713話 まさか……
な、なんで?
今ので35回目。
どうして1回も岩に届かないの?
「「…………」」
お父さんを見ると、なんとも言えない表情をしている。
たぶん、私も似たような表情をしているんだろうな。
それにしても、ここまで当たらないものなのかな?
いや、それは無いよね。
つまり、私は……。
「下手?」
「いや、初めてだから。こういう事も、あるのか?」
お父さん、否定するつもりだったはずが最後疑問になってるから。
「アイビーにだって、当てる事は出来るはずだ……もう少し、岩に寄ってみよう」
岩との距離を見る。
たぶん魔物を攻撃する時に必要な距離と言うか、攻撃や反撃されても対処が出来る距離なんだと思う。
これ以上近付いて攻撃するのは、危険というぎりぎりの距離。
この距離を詰めるという事は、やっぱり鞭を使うのは諦めた方が良いんだろうな。
はぁ、鞭も駄目なのか。
出来ると、思ったんだけどな。
それにしても、お父さんが珍しく動揺してるね。
「2歩分、前に行くね」
岩に近付いて、鞭を構えて振る。
ヒュッ。
ガシャーン。
おぉ、今までで一番強く打てたみたい。
当たったのは、岩にあと少しの場所だけど。
よしっ、あと1歩だけ前に出て。
ヒュッ。
バスッ。
……当たった。
「やった!」
ようやく当たった!
お父さんの時と違って、変な音だったけど当たった!
「良かったぁ。ふぅ、腕が」
鞭を持っていた右腕をさする。
何回ぐらい鞭を振るったんだろう?
力が入らなくなってきた。
「大丈夫か?」
「うん、鞭って凄く疲れるんだね。力が入らない」
お父さんが鞭を持っている右腕を、肩から手にかけて数回場所を変えて押さえて来る。
「どうしたの?」
手首より少し上の部分を押さえたお父さんは、少し首を傾げる。
「アイビーは、重い荷物も持ち歩くだけの筋力がある」
それは当然だよね。
マジックバッグに入れて軽くしているとはいえ、完全に重さを無くせるわけじゃない。
まぁ、新しいマジックバッグのお陰で、今からの旅は凄く楽だろうけど。
「だから、もっとしっかり鞭を振るえるはずなんだ。それにアイビーの筋力から考えたら、これぐらいの回数でそこまで疲れるのもおかしい。前に剣の使い方を教えた時も不思議に思ったんだけど、筋肉疲労が早いような気がするんだ。今回もだから……武器を使うと筋肉疲労が早くなるのか?」
えっ?
そんな事があるの?
「まぁ、ありえない事なんだけどな。武器を使うと、筋肉が疲れやすくなるなんて」
そうだよね。
ビックリした。
「たぶん初めての鞭で、力が入り過ぎたんだと思う」
入れたつもりは無いけど、緊張したのかな?
私の言葉に頷くお父さん。
「練習すれば、きっと上手に扱えるようになるよ」
そうかな?
それにしても、腕が疲れた。
あと肩も。
「終わろうか。疲れすぎると、明日に影響があるからな」
「うん」
明日に影響か。
ん~、手遅れかもしれない。
それぐらい、疲れているような気がする。
「あっ、ソラ達は?」
「あっち」
お父さんが指した方を見る。
「ふふっ、寝ちゃってるのか」
鞭をマジックバッグに仕舞って、木の根元で寝ているソラ達の下へ行く。
シエルもスライムになっているので、4匹のスライムが身を寄せ合って寝ている姿につい笑みが浮かぶ。
「もう、可愛い」
「そうだな。……フレムがソルを食べてないか?」
えっ?
あっ、確かにフレムの口の中にソルの体が少し入ってしまっている。
うわっ、フレムの口が動き出した。
「あれは間違いなく、ポーションを食べている夢だな」
「間違いないね」
「ぺふっ?……ぺっ!」
あっ、ソルがフレムを触手で投げ飛ばしちゃった。
そんな事が出来たんだ。
「てりゅ~……てりゅ? てりゅ?」
投げ飛ばされたフレムが目を覚ますと、焦った様子で周りを見る。
もしかして夢だと気付いていないのかな?
