696話 ミッケさん? えっ?
アバルさんは明日のお昼まで用事があるらしいので、洞窟には午後から来ることになった。
木の魔物もそれに合わせて洞窟に来てくれるそうだ。
というか、洞窟から移動しているとは思わなかったので、ちょっと驚いた。
どこへ行っているのか聞くと根っこである方角を指してくれたけど、そっちに何があるのかは全く分からなかった。
ガバリ団長さんとアバルさんは知っていると思い聞いたが、「知らない」と言われてしまった。
ただ、ガバリ団長さんには感じなかったけど、アバルさんからは少し焦った様子が窺えた。
なので、それ以上は聞く事を止めた。
言えない事もあるからね。
木の魔物と別れて、洞窟から出る。
「お帰りなさい」
声に視線を向けると、30代ぐらいの自警団員がいた。
「ただいま戻りました」
彼の様子を見ていると、洞窟から出てくる人物を見ては手に持っている紙に何か印をつけている。
おそらく、洞窟に入った人物と出て来た人物に相違が無いか見ているのだろう。
やっぱり、無断で洞窟に出入りするのは無理そうだな。
「伝言が来てないか?」
ガバリ団長さんは洞窟から出ると、自警団員に声を掛ける。
「1件、あります。ミッケさんからで『順調、ただし場所が変更』だそうです」
そうだ、ミッケさん!
彼女は、囮になっているんだったよね?
大丈夫なのかな?
「どこだ?」
「第5洞窟の傍にいると見張り役から連絡がきています」
あっ、ちゃんと見張り役がいるのか。
それはそうだよね。
ミッケさんだけだったら、危険だからね。
「第5洞窟か。ここから15分ぐらいだな」
近いね。
気になるけど、邪魔をしたら駄目だろうから我慢だね。
「見に行ってみるか?」
「「えっ?」」
リーリアさんと私の驚いた声が重なる。
まさか、そんな風に誘われるとは思わなかった。
「いいんですか?」
普通は、駄目だよね?
お父さんを見ると、ガバリ団長さんの言葉はやはり予想外なのか、少し困った表情をしていた。
「目的は、奴を宿泊施設から出す事なんだが、その目的は達成しているからな」
ミッケさんからの「順調」という伝言は、目的を達成した事を指すのかな。
「そろそろ、奴の泊まっていた部屋から証拠が出てきている頃だろうし」
ガバリ団長さんの言葉に首を傾げる。
宿泊施設に証拠が置いてあるの?
まぁ、マジックアイテムを使えば守る事は出来るか。
「大丈夫なのか? 使用するマジックアイテムによっては、第3者が触れただけで証拠品を駄目にしてしまうだろう?」
確かに、そういうマジックアイテムもあるよね。
ガバリ団長さんは、お父さんの言葉に笑みを浮かべた。
「それは問題ない。証拠となる書類は、ある貴族との繋がりを証明するものなんだが、奴にとっても絶対に失えない物なんだ。だから、書類を駄目にするようなマジックアイテムは使っていない」
使っているマジックアイテムまで知っているんだね。
ガバリ団長さんが「奴」と言っている人は、もう絶対に逃げられないだろうな。
「で、見に行ってみるか?」
確かに気になる。
なので、つい頷いてしまう。
「よしっ、行こう。気配は極力抑えてくれ」
ガバリ団長さんを先頭に、気配を薄くして付いて行く。
しばらく歩くと、前方に複数の気配を感じた。
「ゆっくりな」
ガバリ団長さんが歩く速度を落として、ゆっくりと気配に近付いていく。
「放してください。私には無理です。こほっ、こほっ」
ん?
聞いた事があるような声の気がするけど……まさか、ミッケさん?
いつものようなハリが無いけど、たぶんミッケさんの声だ。
「駄目です。許して下さい」
掠れて弱弱しい声だな。
傍にいる、ガバリ団長さんを見る。
あれ?
呆れているような表情をしているような気がする。
「あっ」
ドサッ。
これは人が倒れた音?
もしかしてミッケさん?
「とっとと名前を書け! いいか、お前のような奴が私と結婚できるんだ。喜んで名前を書くのが当たり前だろうが!」
いや、無理、無理。
苛立った男性の声に首を横に振る。
どこに、そんな暴言を吐く愚か者との結婚を喜ぶ人がいるの?
「今俺が言った事が理解出来ないのか? 俺には、ある伯爵がついている。だから、お前を消す事なんて簡単なんだ。それを、俺が貰ってやろうって言っているんだ、断るなんてありえないんだよ」
ある伯爵?
