72話 緑の風のミーラ
うっすらと目を開ける。
テントに微かな光が当たっている事から、明け方だろう。
不快に感じる気配を探るが、近くには存在しない。
ホッと息をつくと、腕を伸ばして体をほぐす。
「ふぅ~」
起き上がって横を見ると、ソラが何とも気持ちよさそうに熟睡中だ。
もう一度眠りたい欲求を抑えて、着替えに手を伸ばす。
昨日、捨て場に向かったのはポーションの事もあったが、もう1つ確認したかったからだ。
本当に私が、狙われているのかどうか。
広場で数度にわたり感じた不快感は、2日間の旅の道中では全く察知できなかった。
もしかしたら、討伐隊の雰囲気に慣れない私が、錯覚してしまったのではないかと考えた。
ソラを信じてはいる、でも少しだけ勘違いであってほしいという思いもあった。
でも昨日察知した不快感には、それ以外に粘着質な視線も感じた。
正直、こんな早く事が起こるとは思わなかった。
でも、分かった以上は考えなければならない。
狙われているのが間違いないのなら、どうすればいいのか。
そしてミーラさんの事を……。
ラットルアさんとミーラさんはとても仲が良さそうだった。
信じてくれるだろうか。
不安がよぎるが、正直に話す方がいいだろう。
たとえ、それで……嫌われて、見放されても。
「よし!」
ソラが毛布から飛び出していない事を確かめてから、テントの入り口を開ける。
テントの外で、もう一度腕を伸ばして体をほぐす。
周りを見て……机に突っ伏して寝ている、リックベルトさんとボロルダさんを発見した。
酔いつぶれて、寝てしまったようだ。
えっと、とりあえず朝食に消化に良く、さっぱりしたスープでも作ろうかな。
確か、まだ薬草が残っていたはずだ。
話を聞いてもらうには、まずはしっかりと起きてもらわないと。
火をおこして、鍋に水と薄くスライスした干し肉、料理に使っていいともらった根野菜を入れて煮込む。
野菜が柔らかくなったら、薬草を入れてスープの完成。
後は……。
「良い匂い」
ボロルダさんが匂いにつられたのか、机からむくっと起き上がる。
リックベルトさんも起き上がって、不思議そうに周りを見回している。
「あれ? ……なんでここに?」
その様子を見ていたボロルダさんは大きなため息をついて、頭を掻いている。
「あれだけ、俺に絡んでおいてすっかり記憶から消し去るんだから……ほんとお前ってめんどくさい」
「あ~……」
2人の声はなんだかぼそぼそと、少し聞きづらい。
喉でも痛いのかな?
「アイビー、おはよう! 悪い寝過ごした」
「「ぅわ……声が……」」
ラットルアさんがいつもの調子で声を出すと、ボロルダさんとリックベルトさんが頭を抱えた。
「大丈夫ですか?」
「アイビー、おはよう。その2人だったら放置して構わない。ただの二日酔いだ」
セイゼルクさんが、テントから出てきて紙袋をラットルアさんに渡す。
「そうそう。あれだけ注意したのにな」
「声を抑えてくれ。響く」
リックベルトさんが、心底嫌そうな顔をしている。
本当につらいようだ。
「それより悪い。俺も寝過ごしてしまった」
謝ってくるセイゼルクさんに、首を横に振る。
スープを器に取り分けていると、ボロルダさんが机に並べてくれた。
ラットルアさんは、紙袋から黒パンを取り出して切り分けてくれたようだ。
「いただきます」
2日酔いの2人は、少し迷ってからスープに手を出した。
「あっ、すごいさっぱりだ」
「ほんとだ」
二日酔いでも食べてもらえる味だったようで、ホッとした。
食事が終わって、お茶を飲む。
どうしよう、ここでいきなり話し出してもいいのかな?
もう少し、落ち着いてから?