「フレム、おはよう」
「てりゅ? …………てりゅ~」
えっ、そんなに夢の中で食べたポーションは美味しかったの?
凄く落ち込んじゃったんだけど。
「ぺふっ」
不服そうに鳴くソルを見る。
「あっ」
ソルがフレムの涎で光っている。
笑ったりしたら、拗ねちゃうから……我慢、我慢。
「っふ」
「ぺふっ」
笑うのを我慢するのって、難しいよね。
「皆、帰ろうか」
こういう場合は、逸らすのが一番。
ソルの視線が痛いけど。
あっ、ソルを拭かないと。
「ソル。体を拭くからこっちに来て」
マジックバッグから布を取り出すと、傍に来たソルを拭く。
それにしてもねばねば……ふっ。
「ぺふっ!」
「なんでもないよ。ちょっと待ってね。布をお湯で濡らした方がよさそうだから」
お父さんが、お湯を出すボウルをマジックバッグから出してお湯を準備してくれる。
それに布を浸して、ギュッと絞る。
ゆっくりソルの体を拭いていく。
よしっ、取れた。
「ぺふっ」
あっ、ソルってば気持ちよさそうな表情をしている。
「てりゅ?」
フレムが、ソルを見て私を見る。
たぶん「私は?」って事かな?
「寝る前に、皆の体を拭くね」
「てっりゅりゅ~」
「ぷっぷぷ~」
「にゃうん」
シエルは、ブラッシングでいいかな。
「うん、綺麗になったよ」
ソルが体をぷるぷると揺らす。
「帰るか」
「うん。皆、テントに戻ろう」
「てっりゅりゅ~」
「ぷっぷぷ~」
「ぺふっ」
「にゃうん」
「ソラ、方向が逆だぞ」
ソラが森に入ろうとするのを、お父さんが慌てて止める。
確かに、ソラの行こうとした方角にテントは無いね。
「にゃうん」
シエルに、ぱくりと銜えられたソラ。
そのまま、シエルが先頭に立って歩き出す。
「ぷ~」
ソラの鳴き声に、そっと銜えられたままのソラを見る。
特に銜えられている事に、不服は無いのかジッとしている。
しかも、ちょっと眠たそうな目になっている。
まさか、その状態で寝るの?
「アイビー、どうした?」
シエルの口元をジッと見ている私の様子に、お父さんが首を傾げる。
「シエルの口の中で寝ちゃった」
「えっ、寝たのか?」
「そう。これは驚くよね」
シエルもまさか寝るとは思っていなかったのか、少し困った様子で私を見る。
「顎が疲れるよね?」
頷くシエルに、少し笑ってしまう。
本当に困った表情のシエルは、初めてだ。
「ソラを私に頂戴」
腕を伸ばして、銜えられたソラを受け取る。
本格的に寝てしまったのか、私が抱き上げても起きないソラ。
「凄いな。本当に熟睡している」
お父さんがソラを撫でても起きる様子はない。
「ソラ、森の中で熟睡したら危険だぞ。寝ている間に魔物に襲われるぞ」
お父さんがソラの頭を軽くポンと叩く。
それでも起きないソラ。
「駄目みたいだな」
お父さんがソラの頭を撫でて肩を竦める。
「疲れていたのかな?」
今日はそれほど、跳びはねたりしていなかったと思うけど。
「今日の遊び方だったら、そんなに疲れないだろう」
「そうだよね?」
とりあえずは様子見かな。
急に調子が悪くなったのかな?
今まで、悪くなったことが無いから分からない。
「ぺふっ」
「てりゅっ」
ん?
ソルとフレムの鳴き方が、ちょっと呆れてる?
「ははっ。今日の夜の為に寝ていたりしてな」
「まさか」
「ぺふっ!」
「てっりゅりゅ~」
「にゃうん」
えっ?
本当に?