677話 必要な物ばかり
「雨具はしっかりした作りの物を買った方が良いぞ」
お父さんが持ってきた雨具を見る。
作りがいいのは分かるけど、その分少し高めの値段が付いている。
「でも、まだ成長するし」
ここ1年で背が伸びた事を考えると、成長が止まるまでは安い雨具でもいいような気がする。
「そうか?」
「うん。1年ぐらいで買い替えるのは勿体ないよ」
まだまだ成長する予定だから。
「そうかな?」
「そうだよ」
お父さんも私の言いたい事を理解してくれたのか、悩み始める。
小雨程度で雨具を使用する事は無いし、森の中では洞窟などに避難する。
だから、私の中でそれほど重要だと思っていなかったんだけど、お父さん曰く体調に影響するからしっかりした物を選ばないと駄目らしい。
「そうだな。もう少し安めの物にするか」
お父さんの言葉にちょっとホッとして、お父さんから渡された雨具を元の場所に戻す。
「しっかり成長したら、ちゃんと揃えような」
「うん」
可愛らしい雨具を選ぼうとするお父さんを何とか説得して、森の中でも目立たない雨具を選ぶ。
雨の降り方では、雨具を着て森の中を突っ切る事もあるからね。
目立たない色合いが一番。
次に、羅針盤。
森の中で方向を確認するために必要な道具で、冒険者や旅をする者にとっては絶対に必要な物の1つだ。
私も、ゴミ捨て場で拾った物を使っていたけど、お父さんの羅針盤と照らし合わせると、指す方向が少しずれていた。
1人で旅をしていた頃はかなりお世話になったけど、ソラやシエルと一緒に旅をするようになってからはバッグの底に入りっぱなしだったので壊れた事に気付かなかった。
「これはどうだ? 見やすいぞ」
お父さんが選んでくれたのは、小ぶりの物。
でも、針の位置が分かりやすい物だったので、決定。
そして最後に魔物除け。
森に入る者にとっては、絶対に必要なマジックアイテム。
まさかそれを、買い忘れていたとは思わなかった。
それにしても、前は使っていたのにどうして最近は使ってなかったんだっけ?
シエルに頼り切ってしまっていたからかな?
「この店のお薦めはこれみたいだな?」
お父さんが、5つの魔物除けのマジックアイテムを持って来る。
どれも、バッグに下げても邪魔にならない大きさだ。
「何が違うの?」
5つを手に取って見比べるけど、違いが分からない。
5つの内、2つは青い色で1つは黄色、残り2つは緑色をしている。
「中に詰められる薬草の種類が違うんだ。青い色は丸い薬草。緑は葉っぱの薬草。黄色は両方入れられる作りになっているな。ただ、黄色の魔除けは他の4つより少しだけ効きが悪くなる」
「入る薬草の違いか」
魔物除けには2種類ある。
1つは、高額な魔物除けで手入れは必要ないが使い捨てタイプ。
もう1つは、安くて繰り返し使えるけど手入れがちょっと面倒なタイプ。
高額な魔物除けのマジックアイテムは、ボタンを押すだけで魔物が嫌う音や振動を発生させる。
その音や振動は、様々な魔物に効果があり、森の奥に行く場合は必要な道具だと言われている。
ただ、本当に高額なので普通の冒険者では手が出ない。
もう1つ、薬草の香りを利用して魔物を回避する魔物除けのマジックアイテムがある。
こちらは、魔物によって効果がある薬草が異なるため、場所ごとに薬草の入れ替えが必要だったりする。
また、薬草の香りが効かない魔物もいるので注意が必要となる。
「お父さんのお薦めは?」
「青と緑を1個ずつ持つのがいいだろうな」
黄色の魔物除けは除外という事だね。
「あっ!」
魔物除けを使わなくなった理由を思い出した。
ソラだ!
「どうした?」
「あの、ソラやシエル達がいるけど、魔物除けを使用しても大丈夫なの?」
ソラをテイムしたあと、薬草を入れ替えた時に思ったんだった。
魔物のソラが一緒にいるのに、魔物除けを使っていいのかと。
他のテイマーが魔物除けを使用しているのを見て問題ないのかもしれないと思ったけど、何となく怖くなって使うのを躊躇したんだよね。
で、暫くするとシエルが仲間になってくれたから、それからは魔物除けを使ってないんだった。
「テイムした魔物には、魔物除けは効かないんだよ」
「えっ。そうなの?」
それは都合がよすぎない?
