701話 トロンと木の魔物
「うわっ、こんな武器を隠し持っていたんだ」
リーリアさんの言葉に、アリラスさん達も頷いている。
「ナイフではなくて、包丁の形なんだな」
お父さんの楽しそうな声に、私も頷く。
なぜ、包丁の形なんだろう?
木の魔物の武器が全部、この形なんだろうか?
それにしても、見た目が本物の包丁みたい。
色までそれっぽいから凄い。
根に繋がっているから根の一部だと分かるけど、繋がっていなかったら分からないかもしれないな。
「ぎゃっ!」
木の魔物が鳴くと、包丁に見えていた部分が少しずつ形を変え始める。
「えぇ、形が変わった。ん? この形は、ナイフだね」
目の前で形を変えた根に呆然としていると、興奮したリーリアさんの声が聞こえた。
これは、凄すぎる。
まさか、形を自由自在に変える事が出来るなんて。
「この根の部分は自由に形を変えられるのか?」
お父さんもちょっと興奮しているみたい。
「ぎゃっ!」
あっ、木の魔物がちょっと自慢気だ。
可愛い。
そういえば、本で読んだ木の魔物を紹介するページには、武器の記載は無かったな。
これって、私達が知ってもいい情報なのかな?
「こんな重要な事を、私たちに教えても大丈夫なの?」
さっき、この根を見せる前。
木の魔物は少しぎこちなかった。
あれは、見せるかどうか迷ったのかもしれない。
「ぎゃっ!」
大丈夫だと思ってくれたのかな。
「ぎゃっ」
高さの違う鳴き声に視線を向けると、トロンが根を振り回していた。
よく見ると、先の方の色が根とは明らかに違う。
「それが、トロンの武器なの?」
「ぎゃっ」
よく見るために、膝をついてトロンが振り回していた根を手に載せる。
手の中の根はまだ細く、武器の部分も木の魔物に比べたらかなり小さい。
この形は、針?
ナイフや包丁の形ではないんだね。
木の魔物が見せてくれた武器は、包丁の時もナイフの時も鋭く尖っていたけど、これはちょっと違うな。
針先は、確かに尖っているけど鋭くは見えない。
「トロンも形を変えられるの?」
私の言葉に、無言のトロン。
つまりは無理と言う事だよね。
「大きくなったら、形を変えられるようになるのか?」
お父さんの言葉に、木の魔物も無言を返す。
これは、大きくなったからと言って自然と出来るわけではないという事か。
「形を変えられるように特訓でもするの?」
「「ぎゃっ!」」
私の言葉に、嬉しそうな鳴き声が2つ。
つまり、木の魔物は特訓して根を強力な武器に成長させていくのか。
たぶん、動きもなんだろうな。
木の魔物とトロンの根の動きは、明らかに滑らかさが違うもんね。
「そうなんだ。トロンもいつか木の魔物のように凄い刃を作れるようになるといいね」
「ぎゃっ」
トロンの成長が楽しみだな。
「ぎゃっ!」
「ぎゃっ」
「ぎゃっ?」
「ぎゃっ」
木の魔物とトロンで、会話をしているみたい。
それにしても、可愛い。
あれ?
トロンがなぜか、やる気になっているような気がする。
木の魔物と何を話したんだろう?
「ぎゃっ!」
ヒュッ。
えっ?
どうして木の魔物のナイフが、壁に刺さっているんだろう?
ヒュン
あっ、次はトロン?
でも、全く勢いがないね。
「もしかして、木の魔物に飛ばし方を教えてもらっているのかな?」
そうなのかな?
木の魔物とトロンを見ていると、リーリアさんの言う通りみたい。
木の魔物と同じ行動をするトロン。
でも、威力がなさすぎて……笑っちゃ駄目。
「なんだろう、凄くほっこりする光景だね」
うん、そう思う。
「ほっこりするのはいいけど、あれは武器での攻撃方法を学んでいるんだからな」
タンラスさんの言葉に、苦笑する。
そうだった。
今の姿が可愛くて、武器を振り回していても怖さを感じないけど攻撃方法を学んでいるんだった。
それにしてもトロンの一生懸命な姿は、もの凄く可愛い。
「ぎゃぁ」
ん?
