672話 冒険者チームのテイマー
「ぎゃっ、ぎゃっ」
ん?
トロンの鳴き声?
ん~眠い。
「ぎゃっ、ぎゃ~」
……トロン?
「えっ!」
慌てて起き上がり、声が聞こえた方へ視線を向ける。
「あっ……ふふっ。お腹が空いたの?」
まさか、今日も瓶を抱え込むトロンを見る事になるなんて。
ベッドから下りて、トロンのもとへ行くと瓶の蓋を開ける。
「ぎゃっ」
嬉しそうな鳴き声に、笑ってしまう。
「今日も起きたんだね。これからは毎日起きられるの?」
私の言葉に、体を右に傾けるトロン。
どうやら、起きられるかはトロン自身も分からないらしい。
「そっか。まぁ、起きられそうなら起きてね。ずっと寝ていると心配だから」
「ぎゃっ」
昨日と同じように2本のポーションを飲み切るトロン。
そしてその傍で、空瓶をめぐるソラとフレムの争い。
見ていると、ソラの上にフレムが乗り、それをソラが落とすために体を震わせている。
フレムがソラの上から落ちると、今度はフレムの上にソラが乗った。
「もしかして落とすまでの時間で競っているの?」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
力強い鳴き声で答えてくれる2匹。
怪我をしないならいいけど。
……えっ、フレム?
今目の前には、高速で揺れるフレムに必死にしがみ付くソラがいた。
というか、スライムってそんなに速く揺れる事が出来るんだ。
知らなかった。
あっ、ソラが吹っ飛んだ。
この勝負、2匹の動きを比較する限りソラは絶対に勝てない気がする。
「ぷ~」
悔しそうになくソラを気にせず、2本の空瓶を食べるフレム。
「てりゅ!」
あ~、凄く満足そう。
「ぶ~!!」
うん。
ソラから視線を外して、口を手で覆う。
「ぷっ」
頬を膨らませて口を尖らせて、目がちょっと吊り上がっているソラ。
すごく不貞腐れているのが分かるその顔が、可愛すぎる。
笑ったら、怒りそうだから我慢、我慢。
「ぷぷっ」
我慢。
「ぷ~?」
あっ、危ない。
不貞腐れた顔のまま、不思議そうに私の前に移動しないで!
駄目だ。
「あははははっ。ソラ、顔」
「ぶ~!」
「違う。可愛すぎるの」
「ぶ~ぶ~」
「朝から、皆元気だな。おはよう」
あれ?
お父さんの声に視線を向けると、ベッドの上で苦笑していた。
起きたのに気付かなかったな。
「おはよう。お父さん」
「ぷっぷぷ~」
「にゃうん」
「てっりゅりゅ~」
「ぎゃっ」
元気な皆の声に、お父さんが笑う。
そういえば、ソルの声がしなかったな。
えっと、ソルは。
「ソルなら、まだ寝ているぞ」
お父さんの指す方を見ると、なぜかトロンのカゴの中で熟睡中。
あのカゴの中が、眠たくなる環境なんだろうか?
不思議に思いながら、服を持って洗面所へ向かう。
もうじき朝ごはんの時間だ。
朝の準備を終えると、お父さんと入れ替わる。
あっ、ソルも起きたのか。
食事をしている皆を見る。
食べ方はいつも通りだから、今日も問題ないね。
「アイビー、トロンが食べる紫のポーションの在庫があと1本だな」
「そうなの。この2日で4本食べているから。今日は捨て場に行けるかな?」
「ん~」
お父さんの迷っている表情に首を傾げる。
どうしたんだろう?
「ゴミ捨て場に行っても、欲しい物が手に入るかな?」
「えっ?」
どういう事?
