716話 見張り役
「ぷっ」
「てりゅっ」
ん?
ソラとフレムの鳴き声かな?
でも随分と小さな鳴き声だけど、どうしたんだろう?
「ぷっ」
「てりゅっ」
腕が何かで突かれる感覚と、再度聞こえる小さなソラとフレムの鳴き声。
不思議に思いながら、ソラ達がいる方を窺う。
いつもの起こし方より随分と大人しいから、気になってしまう。
「ぷっ」
「てりゅっ」
そっと私の腕を突くソラとフレム。
あぁ、お腹が空いたけど昨日の約束があるからか。
「ぷっ」
「てりゅっ」
小さな鳴き声とそっと私の腕を突く2匹に、笑みが浮かぶ。
可愛いな、もう。
「おはよう。ソラ、フレム。それとソルも起きているんでしょう?」
私の言葉に、後ろを向いていたソルが振り返る。
やっぱり。
ソラとフレムが起こすのを様子見していたな。
「ソルもおはよう。皆がこっちに来たという事は、お父さんは寝ているんだね」
「ぷっ」
「てりゅっ」
「ぺふっ」
夜の見張りを交代してそろそろ3時間弱。
本調子のお父さんだったら絶対に無いけど、今のお父さんにはこの3時間がつらい時がある。
だいたい、5日か6日の内1日は見張り中に寝てしまうのだ。
最初にこの症状が出たのが、旅を始めて6日目。
シエルが夜中に私を起こした。
慌てて周りを確認すると、お父さんが寝ていたので本当に驚いた。
絶対に、ありえないと思ったので、慌ててお父さんの肩を揺さぶった。
お父さんも目を覚ますと、自分が寝ていた事に驚いていた。
どうやら気配が絶えず神経を刺激しているため、ちゃんと休めていないらしい。
お父さんは、「冒険者をしていた時に培った方法で体を休めているが、なかなかうまく調整が出来ない」と言っていた。
私はお父さんに、お父さんの見張る時間を短くするように言ったけど、私の負担が増えるからと却下。
とはいえ、見張り中に寝てしまうのも問題。
見張る時間帯を交代したり、限界を感じられるかと試したりしたけれど、どれも上手くいかない。
そこで、お父さんがシエルにお願いをした。
お父さんが寝てしまったら、シエルが代わりに見張り役をして欲しいと。
シエルには本当に申し訳なかったけど、凄い勢いで尻尾が揺れていたので嬉しいみたいだった。
そっとテントを開けてお父さんの様子を見る。
シエルがそっと顔を上げるのが見えた。
手を振ると、尻尾で振り返してくれる。
それに声を出さずに「ありがとう」と伝えると、ソラ達のご飯を静かに用意する。
まぁ、疲れて寝てしまった時は、ちょっとの音ぐらいでは起きないけどね。
「ソラ、フレム、ソル。静かに食べてね。どうぞ」
3匹がぷるぷると震えると、それぞれのポーションとマジックアイテムを包み込む。
3匹の消化する音がテントの中で響く。
その様子を見ながら、少し体を伸ばしてから、服を整え、髪を櫛でとかす。
鏡で確認して、寝癖を発見。
櫛を何度か通して……寝癖を諦めてからテントを出る。
「おはよう」
ちょっと小声でシエルに声をかける。
「にゃうん」
シエルも小さな鳴き声で返してくれる。
そっとお父さんの様子を再度確認する。
起きないという事は、かなり疲れているのだろう。
まだ、起こさないようにしよう。
光り花の方へ視線を向け、様変わりした風景に呆然としてしまった。
見えた風景は、花弁が全て落ち茎だけになった光り花。
昨日は、花が広がっていたのに今は茎が揺れている。
「驚きだね」
私の言葉に、頷くシエル。
そっと頭を撫でると、朝食を作るために移動する。
お父さんから少し離れた場所で、朝食を作る。
お鍋に昨日のスープ出汁と少し大きめに切った肉と野菜を入れて煮込む。
途中で味を調えて、お肉と野菜に火が通るまで煮込んでいく。
「ん?」
辺りに美味しそうな香りが広がると、お父さんから小さな声が聞こえた。
起きたのかな?
