720話 マーチュ村に到着
「戻ったぞ~」
ママガさんが手を上げると、門番さんも手を上げたがすぐに険しい表情に変わった。
「ママガ。見かけない者達がいるが誰だ?」
「あぁ、果実の森で会ったんだ。収穫を手伝って貰ったよ。そのお陰でこの時間に帰る事が出来たんだ、凄いだろう?」
いや、ママガさん。
門番さんの表情を、しっかりと見て。
お父さんと私を、もの凄く怪しんでいるのが分かるから。
「身元の確認をする前に、何をしているんだ! 危ないだろう」
確かに、その通り。
ママガさんの行動は、ちょっと危険だよね。
「いい親子だぞ。ただで収穫を手伝ってくれたし!」
「それだけで信用するんじゃない! いつか騙されるぞ。それに最近は果実を盗まれると怒っていただろう。あの親子じゃないと言い切れるのか?」
「当たり前だ」
えっ、確信があるの?
いったい何をもって、そう言いきれるんだろう?
調べてないから、確信は無いと思うんだけどな。
「ママガ。根拠は?」
うわっ。
門番さんがもの凄く怖い表情なんだけど。
「俺の勘だ!」
「「えっ?」」
「「はぁ」」
お父さんと驚いた声を出すと、傍にいたティスさんとカイスさんから大きなため息が聞こえた。
チラリと2人を見ると、私の視線に気付いたのか2人とも苦笑した。
「馬鹿もん! それが根拠になるか!」
「何を! 今まで俺が大丈夫と思った者が悪者だったことがあるのか?」
「くっ、それは、確かに無いが」
えっ、そうなの?
それは凄い。
「そうだろう? だったらあの親子だって問題ない! 俺がそう感じたんだからな」
ママガさんが鼻息荒く言い切ると、門番さんの表情がより一層怖くなった。
あ~、これは当分終わらないかも。
「すみませんね。騒がしくて」
えっ?
おっとりした声に視線を向けると、男性が小さく頭を下げた。
ママガさんと言い合いになっている門番さん以外にも、いたんだ。
気付かなかった。
「いえ、大丈夫ですよ」
お父さんの言葉に、男性が手を掲げて持っている白い板を見せた。
おそらくマジックアイテムかな。
「身元を調べてもいいですか?」
「もちろんです。商業ギルドのカードでお願いします」
「ありがとうございます。あっ、俺はマーチュ村の門番で副隊長をしているポウと言います。あそこで騒いでいるのが、一応隊長でガガス。あれでも有能なんですよ。そう見えないとは思いますが。えっと、このマジックアイテムに手を置いて下さい」
門の前で言い合う2人をよそに、淡々と仕事をこなすポウ副隊長さん。
その慣れた行動で、なんとなく日常が分かってしまう。
「よくある事なんですね」
お父さんの言葉に苦笑するポウ副隊長さん。
「えぇ、あの2人は幼馴染なんですが、会う度にあんな感じなんですよ。仲が良いのか、悪いのか。まぁ、言いたい事が言えるから、良いのでしょうね。周りにものすっごく迷惑を掛けまくっていますが。えぇ、本当に迷惑を」
そうとう迷惑を被っているみたい。
声が怖い。
「大変ですね」
お父さんの言葉に、ポウ副隊長さんが小さく笑う。
いや、本当に怖いですから。
「いつもお疲れ様です」
ティスさんの言葉に、ポウ副隊長が笑う。
「ティスもカイスもでしょ?」
「「ははっ」」
あぁ、被害者はティスさんとカイスさんもなんだ。
「お前、いずれ大怪我するぞ!」
「問題ないな! そんな事は絶対に起こらない!」
それにしてもママガさんは、人を判断する事に凄い自信があるみたい。
勘が相当鋭いのかな?
「ママガさんが、あれほど自信を持っているのはどうしてですか?」
「問題ないですね。娘さんも良いですか?」
「はい」
商業ギルドカードを渡して、マジックアイテムに手を乗せる。
「10年ほど前かな、門で使っているマジックアイテムが安全だと判断した男を村に入れたんですが、ママガがその男を見た瞬間に『怪しい、そいつは駄目だ』と大騒ぎしたんです。その時は、使っているマジックアイテムを信用していたので、ママガがどうしてそんなに騒ぐのか分からなくて。でも、その数日後に、この村に逃げて来ていた女性がその男に誘拐されそうになったんです。それで、その男がある貴族が送り込んだ者だと分かったんですよ」
そんな事があったんだ。
それなら、ママガさんがあんなに自信満々なのが分かる。
でも、一瞬見ただけで怪しい人が分かるなんて凄いな。
「ママガさんは、何か特別なスキルを?」
お父さんの言葉に、ポウ副隊長さんは首を横に振る。
「いいえ。ママガは薬剤師スキルと生育スキルなので、人の嘘を見抜くためのスキルは持っていないです」
薬剤師スキル?