「テイムしたら、魔物の魔力に変化が起こるという者もいるが、理由は不明。ただ、そういうものだと認識されているな」
「そうなんだ。じゃあ、大丈夫なんだね」
んっ?
でもそれって、通常のテイム関係にある場合だよね?
私は通常とは違う方法で、テイム関係を築いている。
通常のテイマーとして、魔力を譲渡したのはソラだけ。
フレムは生まれた時からテイムの印があったし、シエルは自らの意志でテイムの印を刻んでいた。
ソルは……誤解と言っていいのかな?
ただ、ソルが食いしん坊だったという事は分かっただけのような気もするけど。
まぁ、いろいろあった後、ソルと話をしていたらテイムの印が浮かんできたんだよね
とりあえずテイムの印があるから、大丈夫と判断していいのかな。
あとは、トロンだけど……あっ!
「お父さん、トロンは大丈夫かな?」
テイム関係を、トロンとは築いていない。
お父さんを見ると、気付いたようで複雑な表情をしていた。
「たぶん、大丈夫だろう。アイビーは使用してなかったけど、アリラスたちが魔物除けを使用してもトロンは苦しそうでは無かったから」
確かに、そうだった。
それなら大丈夫かな?
「宿に戻ってからトロンに聞こう。駄目なら、その時に考えよう」
お父さんの言葉に頷くと、青と緑の魔物除けを購入する事にする。
それぞれ2つある内から、1つを選ぶ。
「どう? いい物は見つかった?」
リーリアさんの言葉に視線を向けると、両手に何かを抱え込んでいる。
「これは、空気を入れて使用するマットよ。空気を入れさせてもらって、触り心地や寝心地を確かめさせてもらっていたの。アイビーは持っている?」
「はい。持っています」
1枚持っていると、色々な場所で使えるから重宝するんだよね。
「気に入った寝心地の物はありましたか?」
「あったわ。それがね、アリラスやタンラスも同じ物を選んでいたから、驚いちゃったわ」
「かなり寝心地がいいんですね」
3人共が選ぶなんて、どれだろう?
「ん? 気になる? これよ」
リーリアさんが持っている3枚のマットから1枚を渡してくれる。
でも、
「あっ、空気が入ってないから分からないか」
そうなんだよね。
マットは空気が抜けてぺちゃんこ状態。
この状態では、表面の触り心地は分かるけど、さすがに寝心地は全く分からない。
「洞窟で使う時に、座らせてもらっていいですか?」
「もちろんよ」
受け取ったマットを返すと、他にも見たい物があるらしく探しに行った。
「アリラス達はかなり楽しんでいるみたいだな」
確かに、気になる商品で試せるものは全て試しているみたい。
「でもそろそろ、次の店に行かないと駄目だろうな」
洞窟に必要な道具はここ「バキュール」の店で揃うけど、今日は他にも行く店がある。
いつまでも、この店で商品を吟味しているわけには行かないよね。
「そろそろ次に行くぞ」
お父さんの言葉に、選んでいた商品の会計を頼むアリラスさん達。
それを見て、パッと購入予定の物を置いていたテーブルを見る。
あれ?
商品が無い。
「ありがとうございました」
ん?
お父さんと見ると、商品を受け取ってバッグに詰め込んでいる。
「こっちはアイビーのだぞ」
いつの間にか会計が終っている。
「自分で買ったのに」
「旅に必要な物だから、家族カードで支払ったよ」
それならお父さんに負担がかかる事は無いね。
商品を受け取って、肩から提げているバッグに入れる。
「そういえば、家族口座の残金は大丈夫?」
「確認してないな。一度残金の確認に行くか」
お父さんの言葉に頷く。
森で取った魔石や宝石、果物をお金に替えているから足りなくなるという事は無いと思うけど。
ちょっと不安。
「お待たせ」
リーリアさん達も買い物が終わったようだ。
次は……武器屋さんだ。