700話 まだ1日目
「ぷぅ」
あっ、終わったみたい。
でも、鳴き声に力が無いな。
うまく治療が出来なかったのかな?
木の魔物の傍に行き、幹を確認する。
まだ、黒く変色したままだね。
でもまだ、1日目だし。
それに、少し薄くなっているような気がする。
そういえば、枝の時よりも黒い部分が広いし、ちょっと濃かったような。
「ぷ~」
ソラを見ると、落ち込んでいるみたい。
「ソラ、お疲れ様」
「ぷぅ」
「ソラ。枝の部分だって2日掛かったんだから、幹はもう少し掛かるんじゃない? 枝より黒い部分が大きいから」
「ぷっ?」
あれ?
違いに気付いてないのかな?
「幹は、枝の時より黒くなっている所が広いよ」
濃さは自信がないから黙っていよう。
「ぷっぷぷ~」
良かった、理解してくれたみたい。
「ソラ、明日も来るか? 木の魔物の治療をちゃんと終わらせたいんだろう?」
「ぷっぷぷ~」
ソラの鳴き声に、木の魔物の枝がざわざわと揺れる。
これは、喜んでくれているのかな?
「木の魔物。明日も、これぐらいの時間にここに来られるか?」
あれ?
でも洞窟に来ることをここで勝手に決めても大丈夫なのかな?
調査は終わっているとは聞いているけど、この洞窟に挑戦したい若い冒険者がいるかもしれない。
「ぎゃっ」
トロンより低い鳴き声が、耳に届く。
「お父さん、洞窟に来ることを勝手に決めても大丈夫?」
「大丈夫だ。木の魔物の治療が終わるまでは、自由に使っていい事になっているから」
いつの間にそんな話をしたんだろう?
「そうなんだ、それなら大丈夫だね」
「ぎゃっ!」
嬉しそうに鳴く木の魔物の枝をポンと撫でると、枝が揺れて葉っぱがさわさわと音を立てた。
そういえば、と思い木の魔物の根を見る。
長いよね。
でも、木の大きさから言ったら短い。
トロンの根っこがまた伸びてきて、あっちこっちで引っかかっているんだよね。
身動きが取れなくなって、落ち込んでいる事があるから、引っかからない方法が在ったら教えて欲しいんだけど。
「木の魔物に聞きたい事があるんだけどいい?」
「ぎゃっ」
「ありがとう。トロンがね、根っこを上手く扱えないみたいで、よく周りの物と絡むの。最近また根が伸びてきてその頻度が増えてきたんだけど、木の魔物はどうやって根っこをお手入れしているの?」
「ぎゃっ!」
ん?
私の木の魔物にした質問が聞こえたのか、お父さんが肩から提げているカゴから、スッと顔を出すトロン。
「起きていたの? 寝ていたから、勝手に洞窟に連れてきちゃったよ」
「ぎゃっ! ぎゃっ!」
別にトロンは怒っていないみたい。
良かった。
そうだ、根っこ。
木の魔物を見ると、地面にパタパタ動く根っこが見えた。
動きを目で追っていると、根がスッと持ち上がってそのまま枝の近くまで上がっていく。
スパッ。
「ん?」
ぱたんと根っこの先が、地面に落ちる。
残った根っこは、パタパタと動くと元の場所に戻った。
「切って調整をしているの?」
「ぎゃっ」
正解みたい。
そういえば、トロンも根っこを切った事があった。
あれは正解だったのか。
「ぎゃっ」
「どうしたの?」
木の魔物の根っこがもう一度持ち上がる。
その根を見ると、先ほどよりも細い根っこのようだ。
そのまま見ていると、その根が洞窟の壁に突き刺さる。
「刺さった」
「そんなに鋭そうに見えなかったけど」
アリラスさんとリーリアさんが驚いて、壁を凝視している。
でも2人の言うように、壁に刺さった根は鋭くなかった。
どうやって刺さったんだろう?
ブチン。
あっ、壁に刺さっている根が切れた。
特に問題は無いのだろう。
残った部分が、スルスルと元の場所に戻っていった。
えっと、壁に根をさして引きちぎって短くしているという事なのかな?
ちょっと乱暴すぎない?
ピシピシピシ。
えっ?
