680話 予約した洞窟へ
昨日から降り続いた雨が止み、今日は快晴。
そして、洞窟使用を予約した日でもある。
晴れてくれて本当に良かった。
泊まる準備も万全に出来たので、今からちょっとワクワクしている。
まぁこの間のように、大量の魔物に襲われるのは嫌だけど。
「今日の泊りは、洞窟内での過ごし方を勉強するんだよね。問題が起きないといいけど」
前回と前々回の事を思うと、ちょっと不安だな。
「勉強が出来ればいいけど……どうかな?」
お父さんは、私が肩から提げているバッグを見て肩を竦める。
泊りなので、今日はソラ達も一緒に洞窟に挑戦する。
ただし、洞窟に入ってもしばらくはバッグの中にいてもらう事になっている。
その状態で、魔物達がどう動くのか様子を見るためだ。
もしかしたら、シエルに気付かず通常の洞窟が体験できるかもしれない。
反対に、シエルの魔力に気付いて魔物が一斉に逃げ出すかもしれないけど。
どちらにせよ、実際にやってみるしか結果が分からない。
さすがに、お父さんでも予想が出来ないらしい。
「それにしても多いですね」
アリラスさんの言葉に周りを見回すと、自警団員の姿を見る事が出来た。
森に出る時に、門番さんから注意を受けた。
「正体不明の上位魔物の気配に、森に住んでいる魔物達が攻撃的になっている。だから、森の中では気配やちょっとした異変を感じたら、身の安全を最優先にする事」と。
やはりまだ、上位魔物の正体を掴めていないようだ。
ガバリ団長さんから上位魔物の事を聞いた時、すぐにサーペントさん達を思い出した。
お父さんも、一瞬だけ「もしかして」と思ったらしい。
でも、サーペントさん達の魔力は少し独特らしく、残った魔力からでも判断ができるらしい。
なので、姿を見せない上位魔物はサーペントさんではないとお父さんに教えてもらった。
「この辺りは問題ないですが、気を付けてくださいね」
「分かりました。ありがとうございます」
森に出てからこのやり取りは既に12回目。
魔物が攻撃的になっている事から、いつもの倍以上の自警団員が配置されているらしい。
「この村以外だったら、森への出入りは禁止になっているだろう」
お父さんの説明に、確かにと頷く。
上位魔物が村や町の近くで目撃されたり、痕跡が見つかったりしたら最大限の警戒をするからね。
「この村の自警団員達は、上位魔物に対応できるという事ですか?」
タンラスさんが、不思議そうに少し離れた所にいる自警団員を見る。
「全員が対応できるわけでは無いだろう。ただ、逃げる時間を稼ぐ事や対応できる者が来るまでの時間稼ぎは出来ると思うぞ」
なるほど。
でも、それって凄い事だよね。
「ここの自警団員達は、かなり強い者達の集まりって事ね。怒らせないようにしよう」
リーリアさんの言葉に、アリラスさんとタンラスさんが神妙に頷く。
「普通に過ごしていたら、怒らせる事なんて起こらないだろう? なんでそんな表情をしているんだ?」
不思議そうにお父さんが3人を見ると、アリラスさんとタンラスさんが気まずそうな表情をする。
「過去に、自警団員に世話になった事があるのか?」
お父さんの呆れた表情にアリラスさんが小さく頷く。
「ちょっと飲み過ぎて。あ~、覚えてないけど喧嘩を売ったらしいです」
うわ~、それは最悪だ。
「最初なら罰金か?」
確か、自警団員に対する迷惑行為の最初は罰金。
続くようなら、罰金と1年間の監視と無料奉仕。
あまりにひどい場合は、罪に問われて奴隷落ちだったよね。
「いや、その時は許してもらったんです」
「そうなのか? 最初が肝心という事で、許される者は少ないのに」
珍しい事なのか、お父さんがかなり驚いている。
「はい。えっと、喧嘩を売った瞬間にリーリアが俺達を気絶させて謝ってくれたので」
……えっ?