「冒険者ギルドで聞こえてきたんだが、この村のテイマーは優秀らしい。他の村や町ほど、ゴミで苦労していない様だ。それに、冒険者チームにもテイマー持ちが結構いたしな。そうなると、欲しいゴミが手に入らないかもしれない」
ゴミは、何処の町や村でも溢れかえっているのかと思っていた。
違ったのか。
そういえば、まだこの村の捨て場には行ってなかったな。
欲しいゴミが手に入らなかったら、どうするんだろう?
「ウルかアバルに相談するか。アバルはこの村のサブギルマスだから、何かいい方法を思いつくかもしれない」
確かにそうだね。
あっ、少し気になっていた事があったんだった。
丁度いいから、訊いてみようかな。
「あの、お父さん。冒険者チームにはスライムをテイムしたテイマーを、1人必ず参加させるという法律があるよね? 見てきた冒険者チームに、テイマーがいた事がほとんど無いんだけど、罰は無いの?」
「あぁその法律は、森にゴミを捨てさせないために作られたんだ。で、アイビーの言うようにテイマーの数は足りていないから、どうしてもその決まりが守れないチームが出てくる。その場合は、ギルドカードにテイマー不在と登録されて、ギルドカードに収入が振り込まれる度にゴミ処理料が天引きされ、村や町に支払われる仕組みになっている。テイマーがチームにいない以上、ゴミを処理するのは村や町に所属しているテイマーだから」
そういう風になっているんだ。
なるほど。
「しっかりゴミ処理料を払っておけば罰は無い。というか、支払いを嫌がっても天引きされるから、拒否権なしだ。ただそれでも、森にゴミを不当に捨てていく者達はいるけどな。バレたら、かなりの額の罰金が科せられる」
罰金か。
でも、森の中での出来事だから、バレる事はほとんど無いんだろうな。
「さて、朝ごはんを食べに行こうか。ウルがいてくれるといいんだけどな」
「そうだね。皆、ご飯に行って来るからいい子でね」
部屋を出て鍵を締めるお父さんを見る。
しっかり鍵が締まっているのを確かめると、1階の食堂へ向かう。
「アリラスさん達もまだだね」
「そうだな。ちょっと早かったか」
食堂に入ると、まだ誰もいなかった。
時計を見るといつもより30分早かった。
「あら、おはよう。今日は早いわね。すぐに準備をするわね」
店主のチャギュさんが、顔を出して挨拶してくれる。
「「おはようございます」」
椅子に座る前に、スープをカップに入れる。
今日の朝のスープは、根野菜がいっぱいだ。
自分の分とお父さんの分を用意すると、テーブルに置く。
お父さんは、その間にパンとサラダを持って来てくれた。
少し待つと、チャギュさんがメインをテーブルに乗せた。
今日は、葉野菜とお肉を炒めた物のようだ。
「「いただきます」」
「アイビーが持って来るスープは、肉と野菜がバランスよく入っているよな」
スープを飲みながら、お父さんがしみじみ言う。
お父さんが入れると、具材が思いっきり偏るもんね。
主に肉が中心に。
というか、放っておくと肉しか入れてこない。
なので、スープ担当は私だ。
「体には肉だけじゃなく、野菜も必要だからね」
「まぁ、そうだけど」
この村に来て、肉を食べる量が増えている。
だからちょっとだけスープの中身が、野菜よりになっている。
たぶん、バレているだろうな。
まぁ、何を言われても変更はしないけどね。
「あれ? いつもより早いね。おはよう」
食堂にリーリアさんの元気な声が響く。
「リーリアさん。おはようございます」
「おはよう」
「「おはよう」」
リーリアさんに続き、アリラスさんとタンラスさんも姿を見せる。
3人が朝ごはんを食べだすと、ミッケさんが眠そうな表情で食堂に顔を見せた。
「おはよう。そうだ、今日から森が開放されるから洞窟へ行けるわよ」
ミッケさんの言葉に、アリラスさんとタンラスさんが嬉しそうな表情をした。
洞窟に行きたいと言っていたからね。
という事は、今日は初心者用2ヶ所目の洞窟かな?
楽しみだな。