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719話 トロ草

収穫が終わると、少し休憩をとる。

果実水を飲みながら、微かな違和感に腕を上にあげてみる。


「んっ?」


ずっと腕を上げていたからなのか、肩に微かな痛みがあるような気がする。

ぐるぐる肩を回すと、痛みが少し増してしまう。

回すより揉んだ方が良いかな?


「痛いの?」


カイスさんが私の行動を見て、そっと右肩に触れた。


「少しなんですけど」


「そう、ちょっと揉んでみるね」


カイスさんの右肩に置いていた手に、ぐっと力が入った。

最初は少し違和感があったけど、どんどん気持ちよくなってくる。


「気持ちいいです」


「痛みは?」


あっ、そういえば感じなくなった。


「大丈夫みたいです。ありがとうございます」


「良かった。左肩も揉むね」


カイスさんの手が、左肩に移動する。

そして、右肩と同じように手にぐっと力が入った。

ぐっ、ぐっと押される部分が、気持ちよくて目を閉じる。

これは気を付けないと、寝てしまいそう。


「凄く上手ですね」


「そう? 気に入ってくれたならよかった。さて、これで終わり」


カイスさんの手が肩から離れる。

もう一度ぐるぐる回してみるけど、完全に痛みはない。

凄いな。


「カイスさん、ありがとうございます」


「どういたしまして」


カイスさんを見ると、優しそうな表情で私を見ていた。

それに笑みを返す。


「そろそろ村に戻るぞ」


ママガさんの言葉に、全員で後片付けを始める。

休憩するために使ったテーブルやイスをマジックバッグに入れ、使用したコップは軽く水で洗ってから入れていく。


「忘れ物は大丈夫かな?」


周りを見て、忘れ物が無いか確かめる。

ゴミも全部拾ったし……よしっ、完璧。


マジックバッグを背負い、ソラ達の入ったバッグを肩から下げると、ママガさん達が集まっている場所に行く。

見ると彼らの前には、数個のマジックバッグが置いてあった。

収穫した果実を入れた物だろう。

数は、全部で6個ある。

ママガさん、カイスさん、ティスさんが、2個ずつ持って帰るようだ。

お父さんと私は、元々持っている荷物があるからね。


「では、行こうか。ここから村まで30分ぐらいだ」


「30分。分かりました、よろしくお願いします」


お父さんが、ママガさんの見た方向を見て頷く。

ママガさんは、冒険者の格好をしているけど、格好だけみたい。

感情が表情に出やすいし、視線でも分かってしまう。


ママガさんを先頭に歩き出す。

いつもはシエルだから、ほんの少し違和感を覚えてしまう。


「この辺りは、魔物が出ないんですか?」


お父さんが周りを見てママガさんに声をかけると、彼は首を傾げた。


「魔物の痕跡が、少ないので」


痕跡?

周りの木々を見る。

普通は、魔物の爪の跡とか木の皮をかじった跡があるんだけど……本当だ、少ない。

ここは森の奥だから、全ての木に魔物の痕跡があってもおかしくないのに。

見える範囲だけど、傷が1つも付いて無い木まである。


「あぁ、それは。この草のおかげだよ」


ママガさんが、立ち止まってある草を指した。

その草には、見覚えがある。

魔物除けに使われる草の1つで、名前はトロ草。

でもトロ草は、魔物除けの効果が低いと言われていたはずだけど。


「えっ? このトロ草で、魔物が近付かないんですか?」


お父さんも不思議そうにママガさんを見る。


「このトロ草は、この周辺で育つと魔物除けの効果が高くなるんだよ」


ママガさんの言葉に、トロ草を見る。

この場所で育つと特別なトロ草になるという事?

