681話 駄目かぁ
「おっと」
「あっ」
アリラスさんとリーリアさんが蔓に足を引っかけたのか、体勢を崩した。
「大丈夫か?」
すぐにタンラスさんが、魔物が襲って来た場合の事を考えたのか場所を移動した。
最初こそ皆の動きはバラバラだったけど、今では見事な一体感を見せている事に感心してしまう。
「気を付けろよ」
「悪い。でもおかしいな、ちゃんと避けたつもりだったのに」
タンラスさんの注意に、アリラスさんが不思議そうに足元を灯りで照らした。
アリラスさんの足元は、細い蔓や太い蔓が折り重なっているようだ。
「私も避けたんだけど」
リーリアさんも、足元を照らしながら首を傾げている。
その2人の様子にお父さんが、洞窟全体に灯りを向ける。
地面だけでなく壁や天井にまでびっしりと蔓が伸びている。
「異変は無いが……これまでの洞窟の件もあるし、注意した方がいいかもしれないな。あまりにおかしいと思うなら、戻ってもいいからな」
判断は3人に任せるという事だね。
アリラスさん達を見ると、神妙に頷いている。
確かに1ヶ所目と2ヶ所目の洞窟の事があるからね。
絶対に油断はできない。
「あっ、魔物が来る」
少し遠くに感じていた魔物が、こちらに向かって来る気配に気付く。
そのまま、ここまで来るかな?
それとも途中で方向転換するかな?
魔物の気配は3匹分。
「「来た!」」
3匹の魔物が視界に入ると、アリラスさんとリーリアさんがそれぞれ武器を構えた。
お父さんは、魔物を確認すると私達から少し離れた場所に移動した。
今、現れた魔物なら、私達だけで問題ないと判断したんだろう。
それにしても、魔物がどう動くのかドキドキしてしまう。
「「「…………」」」
魔物がこちらの様子を窺っているのが分かる。
アリラスさんとリーリアさんが、戦いやすいように立ち位置を少し変えている。
その間も、じっとこちらを見ている3匹の魔物。
「……来ないね」
既に数分、リーリアさんがちらっとアリラスさんを見る。
魔物は私達を襲う事も、どこかに移動する事もなくただじっとこちらを見ている。
バッグの中のシエルに気付いたのかな?
「ちょっと近付いてみる?」
リーリアさんの言葉に、アリラスさんが頷く。
大丈夫だろうか?
「リーリアはそこで待機」
アリラスさんが3匹の魔物に近付く。
魔物に変化はない。
「もう少し近付いてみるな」
アリラスさんがもう一度近付こうとすると、魔物が後退りをしたのが見えた。
「あ~、これは」
お父さんの言葉に、皆の視線が私のバッグへと向く。
「アイビー、ぴょんと1歩前に出て見てくれ」
私が前にぴょん?
前に飛び跳ねればいいのかな?
えっと蔓に気を付けて、
ぴょん。
ダダダダダダダダダッ。
「えっ?」
何かが移動する音に、視線を魔物に向ける。
が、既にそこには魔物の姿が無かった。
「やっぱりシエルの気配か魔力に気付かれたか」
お父さんが肩を竦める。
残念。
バッグに入れたぐらいでは駄目だったかな。
「そうみた――」
ダダダダダダダダッ。
バタバタバタバタバタッ。
ドドドドドドドドドッ。
あ~、微かに感じていた魔物の気配まで無くなってしまった。
「アリラスさん、タンラスさん、リーリアさん。ごめんなさい」
洞窟に泊る練習だったのに。
やっぱり私は来ないほうが良かったのかな?