「アイビー、少し話があるのだが大丈夫かな?」
「はい」
私も話があるので丁度いい。
あれ……何だろう、セイゼルクさんの表情は何かとても辛そうだ。
それにラットルアさんが、どことなく不機嫌に見える。
ボロルダさんも、何とも言えない表情をしている。
リックベルトさんは、下を向いていて表情が分からない。
……何?
「…………えっとだな」
「はい」
「無理だったら断ってくれてもいいからな。それを前提に聞いてほしい。アイビーに組織を捕まえる手伝いをしてほしい……囮になってほしい」
「……いいですよ」
逃げ続ける事は出来ない。
だったらどうするべきか、ずっと考えていた。
今の私の状態を考えて、囮と言う言葉が浮かんだ。
正直怖い、でも現状を打破するには最適な方法だと感じた。
「アイビー、駄目だ! そんな簡単に!」
ラットルアさんが、泣きそうな表情で私の肩を掴む。
その顔を見ると、申し訳なく思う。
でも、これ以外に何か方法があるならきっと、セイゼルクさんは私にこんな話はしない。
おそらく方法が無いのだろう。
「私もお願いしようと思っていました。このままでは私は身動きが出来ません。だから協力してほしいと」
「えっ」
全員が驚いた顔をした。
「それと……」
心臓が嫌な音を立てる。
これを言ったら、誰も手伝ってくれなくなるかもしれない。
それでも、言わないと駄目だから。
「緑の風のミーラさん達は、組織の人間かもしれません」
ラットルアさんと視線を合わせていたが、最後は俯いてしまった。
信じてもらえないかも知れない。
私を嘘つきだと思うかもしれない。
怖い。
でも、この事は隠しておけない。
「……アイビーが疑っていたのは知っている。それに……ミーラが裏切り者だって事も昨日分かった」
「えっ?」
ラットルアさんの寂しそうな声に顔をあげる。
そこには、何とも言えない表情をした彼がいた。
「討伐隊の広場に居た時、一生懸命何かを隠そうとしていたでしょ? 最初は分からなかった。でも、見ていて気が付いた。ミーラをすごく怖がっている事に」
討伐中って、そんな前から?
でも、昨日って?
「ラットルアから夕飯を一緒に食べて欲しいとお願いされた時に、一応理由は聞いていた。だが信じてはいなかった、ミーラは仲間だからな。だが、昨日ミーラ達を見て裏切り者が誰か理解した」
ボロルダさんの言葉に、疑問が浮かぶ。
夕飯を一緒にっていつの事だろう?
それに、裏切り者がいた事はわかっていた?
「しかしあれは驚いたな。討伐から広場に戻ったら、いきなりラットルアが頭を下げるんだから」
暗くなりすぎた雰囲気を変えるためか、ボロルダさんが明るい声を出す。
それに釣られてセイゼルクさんもラットルアさんも笑う。
討伐の時の夕飯……あっ、ラットルアさんが討伐を休んだ日の事かな。
あの日ミーラさんに夕飯を一緒にと誘われて、どうしようかと思っていたらラットルアさんが「リーダーと、もう予定がある」って……でも違ったのか。
そっか、私の態度で気がついて、助けてくれたのか。
「ラットルアさん、ありがとうございます」
「いや、あの時は半信半疑だった。でもアイビーといっぱい話をして、誰かを騙そうとする子ではないと思ったから」
深く頭を下げる。
正直、信じてくれるとは思っていなかった。
だって、ミーラさん達は今まで苦楽を共にした仲間だ。
それなのに、半信半疑とはいえずっと私を守ってくれていた。
涙がこぼれる。
頭がそっと撫でられる。
「ごめんな。もっと早く話せばよかったよな。でも……ミーラを信じたかった」
首を横に振る。
当たり前だ、仲間なのだから。
それを思うと、よけいに涙がこぼれる。
何とか深呼吸をして涙を止める。
顔をあげると、ボロルダさんがタオルでそっと顔を拭ってくれた。