669話 お父さんは人気者
「まだやるのか、お前ら! はぁ、全く」
お父さんの言葉に、小さく笑ってしまう。
今、お父さんの前には若い下位冒険者3人が木刀を構えている。
そういえば、あの3人は最初にお父さんに声を掛けてきた子達だ。
少し前に、徹底的に打ちのめされていたのに再度挑戦するなんて、元気だね。
「ドルイドさんは、人気だな」
壁にもたれてお父さんを眺めていた私の隣に、アリラスさんが座る。
「休憩ですか?」
「そう。朝からずっと動いていたから、疲れたよ」
そういえば、この特訓室に来てから既に2時間ぐらいたつかな?
その間、ずっと動き回っていたのだから疲れて当然だね。
「お疲れ様です」
傍に置いてあったカゴから、果実水を取り出してアリラスさんに渡す。
「ありがとう。それにしてもこの場所は凄いよな」
感心した様子で、室内を見回すアリラスさん。
確かに、この特訓室と呼ばれる場所は凄いと思う。
ミッケさんから話は聞いていたけど、攻撃魔法を受けても傷がつかない壁なんて、凄すぎる。
まさしく特訓するための部屋という感じ。
この場所を、教えてくれたミッケさんには感謝だね。
まぁ、お父さんは文句を言いそうだけど。
昨日の夜は、ミッケさんやチャギュさん、カギュさんも一緒に、屋台で買った夕飯と用意してくれた夕飯を楽しんだ。
チャギュさんは、あまり客と食事をする事は無いそうだけど、ミッケさんの必死の誘いに呆れた表情をしながらも参加してくれた。
その時に、洞窟から魔物が溢れた話や森から冒険者が追い出された話などをした。
翌日、冒険者ギルドから今日も森へ行く事が禁止となっている事を知り、どうしようかと話しているとミッケさんが、冒険者なら誰でも使用できる特訓室の事を教えてくれた。
特訓室はマジックアイテムで、使用者がいる間はずっと防御魔法を発動していて、魔法の試し打ちすらも可能だとミッケさんが自慢げに説明してくれた。
全ての特訓室は予約制で、空きがあれば下位、上位関係なく使える、冒険者ギルド自慢の施設らしい。
アリラスさんとタンラスさんが興味を持ったので、チャギュさんにお願いして宿の近くにある特訓室の予約を取ってもらう事にした。
運が良かったのか、朝一番から昼までを予約でき朝から特訓室での特訓が始まった。
最初は、お父さんとアリラスさん、タンラスさんが特訓をしていたが、若い下位冒険者達が見学に来た辺りから少し様子が変わった。
下位冒険者の数名がお父さんを見て、特訓をしてほしいと願い出たからだ。
最初は断っていたお父さんも、必死にお願いする姿に「ちょっとだけなら」と言ったのだが、それからずっと彼らの相手をしている。
というか、いつの間にか若い冒険者が15人も集まっていた。
「ドルイドさんは、やっぱり強いよな」
アリラスさんの言葉に、笑顔で頷く。
うん、お父さんはすっごく強い。
「あの3人の同時攻撃も、全く動じることなく受け止めているし」
お父さんと、3人の冒険者が特訓している様子を見る。
確かに、お父さんはかなり余裕がありそう。
攻撃を受けながら、注意点を彼らに伝えているようだ。
そもそも既に15人を相手にしているのに、呼吸さえ乱れていない事に驚く。
「あれは3人が、あれ?」
3人の冒険者がまだ弱いからだと思ったけど、あの子達の攻撃を見ていると違う事が分かる。
あの子達、もしかして強い?