前は朝食を作り終えるまで寝ていたから、今日は早いな。
視線を向けると、眠そうな表情で私を見ていた。
「おはよう」
「おはよう。ごめん、またやったんだな」
寝てしまった事を謝るお父さんに、首を横に振る。
「前より、起きる時間は早くなったよ」
早く起きられたのは、気配がある事に慣れて緊張度が軽くなったため疲れが軽くなったのか。
それとも、気配による不調に体が慣れたのかどっちだろう?
お父さんの様子からは、分からないんだよね。
お父さんが身なりを整えて、傍に来る。
「寝癖だ」
「しぶとくて、直らなかった」
私の答えに笑ったお父さんが、私の髪を濡らした布で少し湿らせるとゆっくりと櫛を通してくれた。
「本当だ、しぶといな」
今日の寝癖は、直ってくれる気がないらしい。
「ん~」
頑張っているお父さんに笑ってしまう。
「もう諦めようよ。それより、ご飯が出来たよ」
「分かった」
スープに黒パン。
それに、森の中で見つけた果実。
秋の果実は、甘味の強い物が多いので大好き。
「「いただきます」」
優しいスープの味にほっこりしてしまう。
黒パンをスープに浸して食べると、黒パンも美味しい。
果実の皮をむいて、一口の大きさに切ってお父さんに渡す。
「ありがとう。凄く甘いな」
「うん。美味しいね」
収穫した果実は少し硬かったから心配だったけど、甘さは十分だった。
生っている果実を全て採って来て正解だったね。
「「ごちそうさまでした」」
後片付けをして、テントを畳む。
マジックバッグに入れて、周りを確認。
火の始末は、お父さんがしてくれたし、ゴミは落ちてないし……。
「終わったよ」
「お疲れ様。そろそろ移動しようか?」
お父さんの言葉に、マジックバッグを肩から下げる。
「うん。皆、準備は大丈夫?」
「ぷっ」
「てりゅっ」
「にゃうん」
「ぎゃっ!」
「ぺふっ」
ん?
トロンの声がしたよね。
お父さんの下げているカゴを見ると、トロンの姿。
昨日も起きていたのに、今日も起きられたんだね、凄い。
「トロン、おはよう」
「ぎゃっ! ぎゃっ!」
あっ、トロンのご飯を出さないと。
「ご飯は、終わっているから大丈夫だぞ」
お父さんの言葉に、頷く。
「ありがとう。何時、起きてきたの?」
「火の始末を終えた時に声がしたんだ」
そうだったのか。
トロンにそっと手を伸ばすと、葉っぱを撫でる。
「ぎゃっ! ぎゃっ!」
嬉しそうに鳴くトロンに、つい手で幹の部分を突いてしまう。
「ぎゃっ!」
身体をよじって指を避けようとするトロンに笑ってしまう。
動きが可愛いんだよね。
「行こうか」
お父さんの言葉に、シエルが先頭を歩き出す。
そっと後ろを振り返ると、風に揺れる光り花の茎が見えた。
「そういえば、言っていなかったな」
「何が?」
「光り花の事。種が飛んで行ったら、花弁が落ちて今日か明日には茎も葉も全て枯れてしまうんだよ」
「えっ、一気に枯れるの?」
「あぁ、俺が前に見た光り花は種が飛んだ翌日の夕方には枯れてしまったな」
花弁が落ちるだけでは無く、茎も葉もそんなに早く枯れてしまうんだ。
「不思議な花だね」
「そうだな。冒険者によっては縁起の悪い花とも言われているよ」
縁起が悪い?
どうしてだろう?
「あっ、早く枯れるから、死に急ぐみたいな印象を受けるのかな?」
「正解。といっても、縁起が悪いというのは40代以上の冒険者達だけだ。若い冒険者達の間では、人気の花だよ」
そうなんだ。
若い冒険者と、年配の冒険者の間では時々受ける印象が異なるみたいだな。
やっぱり、光り花は不思議な花だね。