ガバリ団長さんが言っていた、大声を上げている人と繋がっている貴族かな。
それにしても、頭の悪さが窺える会話だね。
あと少しで、ミッケさん達が見えるかな?
声を聞きながら、ゆっくりとゆっくりと気配に近付く。
「貴族の方でも、私の家族には手が出せないはずです。お願いします、もう私を帰して下さい」
あっ、声がさっきよりかすれている。
大丈夫かな?
あっ、見えた!
体格のいい冒険者の後ろ姿が見えると、傍で倒れているミッケさんの姿も確認できた。
やっぱりさっきの音は、ミッケさんが倒れる音だったんだ。
怪我とかしていないかな?
俯いているミッケさんの周りを囲む冒険者達を見る。
えっと、全部で8人か。
あれ?
……私達の気配はかなり薄くしてあるけど、完全には消せていない。
姿を見られるほど近付いたのに、まだ気配に気付かないの?
ミッケさんを囲っている冒険者達は、格好からして上位冒険者だと思っていたんだけど違うみたい。
「はぁ、お前は馬鹿なのか? 王都の貴族で地位を確立しているルガス伯爵に出来ない事があると思うのか? いいか? あの方が本気になれば、お前の家族なんてすぐに犯罪者にでも落とせるんだよ。分かったか。それとも痛い目にあわないと分からないか?」
「きゃっ、ごめんなさい」
えっ、誰?
顔を上げた女性の顔を見て、首を傾げる。
いや、ミッケさんなのは声から分かる。
だけど、見た事が無いほど怯えた表情をしている女性に、ミッケさんだとはどうしても思えない。
「あの演技に、皆が騙されるんだよな」
えんぎ?
あぁ、演技か!
なるほど。
演技……いや、本当に凄い。
ミッケさんだと分かっていても、か弱くて守ってあげたくなる女性にしか見えない。
そう言えばミッケさんは、喋らなければちょっとか弱く見えるんだった。
一言も、喋らなければの話だけど。
「ふっ。ようやく理解できたか、自分の立場を」
「……はい。ごめんなさい」
掠れた小さな声に、演技だと分かっていても助けたくなる。
邪魔をしては駄目なので、ぐっと耐えるけど。
「まったく、手間を取らせるんじゃない。お前が隠れたせいで、わざわざ俺がここまで来るはめになったんだからな」
「すみません。ごめんなさい。許して下さい」
何度も謝る演技中のミッケさんに向かって、嫌な笑みを浮かべる男性。
「あ~、これはムカつくな」
傍にいるガバリ団長さんから不穏な空気を感じる。
それに気付かない男性と、冒険者達。
なんだか、この先が見えたような気がするな。
「ほら、とっとと立て。いつまで、そうしているつもりだ」
男性がミッケさんに手を伸ばす。
ミッケさんが顔を上げると、泣いている事に気付く。
そして、ミッケさんが男性の手を取ろうと手を伸ばし……、
「見つけた!」
「「「「「えっ?」」」」」
おそらく、男性と冒険者達。
そして、隠れて見ていた私達の気持ちが一緒になったと思う。
ミッケさんの態度の急変に、誰も身動きが出来なかった。
いや、ガバリ団長さんは笑っていたかな。
「取った~!」
男性の首元から、何かを引き千切ったミッケさん。
「痛い。何を……あっ、それを返せ!」
男性が首元を押さえ、ミッケさんの手元を見た瞬間に焦りだした。
「何をしている。その女を取り押さえろ! 無理なら殺しても構わん!」
男性の声に、冒険者達が一斉にミッケさんに向かう。
それに少し慌てたけど、おそらく1分か2分。
襲い掛かった冒険者達は、ミッケさんの蹴りに全員が倒れた。
「弱いわね」
ミッケさんの言葉に、男性の表情が恐怖に歪む。
それを見たミッケさんは、本当に楽しそうな表情を見せる。
「私を貰ってやるって? 止めてくれる? 気持ち悪い。誰が頭も悪くて力も無い。ついでに貴族としても終わりかけている奴に嫁ぎたいもんですか。もっと自分を見てから言葉を発言しなさい? じゃないと、周りに自分は馬鹿で屑ですと言いふらしているようなものよ。まぁ、それが分ったら、こんな結果にはなっていないか」
さっきの儚いミッケさんは、見間違いだったのかな?