あぁ、だから薬になる果実が多かったのか。
というか、もしかしたらあそこにあった果実は全て薬の材料なのかも。
「あぁ、もういい! 彼らはこちらで調べる!」
「はい、娘さんも問題なしと。ありがとうございます。それにしても冒険者の方では無かったんですね」
「元冒険者ですけどね」
お父さんの言葉に、ポウ副隊長さんの視線が私に向く。
そして嬉しそうに笑った。
んっ?
「娘さんの為ですか?」
「いえ、俺の為ですよ」
「ははっ、なるほど」
なんだろう。
ポウ副隊長さんが嬉しそうなんだけど。
「おい、ポウ。どこだ?」
ガガス隊長さんが、門に向かって叫ぶ。
「ここですよ。あっ、お二人は、マーチュ村にようこそ」
「おい、何をしているんだ? とっとと――」
「隊長が遊んでいる間に、判断は終わりました。このお二人に問題はありません」
ポウ副隊長さんの言葉に、ガガス隊長さんが視線をさ迷わせる。
「そうか。悪かった」
「えぇ、本当に」
あっ、ポウ副隊長さんは振り回されているだけじゃないみたい。
ガガス隊長さんが、ちょっと焦っている。
そんな彼に、呆れた視線を向けるママガさん。
いや、ママガさんもポウ副隊長の態度の原因なんだけど。
あっ、ポウ副隊長さんに見られて、ママガさんが視線を逸らした。
「マーチュ村を案内しますね」
カイスさんが私とお父さんに声を掛けてくれる。
「いいんですか?」
「はい。宿はどこか希望がありますか? と言っても、この村に宿は3つしかありません。広場はこれから冬が来るから閉まるし」
カイスさんの話を聞きながらマーチュ村に入る。
村をまっすぐ通る大通りは、他の村や町と同じ。
ただ、なんだか穏やかな印象を受ける。
何がそう感じさせるんだろう?
「この村は、のんびりしている人が多いので、そこだけは気を付けて下さい」
「気を付ける?」
私が首を傾げると、カイスさんが少し困った表情をする。
「はい。あの、だらしないわけじゃないんですよ。ただ。約束の時間に1時間ぐらいは普通に遅れて来たりするんです。あっ、時間に縛られない生活をしているという感じです」
「そうなんですか」
時間に縛られない。
だからマーチュ村全体が穏やかな印象なのかな?
「この村にはギルドが、無いですよね?」
「はい、この村にギルドは無いです。何か用事がある時は自警団にお願いします。えっとギルドに用事でもあったんですか?」
「知り合いにふぁっくすを送りたいんだけど、送れるかな?」
お父さんの言葉にカイスさんが頷くと、ある建物を指した。
少し古い感じで、周りより少しだけ大きな建物だ。
「あれが自警団です。ふぁっくすならあそこから送る事が出来ます。あと、何か売る場合や何か依頼するのも全て自警団です。ギルドの役目を全て自警団が請け負っている感じなので、気軽に相談してくださいね」
「ありがとう」
ギルドが無い村は、自警団が請け負うんだ。
あれ?
私が生まれた村はギルドも無かったけど、自警団も無かった。
確か……あぁ、村の男性たちが順番に見回りなどをしていたような気がする。
特産品だったザロは、どうしていたっけ?
……覚えてないな。
まだ私は小さかったから、収穫の手伝いもしてなかったもんね。
「まずは宿に案内しますね。と言っても、3軒ともここから見えているんですけど」
カイスさんが指す方を見ると、1軒目の宿のマークが見えた。
あれ?
宿のマークの他にあれは、修理屋さんのマークまである。
「こういう小さな村の宿屋は、他にも仕事をしているんだよ」
「そうなんだ」
宿に泊まる人が少ないのかな?
まぁ、王都へ向かう道からちょっと逸れているもんね。