気絶?
リーリアさんを見ると、視線を逸らされた。
「大変だったんですよ。途中までは普通に飲んでいたのに、いきなり大騒ぎしだして。どうしようかと思っていたら、自警団員に注意をされちゃうし。穏便に済ませようと思って謝ろうとしたら、アリラスとタンラスが自警団員に向かって大声で喚きだすし。あの瞬間カッと頭に血が上って、気が付いたら2人とも地面に伸びていました」
地面に伸びて……さすが、リーリアさん。
「凄く綺麗に飛び蹴りが決まったそうですよ」
ん?
飛び蹴りでどうやったら気絶するんだろう?
「飛び蹴りした辺りから記憶が曖昧なのよね。気付いたら、テントで寝ていたし」
「覚えてないという事は、リーリアも酔っていたという事だな」
お父さんの言葉に、気まずそうに頷くリーリアさん。
「そうね。そうなると思う」
お父さんが苦笑すると3人に視線を向ける。
「記憶を無くすのは最悪だぞ。そうだ、3人ともお酒の限界は調べたか?」
首を横に振る3人。
「知っておいた方がよさそうだな。酒での失敗は、大きな損失を生む事があるから注意が必要なんだ」
確かに、知らない間に借金とか作っていたら嫌だよね。
「どうやって調べるんですか?」
「1日ごとに飲む量を増やして、体調が悪くなる量や記憶を無くす量を調べていくんだ。まぁ、体調によっても異なるから、だいたいこれぐらいという目安が分かるだけだけどな」
1日ごとに増やして?
それって毎日飲んで調べるのかな?
地道な作業みたいだけど、お酒好きは喜びそう。
「分かりました。調べてみます」
アリラスさんの言葉に、タンラスさんとリーリアさんが頷く。
自分の事を知っておくのはいい事だからね。
「あそこだな」
お父さんが指した方向に視線を向けると、蔓植物が密集していた。
「あそこ?」
出入り口が見えないけど、何処だろう?
「蔓植物で見えないが、蔓植物の奥に洞窟の出入り口があるらしいぞ」
ミッケさんの情報かな?
それにしても、見事な蔓植物だよね。
奥に出入り口があるとは、全く思えない。
「失礼ですが、予約をしている方達ですか?」
不意に女性の声が聞こえたので振り返ると、女性の自警団員がこちらを窺っていた。
「はい。今日、泊りでの予約をしたドルイドです。洞窟内は、問題はありませんか?」
名前を聞いて頷いた女性の自警団員さんは、「大丈夫です。問題ありません」と言ってくれた。
これで今日は洞窟に泊る事が決定!
どうなるかなぁ。
「なんだかここまでびっしり蔓植物で覆われていると、ちょっと不気味に見えるわね」
リーリアさんが、洞窟の出入り口を覆っている蔓に手を伸ばすと横に避けた。
「あった」
お父さんの言う通り、確かに蔓植物の奥に出入り口が現れた。
それにしても、暗い洞窟だな。
「随分と薄暗いな、蔓のせいか?」
タンラスさんがマジックバッグから灯りを出すと、洞窟内を照らした。
でも、あまり変化が見られない。
「どうしたんだ?」
お父さんの声に振り返ると、不思議そうに私達を見ていた。
「どこか薄暗くて。これって蔓植物のせいなの?」
私の言葉に、隣に立って洞窟内を見るお父さん。
「確かに暗いな。蔓が洞窟内部に影響を及ぼしているかもな。足元は注意していた方が良いと思うぞ」
お父さんの言葉に、タンラスさんが地面を灯りで照らす。
「あっ、地面にまで蔓が伸びている」
この状態だと、足を蔓に引っ掛けてコケるかもしれない。
気を付けよう。
「入ろうか」
「「「「はい」」」」
今日はアリラスさんが先頭に立って洞窟内を進む。
微かに前方に魔物の気配を感じる。
この魔物達はこっちに来るかな?
それともバッグの中のシエルに気付くかな?