壁に残った根の周辺にヒビが入ると、パラパラと一部の壁が落下していく。
「凄いな」
お父さんが感心した様子で壁に近付く。
「危ないよ」
「大丈夫、ヒビは止まったみたいだ」
お父さんの傍に寄って壁を見る。
壁を手でそっと触れると、パラパラと壁の一部が落ちる。
でも、それ以上の崩壊は無いみたい。
「さすが、洞窟内を自由に行動しているだけあるな。根っこで道を作っていたのか」
あっ、そうか!
木の魔物は地上に出る事なく、洞窟内を出入りしているんだ。
あれ?
その道を使えば、自警団に見つからずに洞窟内に入れるのでは?
「木の魔物が通る道を私達も通れる?」
「……ぎっ」
鳴き方が変わった。
えっと。
「出来るなら枝を揺らして」
……全く、揺れない。
「使えないみたいだな」
ざわざわ。
枝が揺れたという事は、使えないのか。
2度も聞いたから、間違いないだろうな。
やっぱり、誰にも見つからないように洞窟に入るのは無理。
あの魔法陣、本当に不思議だな。
「魔法陣を描いた人が気になるの?」
リーリアさんの質問に頷く。
魔物を混乱させる魔法陣なんて、どれだけの被害が出るか。
あっでも、この村の冒険者はかなり強いんだよね?
この洞窟から溢れる魔物ぐらいだったら、対処できるのかな?
でも、魔法陣が発動した時に洞窟内に冒険者がいたら?
間違いなく被害にあうよね。
やっぱり、駄目。
「ガバリ団長の様子だと、何か思いついた事がありそうだけどな」
えっ?
お父さんを見る。
ガバリ団長さん?
思い出すけど、そうだったかな?
あっ、ちょっとだけ様子が変わった時があったな。
確か、空間移動の話をした時だったかな。
あの話がきっかけで、方法でも思いついたのかな?
「任せておけば大丈夫だろう」
「まぁ、そうだね」
私達以上に色々知っているんだから、大丈夫だね。
「ぎゃっ!」
木の魔物の声に視線を向けると、器用に2本の根っこが結ばれていた。
えっ、こんな事まで出来るの?
「思っている以上に木の魔物の根っこは器用なんだな」
お父さんも予想外の事だったのだろう。
ちょっと興奮しながら、結ばれた根っこを確認している。
「結構しっかり結ばれているんだな。これは解けるのか?」
「ぎゃっ!」
スルスルと結び目が緩み、2本の根に分かれていく。
本当に器用だ。
「ぎゃっ?」
木の魔物より少し高い鳴き声。
見ると、カゴから出たトロンも根っこを動かしている。
でもその動きは、木の魔物のようなスルスルした動きではなく、どこかぎこちない印象を受ける。
「ぎゃ~!」
「あぁ、絡まっているから止まって」
身体に根っこが絡んだトロン。
焦っているのか、動くたびに根っこがおかしな状態になっていく。
お父さんが慌ててトロンを持ち上げて、動きを止めた。
「トロン、焦るな。焦るともっと絡むから」
「ぎゃっ」
落ち着いたトロンとお父さんが、絡んだ根っこを1本1本外していく。
「あっ、結ばれている。トロン、これは外せるか?」
「ぎゃっ? ……ぎゃっ?」
根っこがぴくぴくと動いているけど、結ばれている根っこは動かない。
「無理みたいだな。この部分は切ろうか」
「ぎゃっ」
ちょっと鳴き声が小さくなるトロン。
「ぎゃっ」
木の魔物が、お父さんの傍に寄る。
そして、ざわっと葉が揺れるとお父さんが持っていた、トロンの絡んだ根っこをスパっと切った。
「さっきも思ったけど、凄い切れ味だな」
そうだよね。
切られた断面が凄く綺麗だもんね。
「そういえば、切っているのはどの部分なの?」
切る前に葉が揺れるから茂った葉で隠しているんだろうけど、どんな道具を使っているんだろう?
さすがに根っこでは、こんなに綺麗に切れないはず。
「ぎゃっ!」
なぜか少しぎこちない鳴き声を出す木の魔物。
それに首を傾げると、茂った葉がざわざわと揺れた。
そして、葉の中から根っこがスッと出て来た。
「「「あっ」」」
アリラスさん達の驚きの声が上がる。
茂った葉の間から出て来たのは、一部が鋭い物に変わった根っこ。
「包丁みたい」