「あの3人、下位冒険者と言っていたけど、すぐに中位冒険者に上がってこられる実力を持っている」
「そうみたいですね。普通の攻撃じゃなく魔法が掛っていますね」
攻撃に関係するスキルがあるのかも。
それにしても、魔法が加わった攻撃を普通に受け止めるお父さんは、やっぱり強い。
「タンラスとリーリアの方も終わったみたいだな」
タンラスさんとリーリアさんを見ると、リーリアさんが床に座り込んでいた。
今のタンラスさんを相手にするのは大変だろうな。
だって彼は、ウルさんに特訓を受けてからどんどん強くなっているのが見てわかる。
とにかく、動きが違う。
無駄な動きが無くなり、攻撃に鋭さが増した。
アリラスさんより、成長が早いかもしれない。
ピッピー。
特訓室に響く音に、全員が動きを止めた。
音が2回鳴ったので、予約時間終了の20分前の合図だ。
「アリラス、もう少しだけ付き合え」
タンラスさんが、肩をぐるぐると回しながらアリラスさんを呼ぶ。
それに苦笑したアリラスさんが、立ち上がるとタンラスさんの下へ向かった。
リーリアさんは、入れ替わりで私の隣に座った。
まだ、かなり辛そうな呼吸をしている。
「はい。ゆっくりしてください」
「ありがとう」
果実水を受け取ったリーリアさんだけど、まだ飲む元気は無いみたい。
アリラスさんが使っていた、果実水が入っていたコップを持って水場に行く。
蜂蜜を入れているので、そのままカゴに入れるとべたべたするんだよね。
でも、ちゃんと洗うのは宿でいいか。
「すみません。あっ、また会いましたね」
えっ?
気配が近付いてきているのは分かったけど、攻撃的では無かったので無視していた。
知り合いの気配でもなかったしね。
なのに、「また会いましたね」と言われた。
誰だろう?
「あっ、宿の近くで会った」
病弱なミッケさんを探している怪しい男性だ。
「そうです! 覚えてくれていたんですね」
それは、嘘を見抜くような怪しいマジックアイテムを使用していたからね。
危険な人物として覚えておくでしょう。
「なんでしょうか?」
どうして、この男性はこんなところにいるんだろう?
まだ、病弱なミッケさんを探しているんだろうか?
「今日もちょっと質問をいいですか?」
質問?
「えっと、どうぞ」
この場所は、お父さんから見えているし、視線も感じるので大丈夫だろう。
「この近くで、ガバリ団長を見た事はありますか?」
ガバリ団長さん?
此処は、私達が泊っている宿から10分ほど離れた所にある。
この近くでは、ガバリ団長さんとは会っていない。
「いえ、この近くでは会っていませんが?」
「本当に? 宿の傍で見た事は無いんだね?」
男性が、なぜか興奮したように声を上げた。
それに引きながら、男性が言った内容に首を傾げる。
「あの、この近くで会ったかどうか聞いたんですよね? 宿の近くでは無いですよね?」
私の質問に男性は考える仕草を見せたが、すぐに笑顔になると「宿の近くで」と言った。
もしかして、最初の質問は仕方を間違えたんだろうか?
まぁ、どっちでもこの男性が怪しい事に変わりはないけど。
それにしても、どう答えたらいいんだろう。
宿の近くだったら、ガバリ団長さんとは会っている。
それを正直に話すべきか。
そっと男性の腕を見る。
あの時に見た、嘘を見抜くマジックアイテムは付けていない。
それなら会っていないと言うべきか。
でも、さっきの男性の反応が気になるんだよね。
……よしっ、嘘は言わない。
「会いました。えっと、少し前です」
「えっ? 会ったんですか?」
何その、驚いた表情は。
私が「会ってない」と言うと思っていたのかな?
「会いました」
答えは正解だったかな?
「あっ、そうなんですね。あっ、そうだ。どこから出て来たか見ましたか?」
「いえ、宿のある通りで偶然会ったので、それは分かりません」
男性の視線を観察するけど、その視線が腕を見る事は無い。
そういえば、嘘を見抜くマジックアイテムには使用回数が決まっているとお父さんが言っていた。
まさか、使い切ったのだろうか?
「あっ、何処から出て来たか予想できるかな?」
馬鹿なのだろうか?
そんな事を、子供の私に聞くなんて。
「いえ、全く分かりません」
笑顔で答えると、小さな舌打ちが聞こえた。
「そうか、分からないのか」
舌打ちしているのに、気付いていないのかな?
もしくは、聞こえていないと思っている?
「それじゃあ、ひっ!」
あっ、ようやくお父さんからの視線に気付いたみたい。
見事に顔色が悪くなったね。
「えっと、悪かったね。今日はありがとう」
慌てて離れて行く男性の後ろ姿を見送る。
「なんだったの、あれ」
休憩していたリーリアさんが、呆れた様子で男性が去った方を見ている。
そういえば、傍にリーリアさんがいたんだった。
男性は、気付いてなかったよね。
あんな人に、人探しは出来るんだろうか?