679話 隠れている上位魔物
「ガオルが村の近くまで来ているのか?」
お父さんが心配そうに、ガバリ団長さんを見る。
「えっ? あぁ、でも大丈夫だ。ガオルの方は自警団が対応できているから村に来る事は無い。問題は、森の奥に現れた姿が見えない上位魔物の方だ」
姿が見えない上位魔物?
「残った魔力から上位魔物だという事は分かったんだが、姿を捉えられないんだ。魔物の種類が特定できないと対応も難しくなる。今のところは襲われたという情報が来てないが、安心はできないからな。全く、どこに隠れているのか」
それは怖いな。
この村の周辺は洞窟が多いから、そこに隠れているんだろうか?
でも、それなら洞窟に出入りする冒険者達が目撃するよね?
「この近くから離れたという事は考えられないのか?」
あっ、その可能性があるかも。
「無いな」
無いんだ。
「今日も、奥から3番目の洞窟周辺で上位魔物の魔力が見つかっているから」
魔力が残っているという事は、まだこの周辺にいるって事だよね。
だったら、どうして見つからないんだろう?
探しても見つけられない……探している場所は森の中だよね。
見ている場所が違うとか?
例えば、地面の中とか……それは無いか。
「おい、ガバリ。剣を出せ。研いでおく」
「あぁ、助かるよ。前に預けておいた剣は?」
「ちょっと待て」
店主さんが傍にあったバッグから、大きな剣を出してガバリ団長さんに渡す。
凄い、こんなに大きな剣は初めて見た。
「大剣使いだったのか」
お父さんがちょっと驚いた表情で、ガバリ団長さんが持つ大剣を見る。
「まぁな。この大きさの剣は珍しいだろう? これだ、頼むな」
店主さんから大剣を受け取ったガバリ団長は、肩に下げていたバッグから別の大剣を出して渡す。
店主さんは、大剣を受け取ると鞘から抜いてため息を吐いた。
「おい。これは無理だろう」
店主さんの持つ大剣を見ると、真ん中あたりが大きく欠けてしまっている。
確かに研いでどうにかなる物では無いと思う。
「やっぱり無理か? 握りやすくて、かなり気に入っていたんだが」
ガバリ団長さんが残念そうに言うと、店主さんがチラリと彼に視線を向ける。
「時間はかかるが、刃を変える。それでいいな」
店主さんの言葉に、嬉しそうな表情を見せるガバリ団長さん。
この2人は、言葉は荒いけどいい関係みたい。
「それより親父。この店の修理はどうしたんだ? 前に頼むと言っていたよな?」
ん?
親父……ガバリ団長さんのお父さん?
店主とガバリ団長を見比べる。
だから似ているんだ。
「あぁ、あれな……次の機会にするよ」
「まさか、また金を使い切ったのか? いい加減にこの店を直せと言っているだろう」
店主さんはお金遣いが荒い人なの?
そんな風には見えないけどなぁ。
「直そうと思ったが、あるマジックアイテムが手に入ったんだ。あれがあれば、洞窟の魔力量の変化を量れるかもしれん。そうなれば、洞窟の異変にすぐに気付けるんだぞ」
「だからと言って、全ての金をマジックアイテムや洞窟の研究に使うな」
あっ、お金遣いが荒いのではなく研究の為なんだ。
凄く失礼な事を考えてしまった。
「それに、自警団か冒険者ギルドに予算を出させろ。洞窟の事なら金は出すから」
「あのマジックアイテムが、本当に洞窟の役に立つのか分からんのだぞ。そんな無駄になるかもしれない物に、金など出させられるものか」
「親父。はぁ」
呆れた様子のガバリ団長さんに、店主さんがちょっと気まずそうな表情を見せた。
ただそれは一瞬で、すぐに少し不機嫌そうな表情に戻ってしまった。
もしかして、心配させている事を気まずく思っているのかな?
「役に立ちそうなら、購入金額を支払うように書類を提出しておくから」
「別に――」
「これは決定だ。あと、ここの修理はする事を家族で話し合って決めただろう。業者を手配しておくからな」
「……あぁ」
あれ?