あっ、根っこが絡まって転がっている。
バタバタバタバタ。
バタバタバタ、ヒョイ。
木の魔物は、面倒見がいいんだろうな。
絡んだ根を外すために、トロンを持ち上げている。
あれ?
持ち上げる必要はないような……いや、持ち上げた方が外しやすいんだろう。
よかった。
外れたみたい。
それにしても、木の魔物の根がこれほど器用だとは思わなかったな。
「お父さんは、木の魔物が器用に根を動かす事を知っていた?」
「いや、攻撃に根が使われる事は知っていたけど、攻撃するための根がある事も知らなかったし、あんなに器用に動く事も知らなかった。それに、洞窟の壁を壊す根もある事もな」
お父さんも知らなかったのか。
「木の魔物には、森で襲われた事があるけど、あんなに器用だったかな?」
私も襲われた事があるけど、どうだったかな?
……痛かった事と、必死に逃げた記憶しかない。
「ぎゃっ?」
「ぎゃぎゃぁ!」
ん?
トロンの叫び声?
「「「「「あっ」」」」」
トロンの針が木の魔物に刺さっている。
前に向かって飛ばす練習をしていたのに、どうして隣にいる木の魔物に刺さっているんだろう。
いや、それより大丈夫なのかな?
「トロンの針が刺さっているけど、大丈夫か?」
「ぎゃっ」
アリラスさんの心配そうな声に、木の魔物は根をパタパタ動かす。
大丈夫と言っているみたいだけど、トロンの針が刺さったままだ。
「これは、抜いていいのか?」
アリラスさんが木の魔物に刺さったトロンの針に手を伸ばすと、木の魔物の根がその手を防いだ。
「ぎゃっぎゃっぎゃっ」
「ぎゃう」
トロンは落ち込んでいるようで、声に元気がない。
「ぎゃっぎゃっぎゃっ」
木の魔物がもう一度トロンに向かって鳴くと、針に繋がっている根がピクリと動いたな。
何をしているんだろう?
「ぎゃっぎゃっぎゃっ」
あっ、またトロンの根が動いた。
もしかして、トロンに抜かせようとしているのかな?
あっ、そうみたい。刺さっている根が動き出した。
ん?
深く刺さって取れないのかな?
トロンが必死になっているんだけど。
「ぎゃぁぁ」
ポンッ。
抜けた!
コロコロ、コロコロ。
反動でトロンが転がっちゃった。
「トロン、大丈夫か?」
「……」
アリラスさんの言葉に、力なく揺れる葉っぱ。
起き上がる元気と鳴く元気が、無いみたい。
「ははっ、力尽きている。傷は……それほど深く刺さってなかったみたいだな」
アリラスさんの言葉に、タンラスさんが隣から傷を見て頷く。
「そうだな。思っていたより深くないな」
それにしては、トロンは大変そうだったけど。
「ぷっぷぷ~」
「ソラ、もう大丈夫なの?」
「ぷっぷぷ~」
黒く変色した幹の治療後は、少し疲れているみたいだったけど、もう大丈夫みたい。
さすがソラ。
針の治療は、あっという間だね。
「「ぎゃっ!」」
「ぷっぷぷ~」
お礼かな?
「ぎゃっ!」
「ぎゃぁ」
木の魔物の鳴き声に、トロンの根が弱々しく横に揺れる。
と言うか、未だに転がっているんだけど大丈夫かな?
あれ?
木の魔物もトロンも黙ってしまった。
ん?
こっちを見ている?
「トロンの練習は終わりか?」
「ぎゃっ」
「終わりみたいだな」
お父さんの言葉が聞こえたのか、トロンの根が1本だけパタパタと揺れる。
「トロン、凄く疲れているね」
「あぁ、根を前に突き出しているだけに見えたけど、違ったみたいだな」
トロンの練習を見ている限りは、それほど体力を使いそうになかったけど。
どうやら、違うみたいだ。
「ソラの用事も、トロンの練習も終わったし、村に戻ろうか」
お父さんの言葉に、ソラ達の声が洞窟に木霊する。
ソラ達は元気だね。
トロンは、まだ起き上がれないみたいで1本の根だけがパタパタ揺れている。
でも、さっきより根の動きが激しいから、大丈夫だろう。