見た目は、今まで見てきたトロ草と変わらないみたいだけど。


「このトロ草は、他のところでも育つんですか? 試した事はありますか?」


お父さんがトロ草をちぎって、鼻に近付けた。

そして次の瞬間、顔をトロ草から背けた。


「あぁ、ここで育ったトロ草は臭いが酷いんだ。それに、肌に付くと1日は取れなくなるぞ」


ママガさんの言葉に、お父さんが自分の指先を見た。

そして、指先を鼻に近付け……嫌そうな表情を見せた。

どうやら指についてしまったみたい。


「本当に、1日で取れますか?」


「ははっ、大丈夫だよ。汁に指を浸けたら別だが、それぐらいなら1日ぐらいだ」


ママガさんの言葉に、少しホッとした表情を見せたお父さん。

そんなに臭いのかな?

あとで嗅がせてもらおう。


「それとこのトロ草は、この場所で育つから効果が高くなるみたいなんだ。種を別の場所で育ててみたが、効果は高くならなかった」


この場所が重要という事か。

でも、どうしてこの場所だけ?


「何が原因なんですか? 土ですか?」


この場所の土だけに、何かが含まれているという事かな?

お父さんの質問にママガさんは首を横に振る。


「原因を知るために、土を調べてみたんだが何も出なかった。他の土と比較しても全く変わらない」


という事は土が原因では無いのか。


「何も?」


お父さんが首を傾げる。


「えぇ。歩きながら話しましょう」


歩きだしたママガさんが、お父さんを見る。


「冒険者の方なら、何か分からないか? 村にも冒険者はいるが、魔物除けに使われている草には詳しく無くて役に立たん。トロ草の変化の原因がわかれば、この場所以外でも育てられるようになると思うんだ。そうなれば、小さい村にとって大きな助けになる。小さな村にとって、魔物は何より脅威だからな」


そうか。

魔物が近付かなくなるトロ草を村の周辺で育てたら、それだけで村に迫る危険度がぐっと低くなるんだ。

小さな村にとってトロ草は、凄い草になるかもしれない。


「土でもないとなると、後は水ですね」


水?

ん~、トロ草が育つには土と栄養と水が必要なのかな。

土を調べた時に、土の中の栄養も調べているだろうから、残りは水という事か。


「水ですか? 水なら村の井戸を調べたら分かるのではないですか?」


ティスさんの言葉に、お父さんが首を横に振る。


「トロ草のあった場所に影響を及ぼす水なので、トロ草が育つ場所周辺の水を調べないと駄目ですね。近くに川や湧き水が出ている場所はありますか?」


「あの辺りは果実の木を植える時に調査しましたけど、川も湧き水も無かったですよ」


カイスさんの言葉にティスさんが頷く。


「そうですか」


お父さんは2人の様子に肩を落とす。

他に調べる方法が、無いのかな。


「すみません。俺もこれぐらいしか、分からないです。川も湧き水も無いとなると、土の中の水を調べる事になるだろうけど、その方法までは分かりません」


お父さんがママガさんに謝ると、焦った様子で彼が首を横に振る。


「いえいえ、水を調べればいいのが分かったのでありがたい。方法は、村に戻ってから皆に相談すればいいので。ありがとう」


水を調べる何かいい方法があればいいな。


「あっ、見えてきましたよ」


ママガさんが指す方を見ると、高い塀が見えた。


「随分と高い塀ですね」


村や町を守る塀にはマジックアイテムが使用されていて、魔物は飛び越えられない。

シエルに聞くと問題ないと言われたけど、普通の魔物は無理らしい。


「この村は元々、貴族から逃げ込んできた者達で作りあげた村なんだ。だからあの塀の高さは魔物ではなく人除け。塀のマジックアイテムを無効化されても簡単には村に入って来られないように、あの高さになったそうだ」


ママガさんの説明に、お父さんが乾いた笑いを洩らした。


「昔も今も貴族は変わらないな」


今度はお父さんの言葉に、ママガさんがしみじみと「本当に」とため息を吐いた。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] アイビーちゃんの肩の不調が気になりますね。
[一言] 魔物より貴族がこわい
[一言] ついに「お父さん、臭い」と言われる日が来てしまうのかw
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