722話 ちょっと疲れてるかな
借りた部屋に入って、唖然とする。
いつも借りている2人部屋。
これまでは大きさは多少違うけど、それほど変わりは無かった。
でも、入った部屋は驚くほど広かった。
「広すぎるよね?」
お父さんを見ると、驚いた表情で部屋を見回していた。
「あぁ、広すぎるな」
部屋の出入り口にマジックバッグを置いて、部屋の中を見て回る。
「いつも借りる部屋の、2倍ぐらいかな?」
「たぶん、それぐらいはありそうだな」
部屋は2部屋。
1つは、部屋に入ってすぐの椅子やソファが置いてある部屋。
棚には布だけではなく、小物を入れる大きさの異なるカゴやコップまで置いてある。
もう1つは、大きなベッドが置いてある寝室。
というか、ベッドが非常に大きい。
「これ、バトアさんの身長に合わせてあるのかな?」
「そうみたいだな」
かなり身長の高かったバトアさんでも余裕で寝られそうな大きなベッド。
宿屋によっては、ベッドが小さい事があったけど、大きい所は初めてだ。
「バトアさんの大きさだと、やっぱり大きいね。あっ!」
椅子を見る。
ちょっと不安に思って傍に寄って確かめる。
良かった。
椅子はバトアさんの大きさに合わせていなかった。
「ぷっ」
んっ?
お父さんを見ると、笑っている。
これって、私の行動に笑っているんだよね?
でも椅子がバトアさんの大きさだと、座れるけど収まりが悪いと思ったんだもん。
「お父さん、笑い過ぎ!」
「悪い。焦った顔で何をするのかと思ったら、椅子を確認するから」
お父さんがマジックアイテムを出して、ソラ達をバッグから出す準備をしてくれる。
「いいぞ」
「ありがとう」
バッグを開けると、勢いよく出て来るソラ達。
部屋を見て、興奮したように飛び跳ねだした。
「あまり激しく飛び跳ねないでね。棚とか壊すと駄目だから」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
「にゃうん」
「ぎゃっ!」
んっ?
最後の鳴き声に視線を向けると、トロンがカゴから出ようとしていた。
「おはよう、トロン」
今日も起きているんだ。
そういえば、オカンコ村の洞窟で木の魔物と会ってから、起きている日が多くなってきたな。
あの木の魔物に、何か聞いたのかな?
あれ?
まだカゴから出てこないね。
傍に寄ってトロンを見ると、カゴの中でもがいているように見える。
「大丈夫?」
カゴの中を覗くと、カゴと根が絡まっている。
「あぁ、根っこがまた伸びたんだね。だからカゴに絡みやすくなっているんだよ」
私の言葉に、根を見るトロン。
カゴに絡まっている根を取って、カゴからトロンを出す。
「ぎゃっ!」
床にトロンを置くと、私を見て葉っぱを揺らす。
ありがとうと言っているみたいだ。
「ふふっ。根っこに気を付けてね」
「ぎゃっ! ぎゃっ!」
パタパタと葉っぱを揺らすと、ソラ達のように部屋の探検を始めた。
「トイレの大きさも、問題なかったよ」
お父さんの言葉にホッとする。
かなり重要だからね。
「ありがとう。お茶を淹れるね」
「ありがとう、頼むよ」
お父さんを見ると、少し疲れた表情をしている事に気付く。
旅の道中は見られなかった表情に、少し安心する。
無理に隠されるより、絶対にこっちの方が良い。
「夕飯までまだ時間があるし、寝たら? その方が体には良いと思うよ」
テーブルにお茶を置くと、お父さんが少し考えてから小さく頷いた。
「そうだな。大丈夫だと思っていたけど、部屋に入ってから急に体が重くて」
「うん。それは絶対にベッドで寝た方が良い」
お父さんは気を張る事に慣れ過ぎて、自分の疲れに鈍くなっているんだよね。
少しぐらいは、気を抜いて欲しいけど……あれ?
さっき疲れた顔をしていたよね?
