703話 そっちの慣れる?
「これでお別れなの?」
「ぎゃっ」
治療も終わってしまったので、木の魔物と会う理由は無い。
だけど、もう少しだけ一緒にいたかったな。
「あまり無理しないようにね」
「ぎゃっ」
私の言葉に、葉っぱがざわざわと揺れる。
ポンと木の魔物の枝を軽く叩く。
本当に無理はして欲しくない。
思い出すのは真っ黒になった木の魔物。
きっと魔法陣を無効化したせいで、あぁなってしまったんだろう。
一体どれだけの魔法陣と関われば、全身が真っ黒になってしまうのか。
それだけの数の魔法陣があるのかと思うと、恐ろしさを感じる。
「ぎゃっ、ぎゃっ」
私の気分が下がったのが分かったのか、明るい鳴き声を出す木の魔物。
本当に優しい子だな。
「ありがとう。大丈夫だよ」
今回は、ソラが治療して黒く変色した部分は無くなった。
でも、また魔法陣と関われば同じ事が起こる。
魔法陣と関わらないようにと言いたい。
でも、
「魔法陣を無効化するのは、あなたの……木の魔物の役目なの?」
「ぎゃっ」
やっぱりそうなんだ。
「ぎゃっ、ぎゃっ!」
木の魔物を見ると、なぜかその事を自慢しているように見えた。
どうして?
魔法陣に関われば、真っ黒になって死んでしまうかもしれないのに。
「魔法陣を無効化出来る事は、自慢なのか?」
やっぱり、そう見えるよね?
「ぎゃっ!」
嬉しそうに鳴く木の魔物を見つめる。
自慢か。
「そうか。でも、無理はしないようにほどほどにな」
「ぎゃっ」
魔法陣は、自然と生まれる物ではないはず。
きっと全ての魔法陣に、人が関わっている。
なんだか、凄くやるせない気持ちになる。
「ぎゃっ?」
心配そうに私を見る木の魔物。
ぐっと手を握る。
「ありがとう。また会おうね」
「ぎゃっ」
絶対に会いたいな。
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅ?」
「てっりゅりゅ~」
「ぎゃっ」
「ぺふっ」
「ぎゃっ」
ソラ達と木の魔物が会話でもしているのか、鳴き合っている姿を見る。
どこか、ほっこりする光景に笑みが浮かぶ。
しばらくすると、別れの挨拶は終わったのかソラ達が私の傍に戻って来た。
「行こうか」
お父さんの言葉に、木の魔物に向かって手を振る。
木の魔物の葉っぱがいつもより少し激しく揺れたのが見えた。
「ソラ、今日は頑張ったね」
いまだに興奮しているソラに、声を掛ける。
「ぷっぷぷ~」
「お疲れ様。あまり興奮しないようにね」
ソラの不思議そうな表情に、頭をゆっくりと撫でる。
ソラが頑張ってくれたお陰で、黒く変色した部分は消えた。
ほんの少しかもしれないけど、木の魔物の役に立てたはず。
木の魔物も、喜んでくれていたしね。
ソラ達をバッグに入れると、洞窟から出る。
自警団員にお礼を言って村に向かって歩き出す。
村に近付くと、冒険者の姿がちらちら見え始める。
お父さんを窺うと、顔色が少しずつ悪くなってきていた。
「脇道で帰らなくていいの?」
「大丈夫。大通りを歩こう」
もう、頑固なんだから。
「もう少し、気配に慣れてから大通りを通ったら?」
「気配に慣れるのには、きっとそうとうな時間が掛るだろう。だから今は、体調の変化に慣れようと思うんだ」
お父さんの言葉に、小さくため息を吐く。
まさか、体調不良に慣れるために大通りを通るなんて。
正直止めたい。
でもこれは、何を言っても無駄だろうな。
私が出来る協力は……一緒に歩くことぐらいしか思いつかないな。
「ところで、ソラ達のポーションがそろそろ無くなるんじゃないか?」
あっ!