今店主さんが、ホッとした表情をしたように見えた。
「ん? あぁ、悪い。邪魔をしたみたいだな」
「「えっ?」」
ガバリ団長さんが私達を見て、小さく頭を下げる。
お父さんを見ると、購入すると決めた砥石やマジックアイテムを持っている。
「あっ」
ガバリ団長さんの視線を追って振り返ると、アリラスさん達も商品を持っていた。
買うのを邪魔したと思ったのかもしれない。
「大丈夫です。それより良い商品を置いていますね」
お父さんの言葉に、嬉しそうに笑うガバリ団長さん。
「これぐらい当然だ。いちいち当たり前の事を言うな」
店主さんが不機嫌そうに言うと、ガバリ団長さんが苦笑する。
「悪いな。口は悪いが……捻くれてもいるが。腕は確かだ」
ガバリ団長さんの言葉に、お父さんが小さく笑う。
捻くれているか。
間違いなく、そうだね。
「これをお願いします」
お父さんが砥石などをカウンターに置くと、店主さんが1つ1つ手に取っている。
「まぁまぁの物を選んだな」
「ありがとうございます」
お父さんが店主さんにお礼を言うと、「ふん」と返事が返されていた。
それに小さく笑ってしまうと、お父さんが私を見て笑みを見せた。
あっ、お父さんは店主さんを気に入ったみたい。
あれ?
店主さんが今、こっそりお父さんを見たような気がしたけど。
あっ、まただ。
「おい。これはおまけだ。使え」
店主さんがカウンターに置いた物を見て、お父さんが驚いた表情をした。
様子から、かなりいい物を店主さんが出したみたい。
もしかして、店主さんもお父さんを気に入ったのかな?
「珍しいな。彼を気に入ったのか?」
ガバリ団長さんの言葉に「ふん」と言って横を向く店主さん。
否定しないんだ。
「ありがとうございます。大切に使わせていただきます」
「そうしてくれ。価値の分かる者にしか使ってほしくないからな」
それはお父さんの目利きを認めたという事なんだろうな。
あっ、お父さんが嬉しそう。
購入した商品の代金を払うと、マジックバッグに入れていく。
アリラスさん達も無事に買えたようだ。
「ありがとうございます」
店主さんにお礼を言って店を出る。
「あっ」
「とうとう雨が、降って来たわね」
リーリアさんが空を見上げる。
私も一緒に空を見上げる。
さっきより薄暗い雲が空を覆っている。
これは結構激しく降るかもしれないな。
「これからどうする?」
リーリアさんの言葉に、全員の視線がお父さんに向く。
「最初に予定していた買い物は出来たから、宿に戻ろうか」
「そうですね。この空の様子だと、どんどんひどくなりそうだし」
アリラスさんが雨具を羽織る。
その雨具を見て、既に雨具を着ていたタンラスさんとリーリアさんを見る。
「お揃いだったんですね」
3人は色が違うけど、お揃いの雨具を着ていた。
それに苦笑するアリラスさんとタンラスさん。
その反応に首を傾げると、嬉しそうなリーリアさんの声が届いた。
「いいでしょ? せっかくだから同じにしたの」
彼女を見ると、かなり満足そうな表情。
なるほど、アリラスさんとタンラスさんは、リーリアさんの勢いに負けたんだ。
「似合っていますよ」
私の言葉に、嬉しそうなリーリアさん。
タンラスさんは、少し恥ずかしそうだけどまんざらではないみたい。
「急ごう」
雨脚が強くなった中、宿に向かって走る。
もう少し耐えてくれたらよかったのに!
「ただいま戻りました」
出入り口で簡単に水気を切ってから、宿の中に入る。
「お帰りなさい。タオルを持ってきたから使ってね」
帰ってきた事に気付いたのか、宿の奥から店主のチャギュさんがタオルを持って来てくれた。
「ありがとうございます」
雨具を脱いで、玄関に用意されているハンガーにかける。
雨具のお陰で、中はそれほどぬれずに済んだみたい。
やっぱり、体に合った雨具を使うべきだね。
うん。
「どうしたんだ?」
私の態度に首を傾げるお父さん。
「隙間から水が入ってこない雨具はいいなって思って」
「……これからはちゃんとあった物を使おうな」
「あははっ。そうだね」
それほど高くない雨具もあったし、そうしよう。