私が留守番をしていると言ったら、皆が一緒に行こうと言ってくれたから来たけど。
さすがにこうなってしまうと、申し訳ない気持ちになる。
「気にしなくていい。洞窟内で泊まる練習は、魔物がいなくても出来るから」
「そうそう。泊りの時に使うマジックアイテムに慣れるのが目的だから」
アリラスさんとタンラスさんが、持っているマジックバッグを掲げながら笑う。
そこには、今日使う予定のマジックアイテムが色々と入っている。
「魔物の様子も分かったし、ソラ達を出してあげてもいいんじゃないかな?」
「そうだな」
リーリアさんの言葉に、お父さんが頷く。
確かに魔物は逃げてしまったので、ソラ達をこれ以上バッグに入れておく必要はない。
「分かった。久々に皆がゆっくり遊べるね」
バッグを開けると、勢いよく飛び出してくる4匹。
ソラもフレムも、地面に着地すると周りを興味深そうに見つめている。
シエルは、バッグから出ると元のアダンダラの姿に戻った。
そしてソルは、そんなシエルの頭の上で寛ぎだす。
「なんて自由なんだ」
リーリアさんが笑いながら、ソルの体をツンツンする。
「ぺふっ、ぺふっ」
何気に嬉しそうなソルに、ソラとフレムがリーリアさんに体当たりをした。
ソルだけではなく、自分達とも遊べと言う催促だろう。
「本当に自由だよな。ドルイドさん、他の冒険者達に気付かれませんか?」
あっ、そうだ。
予約制だったから、大丈夫と思い込んだけど他の冒険者達がいたら、シエルの気配に慄くのでは?
「あぁ、大丈夫だ。この洞窟は1日1組だから、この洞窟内には俺達しかいない。だから思う存分、遊んでいいぞ」
良かった。
ソラ達もお父さんの言葉に、洞窟内を自由に探検しだした。
「もっと奥へ行きますか?」
「そうだな。と言うか、既にソラ達は行ってしまったな」
お父さんの視線を追うと、ソラとフレムの姿が洞窟の奥へと消えそうになっている。
「ソラ、フレム。この洞窟は灯りが届きにくいから、遠くに離れないで」
魔物の気配は、全くしないので大丈夫だと思うけど。
さすがに、姿が見えなくなると不安になる。
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
返事だけはいいけど、そのまま暗闇に消えていくソラとフレム。
「あぁ、行っちゃった。もう」
灯りを前に突き出して洞窟の奥を見ようとするが、やはり無理のようだ。
視線の先は真っ暗。
ソラとフレムの姿は完全に見えなくなってしまった。
「大丈夫かな?」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
私の声が聞こえたのか、元気な鳴き声が聞こえてくる。
それにしても、正体がわかっているから特に何も感じないけど、知らないとあの鳴き声は不気味だろうな。
「ぎゃっ」
「えっ?」
今の声はトロンだよね?
お父さんを見ると、お父さんがカゴからトロンを抱き上げていた。
「トロンも洞窟に興味があるの? そういえば、トロンとは洞窟で出会ったんだったね」
出会ったというか、木の魔物のお母さんから譲り受けたというか……押し付けられた。
いやいや、「出会った」で、いいよね。
うん。
「ぎゃっ!」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
トロンの鳴き声に応える、ソラとフレム。
ただし、姿が見えず、どこにいるのかは不明。
「声だけ聞こえるのはちょっと不安になるな。少し急いで2匹の所へ行こうか」
「うん」
お父さんの言葉に、アリラスさん達と急いでソラ達の声が聞こえる方へ向かう。
奥に進むにつれて、地面に広がっていた蔓が減ってきた。
「蔓が無くなったな」
「ようやく歩きやすくなったね」
アリラスさんとリーリアさんは、立ち止まると地面に灯りを照らす。
そこには先ほどまで見た蔓ではなく、土が見えていた。
あれ?
地面に……何かを引きずったような跡?
あれは、なんだろう?
「どうしたアイビー」
お父さんが隣に来て、私が見ている地面に視線を向ける。
「ちょっと気になって。地面に洞窟の奥に続く線があるの。何かを引きずったみたいに見えるんだけど」
冒険者が、何かを引きずって歩いた跡?
さすがにそれは無いね。
「確かにこれは、引きずった跡だな」
お父さんが地面を指で触る。
「地面は固いから、簡単に跡はつかないと思うが。魔物が咥えて何か、獲物を運んだ跡かもしれないな」
あぁ、なるほど。
魔物なら、考えられるかな。
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「うわっ」
洞窟の奥から勢いよく戻って来たソラとフレムが、いきなり目の前に来た。
さすがに驚いて声を上げて、後ろに後退ってしまう。
「驚いた。ソラ、フレム、驚かせないで! それにしても、なんでそんなにテンションが高いの?」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
嬉しそうに鳴く2匹に、苦笑が漏れる。
久々に走り回れるのが、楽しいのかもしれない。
ずっと部屋の中で我慢させていたからね。
「ふふっ。走り回って楽しかった?」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
「ぎゃっ」
ソルはシエルに乗っていて、トロンはお父さんの腕の中。
全く走り回っていないけどなぁ。