705話 昔の影響
女医さん達を見送った後、食堂で少し休憩をとる。
そういえば最後まで分からなかったけど、食堂でのんびりお茶を飲んでいたあの男性は誰だったんだろう?
食堂で男性を見た時の女医さんが見せた笑顔は、もの凄く迫力があって怖かったけど。
「お茶、どうぞ」
「ありがとう。これ、食べるか?」
お父さんが持っているのは、男性がお土産に持ってきたお菓子。
どれだけ持ってきたのか、カゴに山盛りになっている。
「うん、実は凄く気になっていたんだ」
カゴからお菓子を1個もらうと、口に入れる。
ちょっと硬めのお菓子で、ほんのりした甘さが口に広がって美味しい。
「うまいな。甘さがちょうどいい」
「そうだね」
2個目を食べると、ゆっくりお茶を飲む。
「あの男性、女医さんの助手なのかなって思ったけど違ったね」
雰囲気から、あの男性は冒険者なのかな?
「あれは、彼女の護衛だろう。傍を離れる護衛が役に立つのかは不明だが」
えっ、護衛?
のんびりお茶を楽しんで、お菓子もかなり食べていたよね。
……なるほど。
だから、あの笑顔を向けられたのか。
「あっ、それよりお父さん! 頭痛は大丈夫?」
吐き気は気付いていたけど、頭痛まであったなんて。
「あぁ、大丈夫だ。……本当に大丈夫だ。いや、隠していて悪かった。だからそんな不貞腐れた表情をしないでくれ。これからはちゃんと言うから」
お父さんの慌てた様子にため息が出る。
「体調に変化があったら教えてね」と言っておいたのに!
「気付けなかった自分にむかつく」
どうして気付けなかったんだろう?
「俺は隠すのが得意だ」
「知ってる!」
「ははっ、怒るなって。昔の影響だよ」
「えっ?」
お父さんを見ると、どことなく情けない表情をしている事に気付く。
「今回の事で気付いたんだ。自分すらも騙していたんだって」
どういう事なのか分からず、首を傾げる。
「思い込むんだ。今の異常な状態は別に何でもない、だからいつもと同じ動きが出来ると。裏の仕事を1人でしていると、動けないという事は死に繋がる。だから全力で自分の脳と体を騙すんだ。それが続くと、いつの間にか正しい判断ができなくなる。軽い風邪なら正しく判断するのに、症状が重くなっても軽い風邪ぐらいだと体や脳が判断してしまうんだ」
お父さんが風邪を引いた事があった。
フレムのポーションを勧めたけど、飲むほどじゃないって。
でも、その数時間後に立てなくなるほど悪化した。
あれは急に悪くなったのではなくて、お父さんも気付いてなかったけどずっと悪かったのか。
「ポーションを数種類飲むのだって、飲んだら症状は全て改善すると脳と体を騙すためだ。ポーションを使用するのは、実際に効果を知っているから脳が騙されやすいんだよ。実際に効果があるか無いかは、それほど重要じゃない。まぁ、ポーションだからある程度は効いてくれるけどな」
裏の仕事は、それが必要と言う事だよね。
怖い世界だな。
「今回、アイビーに何度も心配されて、ようやく自分の状態に気付けたよ。体が異常を発しているのに、脳や体が気付けていないって。まさか、裏の仕事から手を引いて数年経つのに、その影響が残っていたなんて思いもしなかった。治ったと思っていたから」
「そっか」
そういえば女医さんが「ある仕事に就いている冒険者が行う方法ですね」と言っていた。
彼女は、お父さんがポーションを複数飲む理由をちゃんと知っていたのかもしれないな。
だから、厳しい表情でお父さんを見たのかも。
だって、お医者さんからしたら体を騙して無理をするなんて、許せる行為じゃないだろうからね。
それより、お父さんは気付けたと言ったけど、すぐに体が元に戻る事は無いよね。
どうしたら、お父さんは自分の体調の事をちゃんと認識できるようになるんだろう?
ん~、私に心配されて気付いた?
