715話「うわ~」
「にゃうん」
シエルが、寝ているソラ達の体を前脚で突く。
「ぷ~」
不服そうになくソラに、シエルが再度ツンツンと前脚で突く。
「ソラ、フレム、ソル、起きて! 光り花の種が飛び始めたよ!」
お父さんの予想が当たり、空に向かって光り花の種が次々と飛び始めた。
しかも、種が光っているから凄い光景になってきている。
「ぷ~!」
「てりゅ~!」
ソラとフレムが目を覚ましたのか、興奮した声が聞こえた。
視線を向けると、上を見てぷるぷると震えている。
感動しているんだろうか?
「ソル、寝ているのはお前だけだぞ。あのトロンでさえ起きたのに」
「ぎゃっ!」
お父さんの言葉に、なぜかトロンが自慢げに鳴き、空を見上げた。
そう、トロンがシエルの上で空を見上げている。
たまたまなのか、種が飛び始める少し前に起きたトロン。
さすがにお父さんと驚いた。
「ぎゃっ! ぎゃっ! ぎゃっ!」
空に向かって根っこを伸ばすトロン。
なんだか凄く楽しそう。
「ぺふっ?」
あっ、ようやくソルが起きた。
声をかけても全然起きないから、そろそろ諦めようかと思っていたんだよね。
「ソル、おはよう。光り花の種が空で舞ってるよ」
風に飛ばされた光り花の種は、空中で踊っているように見え、とても不思議な光景となっている。
「ぺふ~!」
光り花の種が飛んでいるのを見たソルが、私を見て不服そうに鳴く。
「いや、起こしたよ! 起きなかったのはソルだよ」
お父さんとシエルと私で、頑張って起こしたって!
「……ぺふっ」
ちょっと気まずそうに鳴くソルに、お父さんが笑う。
「ソル、上を見て。見たかったんだろう? 楽しもう。凄いぞ。アイビーもゆっくり座って見よう」
「うん」
お父さんの言葉に、全員で空を見上げる。
「綺麗だね」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
「にゃうん」
「ぎゃっ!」
「そうだな」
視線の先には、細い月に向かって舞い上がっていく無数の光の粒。
それが時間を追うごとに、どんどん増えていく。
「風に踊っているみたい」
風が吹くたびに、光の小さな粒が右へ左へと移動する。
その光景をのんびり見ていると、少し強い風が吹いた。
次の瞬間、光の粒が一斉に大空に舞い上がった。
「うわ~」
「ぷ~」
「凄いな」
大空に舞った光の粒が、ゆっくりゆっくり落ちてくるのを見る。
「てりゅ~」
「ぺふ~」
落ちてくる光を見ていると、ふっと光が消えた。
「消えちゃった」
光り花の種が光るのは、数分から数十分。
なので、そろそろ終わり。
「綺麗だったね」
空で舞っていた全ての光が消えると、ちょっとだけ寂しい気持ちになった。
「あぁ、凄かったな。あんな幻想的な世界を見られるとは思わなかったよ」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
「にゃうん」
「ぎゃっ!」
お父さんの言葉に、皆が賛同する。
「そうだね。凄く幻想的だった」
本当に、綺麗な世界だったな。
「興奮で落ち着かないな」
お父さんがソラ達を見て笑う。
確かに、皆今の風景を見て興奮してしまっている。
これでは、寝られないだろうな。
というか、私も今は興奮していて寝られそうにない。
「甘いお茶でも入れようかな。お父さんも飲む?」
「貰おうかな。俺も、今のこの状態ではゆっくり寝られそうにないから」
お父さんも、私と同じなのか。
それなら、お茶を飲みながら落ち着くまでゆっくり話そう。
「火を強くするな」
お父さんが焚き火の火を強くしてくれたので、今日はゆっくりお湯を作る。
マジックアイテムでお湯をあっという間に作るのも良いけど、こういう時はゆっくりお湯が沸くのを待つのもいい。
この時間が、結構重要なんだよね。
「どうぞ」
お茶を淹れて、お父さんに渡す。
「ありがとう」
周りを見ると、焚き火を囲うように皆がのんびり過ごしている。
さっきの興奮から落ち着きだしたようだ。
「この時間にアイビーとお茶をするのは、久しぶりだな」
「そうだね」
旅を始めた頃は、時々こうやって夜中に2人でお茶を飲んだ。
まだお互いに少し距離というか壁があった時期。
変な緊張があって、寝られない夜があった。
そんな時は、2人でゆっくりお茶を飲んで過ごした。
何か話すわけでは無く、ただゆっくりとお茶を飲んだ。
「にゃうん」
「ははっ。シエルとも久しぶりだな」
あっ、そうだ。
あの時間、シエルが必ず傍にいてくれたっけ。
「ぷ~?」
「てりゅ~?」
ソラもフレムも寝ていたね。
「懐かしいな」
お父さんも思い出していたみたい。
「そうだね」
「にゅうん」
ふふっ。
あ~、この時間が凄く贅沢に感じる。
たまにはいいよね。
コップの中のお茶が空になる。
「そろそろ休もうか」
お父さんを見ると、少し眠そうな表情をしている。
ソラ達を見ると、既に眠っているようだ。
「うん。お父さんは先に休んで。あとで交代しよう」
最近は、しっかりと夜の見張りが任されるようになった。
実はこれが結構嬉しい。
大変だけど、認められたような気分になるから。
「大丈夫か?」
「うん」
だって、お父さん。
凄く眠たそうなんだもん。
「にゃうん」
シエルが私の傍に来て座る。
まるで大丈夫と言っているみたい。
「ありがとう」
「にゃうん」
そんなシエルと私を交互に見て、お父さんが頷く。
「ありがとう。今からだと……2時間ぐらいで交代か?」
「3時間だと思うよ?」
「そうか?」
「うん」
光り花の幻想的な風景は、それほど長い時間では無かった。
お茶を飲んだ時間を足しても、1時間ぐらいだ。
だから、見張り時間はいつもとそれほど変わらない。
「それじゃ時間が来たら起こしてくれ。おやすみ」
「分かった。おやすみ」
といっても、今まで一度も起こした事は無いけどね。
いつも時間がくる少し前に、起きて来るから。
「私は何度も起こしてもらっているのに」
どうやったら、時間が来る前に起きられるようになるんだろう?
まぁ、起こしてくれるようになっただけ良かったかな。
お父さんとの旅の初めの頃は、何度言っても「疲れているみたいだったから」といって、起こしてくれなかったもんね。
あの時は、シエルに起こしてくださいってお願いしたなぁ。
「にゃうん?」
そういえば、シエルも時間が来る前に起きているよね。
「どうやったら、起きる時間の前に起きられるの?」
「……にゃ~……」
あっ、凄く困らせたみたい。
お父さんも言っていたよね。
気付いたら、出来るようになっていたと。
あとは何だっけ……必要に駆られてだったかな。
「必要に駆られてって、どんな状況だろう? そういえば、『信用できない者と旅をしていると、小さな物音でも起きられるようになった』とか言っていたな」
お父さんと一緒に旅を続けている間は、この経験をする事は無いね。
うん。
「にゃうん」
「んっ? どうしたの?」
「ふん!」
えっ?
なぜ今、シエルは気合を入れたのかな?
「えっと……もしかして、気合で起きろと言ってるの?」
「にゃうん」
「……そっか。うん。気合いだね」
気合……難しいと思うんだけど。
本当にどうやったら、起きられるようになるかな。