、お天気が良くなりそうな感じだな。
「おはよう。朝食をどうぞ」
シャンシャさんが持って来てくれた朝食を見る。
あれ?
昨日のくたくたスープの香りがしたけど、違った。
「そのスープは、昨日のくたくたスープの野菜をすり潰しているの。濃厚で美味しいわよ」
スープを一口飲む。
確かに、濃厚なスープになっている。
ミルクを足したのか、昨日より優しい味だ。
「このスープ、美味しいね」
煮込んだ野菜をすり潰して、ミルクを入れるのか。
今度、作ってみよう。
朝食を食べて少し休憩をとると、手伝いをする畑に向かう。
昨日の約束通り、バンガルさんが道案内をしてくれた。
「畑までは大通りを歩けば着くから」
確かに大通りを奥に向かって歩いて行くと、広大な畑に出た。
「凄いな」
お父さんも少し驚いたようだ。
「バトアの管理している畑はあっちだ」
バンガルさんの後を付いて行くけど、見渡す限りどの畑も同じ野菜が育っている。
この中からバトアさんの畑を探すのは、バンガルさんがいなかったら無理だろう。
「ここだ」
他の畑でも収穫作業が始まっていたけど、バトアさんの畑にも既に人がいた。
「おはようございます」
バンガルさんが声を掛けると、畑の中の男性が手を振っているのが見えた。
彼から仕事を聞けばいいのだろう。
「バンガルさん、ここまでありがとうございました」
「構わないよ。じゃ、お互いに頑張ろうね」
バンガルさんは、慣れた様子で畑に入って行く。
今日は彼も収穫を手伝うらしい。
バトアさんに何度も無理はしないようにと言われていた。
「行こうか。挨拶もしないと駄目だろうからな」
「うん」
さて、頑張ろう。