それに、体が重くてって。
駄目だ。
お父さんの疲れた様子が嬉しいなんて。
「どうした?」
「なんでもないよ」
「そうか? なんか嬉しそうだけど」
私の表情筋、バレないようにちょっとは頑張ってよ。
「ゆっくり出来る事が嬉しくて、それに初めての農場体験がちょっと楽しみだなって」
これも本当だからね。
「そうだな。俺も、畑の収穫は初めてだ」
少し楽しそうに笑うお父さんに、笑みが深くなる。
お父さんも初めてなんだ。
それは嬉しいな。
お父さんは色々経験しているから、初めての事なんて今までなかったからね。
「少し休むよ」
「うん、お休み」
寝室に入るお父さんを見送る。
少しするとソラ達が、部屋から出て来た。
あっ、ソラ達を呼ぶのを忘れていた。
私もちょっと疲れているのかな?
「ぷっぷ?」
「てっりゅ?」
ソラとフレムが少し不安そうに私を見る。
そんなに疲れた表情をしているんだろうか?
ん?
2匹の視線は……寝室?
「お父さんは大丈夫だよ。ちょっと疲れて休むだけだから」
お父さんが、すぐに寝ちゃったから心配したのかな?
今までを振り返っても、こんな事は1回だけしかなかったからね。
「ぷっ?」
ソラが私を窺うように見る。
「本当に大丈夫。お父さんは、少し前から気配を感じられるようになったでしょう? 初めての事だから、気配に慣れるまで時間が掛るの。そして慣れるまでは疲れやすいんだよ」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
なぜか小さな声で鳴く、ソラとフレム。
2匹なりに、お父さんを気遣っているのかもしれない。
「ありがとう」
2匹を撫でると、こちらを見ていたソルとシエルがそっと傍に寄って頭を突き出した。
それに小さく笑って、4匹を順番に撫でる。
そこにトロンも参加。
ちょっと大変だった。
マジックバッグから、必要な物を出して棚に入れていく。
貴重品を入れたマジックボックスを出す。
「全部で6個か、増えたね」
全て、登録した人しか開けられない鍵付きのマジックボックスだ。
「中身を確認しておこうかな」
ソラ達のポーションが、劣化した事は無い。
でも正規品のポーションでも、長く置いておくと劣化していくから確認は必要だと思う。
1個目のマジックボックスを開ける。
サーペントさんから貰った、黒の宝珠。
フレムが大量に作った、SSSからSレベルの魔石。
大量にあるため、眩しい。
あちこちの洞窟で手に入れた、宝石。
主にダイヤモンド。
そして洞窟で出会った、木の魔物から貰った守りの石。
最初のマジックボックスには、ポーションは入っていなかった。
2個目のマジックボックスを開ける。
蓋を開けた瞬間、きらきらと光が溢れた。
このマジックボックスには、ポーションが大量に入っているみたいだ。
「圧巻だよね」
マジックボックスに、ずらっと並んだキラキラのポーション。
何度見ても綺麗な光景に、手が止まってしまう。
あっ、眺めていても終わらないって、確認、確認。
1本ずつ手に取って、周りとの輝きの違いを確認する。
どれも、同じぐらいなので劣化したポーションは無いかな。
次々とマジックボックスを開けて、ポーションを確認していく。
「これで最後のマジックボックスだね」
6個目のマジックボックスを開ける。
キラキラしたポーションもあるけど、SSSの魔石も入っていた。
「よしっ。どれも問題なし」
マジックボックスの蓋を閉めて、棚の一番下に並べる。
「片付け、終了」
そうだ、6個目のマジックボックスもあと少しで一杯になるみたいだから、次の物が必要だな。
この村にはどんな道具屋さんがあるんだろう?
あ~、私もちょっと眠いかも。
少しだけ、寝ちゃおうかな。
「皆、ちょっとだけ寝てくるね。いい子にしていてね」
もう1つの部屋に入り、空いているベッドに寝っ転がる。
両手をちょっと伸ばしてみる。
ふふっ、広いな……ねむっ。