そうだった。
「うん。ポーションもマジックアイテムも、あと少ししか無いんだった」
「やっぱりそうか。そろそろ調達しないと駄目だろうなと、思っていたんだ」
「でも、どうするの?」
この村の捨て場を見て、かなり困惑した。
だって捨て場のすぐ傍に、自警団員の休憩所があったから。
なんでも冒険者の中に、ゴミの捨て方が悪い者が多数いたらしい。
しかも、何度注意しても指示に従わなかったとか。
そこで監視の意味も込めて、捨て場のすぐ近くに休憩所が造られたそうだ。
そのせいで、必要なポーションが拾えない。
まさか自警団員の前で、マジックバッグの容量一杯にポーションやマジックアイテムを拾う訳にいかないからね。
「ウルに協力してもらおうかと思っている」
ウルさん。
旅を一緒にした、ジナルさんの仲間。
オカンコ村に来て少ししたら、全く会えなくなってしまった人だ。
「でも、どこにいるのか分かるの?」
「ミッケに伝言はしてある」
ミッケさんに協力をお願いするのか。
ん?
伝えてある?
「既に伝言は頼んでおいたんだ」
さすがお父さんは、行動が早いな。
「ポーションとマジックアイテムの残りは?」
「あと、マジックバッグ1個分ずつかな」
森の中の不当な捨て場を見つけるたびに、リーリアさん達にも協力してもらって沢山ポーションやマジックアイテムを拾って来た。
さすがにアリラスさん達やウルさん6人が持てるだけ拾うと、そうとうな量になった。
そのお陰で、捨て場に行く必要が今まで無かったんだよね。
今回は、捨て場に拾いに行けないから本当に助かった。
「ふぅ……。宿に戻ったら、返事が、来ているだろう」
「話すのがつらかったら、宿に戻ってから話そう」
「ははっ、人が、多くなると凄いな」
お父さんの腕を掴むと、少し足早に大通りを歩く。
それに気付いたアリラスさんが、私とお父さんを誘導するように歩いてくれた。
「アリラス。私たちはお菓子を買っていくから先に帰っていて」
リーリアさんを見ると、ある屋台を指していた。
それは、蒸した生地に煮込んだ果物を挟んだお菓子で、全員が美味しいと言った物だ。
「楽しみです」
私の言葉に、リーリアさんが笑う。
「全種類を手に入れて見せるわ!」
全種類?
果物の種類や、組み合わせで色々あったけど大丈夫かな?
「任せた」
アリラスさんの答えに、手を振って屋台に向かうリーリアさんとタンラスさん。
お父さんの様子を見ると、ちょっと嬉しそう。
確か、お父さんも好きなお菓子だ。
「行こう」
アリラスさんの言葉に、宿に向かう。
周りの気配を探ると、少し離れたところに朝も感じた気配があった。
「ミッケさんに、護衛のお礼を言った方が良いのかな?」
「それは止めてあげてくれ」
「えっ?」
お父さんを見ると、苦笑している。
「そっとしておくのがいいよ」
そうかな?
……そうかもしれないな。
護衛の気配は、驚くほど薄い。
しかも周りの気配に紛れ込ませているため、すぐに見失ってしまう。
きっとバレていないと思っているよね。
それが実はバレてましたとなると……。
「そうだね。何も言わないほうがいいかな」
「あぁ、そうして、やってくれ」
話すのが辛そうだけど、昨日より大丈夫そうかな?
「あと少しだ」
アリラスさんの言葉に頷くと、そのまま宿に向かう。
宿に着くと、中が少し騒がしい事に気付く。
探ると、店主のチャギュさんと娘のカギュさんの気配の他に2人の気配を感じた。
「ただいま戻りました」
アリラスさんが宿の奥に声を掛けると、パタパタと言う音が聞こえた。
視線を向けると、チャギュさんがホッとした表情で出迎えてくれた。
「良かった。伝言が上手く伝わっていなかったのか、お願いした医者が着いちゃったのよ」
2人のうち1人はお父さんがお願いしたお医者さんだったのか。
あと1人は、お医者さんと一緒に来た人かな?
「そうだったんですね。今から診てもらえますか?」
「顔色がかなり悪いけど、大丈夫?」
チャギュさんに笑顔で頷くお父さん。
「大丈夫です」
「そう? まぁ医者に診せるんだから、きっと大丈夫ね」
チャギュさんと一緒に、食堂に入る。
「こんにちは」
女医さんだ。
ちょっと、予想外だったな。