「お父さん」
「どうした?」
お父さんが、自分で体調が悪くなっている事を気付ける環境づくりが出来ればいいけど、無理。
「これからは、もっと口に出して聞いていくね」
「へっ?」
だったら私が出来る事をすればいい。
私が出来る事と言ったら、言葉でちゃんと伝える事ぐらい。
これからは、お父さんの様子を窺って判断するのではなく、ちゃんとお父さんに聞こう。
うん、そうしよう。
「えっと、アイビー? 何か自分だけで完結していないか?」
「そんな事ないよ。これからどんどんお父さんを巻き込んでいくからね」
あれ?
どうしてそんなに嬉しそうなんだろう?
「そうか。楽しみにしているよ」
まぁいいか。
「うん」
口に出して聞くって、大切な事だよね。
「そうだ、今日の夕飯はどうする?」
「ん? そうだな。久しぶりにアイビーの作ったご飯が食べたいかもしれないな」
そういえば、この宿に泊まってから作ってない。
「今日は宿にお願いしているから、明日は私が作ろうかな」
「それは嬉しいな」
お父さんの笑顔に、嬉しくなって笑みが浮かぶ。
「何が食べたいの?」
「こめ」
ん? こめ?
「丼が食べたい。あれは、駄目だな。無性に食べたくなる時がある」
「ふふっ、分かった。ん~牛丼もどきの六の実とじでいいかな?」
「最高」
昨日は夕飯を食べる力もなく寝ちゃったけど、今日は食べられるみたい。
良かったと思うべきなんだけど、体調が悪い事に気付いていない可能性があるんだよね。
「アリラスさん達も食べるか聞いてみようかな」
「そうだな」
「はい。私は食べたいです」
気配で気付いていたけど、まさか手を上げるとは思わなかったな。
ピンと手を上に伸ばして、食堂に入ってくるミッケさんを見る。
「何を食べるのか分かっているのか?」
「いや、知らない。でも、私の勘が食べた方が良いって言っているから」
ミッケさんの勘?
「ははっ、どうする?」
お父さんが私を見る。
「別に大丈夫だよ。お肉も十分あるし、こめも余裕があるから」
「こめ?」
ミッケさんの少し驚いた表情。
やはりこめは、驚くのかな?
「こめの料理が出来るの? うわっ、久しぶりだから嬉しい」
えっ?
ミッケさんの様子にお父さんと一緒に首を傾げる。
「食べた事があるのか?」
お父さんの質問に、何度も頷くミッケさん。
「ある、あるわよ。私に演技指導をしてくれた人がね。丸く固めたこめに肉を巻いて焼いてくれた事があったの。最初は、こめに戸惑ったんだけどそれが凄くおいしくて。何度も作ってもらったんだ。でも、その人が病気で急死しちゃって。料理が得意な人にお願いして、作ってもらった事があったんだけど、こめの硬さが違って。最近はもう、諦めていたんだけど。こめの塊を肉で巻く料理なんだけど、分かる?」
1つ思い浮かんだ料理がある。
小ぶりの丸いおにぎりを作って、薄いお肉でこめが見えないように巻いて、それを焼いて甘辛く味付けする料理。
「たぶん。でも、味付けは人によって違うから同じ味は無理だと思います」
「それは大丈夫! この村のソースをちょっと甘めにしていたぐらいだから」
あっ、それなら似た味を作る事は出来るかも。
「分かりました。作ってみますね」
「ありがとう。その人は不思議な人でね。隠していたけど、不思議な記憶を持っている人だったわ」
えっ?
記憶?
「ミッケェ!」
えっ?
誰の声?
食堂の入り口を見ると、大量のマジックバッグを抱えたウルさんがいた。
「あっ、忘れていた」
ミッケさんのあっけらかんとした答えに、項垂れるウルさん。
「まさか、この距離で忘れられるとは」
この距離?
「ごめん、ごめん。美味しそうな話をしていたから」
ミッケさんを見ると、全く反省した様子はない。
そんな彼女の様子に、大きなため息をこぼしたウルさん。
私とお父さんを見ると、無言で近づいてくる。
「久しぶりだな」
「あぁ、これ。頼まれていた物だ」
頼まれていた物?
……あっ、ポーションとマジックアイテムかな?
「あっ、これは美味しい」
ミッケさんがテーブルの上にあったお菓子を食べて笑みを浮かべる。
「ミッケ……」
アハハッ。
ミッケさんは、自然体だな。
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