667話 洞窟と魔物
アリラス:元ガルス
タンラス:元エバス
リーリア:元アルス です。
「おっ、戻って来たか。楽しかったか?」
洞窟を出ると、入る時に見送ってくれた自警団員さんが手を振って迎えてくれた。
「楽しかったです」
アリラスさんは、洞窟内での動きや戦い方をお父さんから教わり、かなり満足そう。
「ははっ、それは良かった。ドロップした魔石はここで商品券に換えられるけど、どうする?」
「もちろん換えます!」
リーリアさんが、集めた魔石13個を自警団員さんに渡す。
「あれ? こんなにあるのか?」
魔石を受け取った自警団員さんが、魔石を見て首を傾げる。
「こんなに」という事は、いつもより魔物が多く出たのかな?
それとも、ドロップしてくれる魔物が多かったとか?
どっちだろう?
「通常より、魔石の数が多いのか?」
お父さんの言葉に、自警団員さんが頷く。
「えぇ、10個以上持ってきたのは俺の当番の時だと初めてですね。魔物はどれくらい出ましたか?」
「洞窟の最奥に行くまでに11匹、洞窟の最奥で15匹。帰りは13匹の魔物が出たな。それと最奥にいた魔物は、下位冒険者では少し手に余る強さだった」
「えっ、という事は39匹も魔物が出たんですか? それに強い魔物?」
お父さんの返事に、驚いた声を出す自警団員さん。
彼の言葉から、今日はいつもより多くの魔物が出たらしい。
「あぁそれと、行きは魔石をドロップした魔物はいなかった」
ん?
あぁそういえば、最奥に着くまでに11匹の魔物を倒したけど魔石はドロップしなかったね。
全ての魔物が、魔石やマジックアイテムをドロップするわけでは無いから、気にしてなかったな。
自警団員さんに話すという事は、それも異常な事だったのか。
「おかしいですね。あの、強かった魔物の姿は分かりますか?」
「あぁ、野ネズミに似ているがあれよりはるかに大きくて、高さが130㎝ぐらいだったかな? あと、尻尾は長くて先がかなり鋭く尖っていて、動きが速かった」
「それは恐らくチュタルですね。今までこの洞窟では出た事が無い魔物です。どうしてこんな……」
自警団員さんが首を傾げて、傍に置いていたマジックアイテムに触れた。
反応するようにマジックアイテムが光ると彼はすぐに手を離し、傍にあったカゴに手を伸ばす。
「とりあえず、13個なので13枚の商品券です。1枚100ダルとして使えますから」
100ダルなら、串肉が2本も買えちゃう。
下位冒険者は依頼料が安いから、この洞窟は嬉しい存在だろうな。
初心者用の洞窟は、稼ぎの少ない下位冒険者を応援するためのものなのかも。
「ありがとう」
嬉しそうに、商品券を受け取るリーリアさん。
小さな声で「お肉に甘味」と言っているので、このまま帰りは屋台に直行は確実だね。
「どうした?」
聞こえた声に、背後を見る。
少し前から感じていた気配は、新たな自警団員さんの物だったようだ。
「あぁ、魔物の数が多いんだ。あとチュタルが出たから少し中を確かめてくれ」
「チュタル? この洞窟で?」
「そうだ」
自警団員さん達の会話を聞きながら、新たに来た自警団員さんが洞窟を調べに来たのだと分かった。
異常が出たら、すぐに確かめるのか。
大変だな。
「行って来るな。異常があったらすぐに知らせるから」
自警団員さんが洞窟に入って行くのを見送る。
何事も無ければいいけれど。
「今日は、報告をありがとうございました」
元からいた自警団員さんが、私達に向かって小さく頭を下げる。
「いえ。問題ないといいですね」
お父さんの言葉に、自警団員さんが頷く。
「そうですね。洞窟は安定しているように見えて、時々がらりと顔を変える時があるから怖いんですよ。まぁでも、大丈夫だと思います」
「そうですか。今日はお世話になりました」
お父さんの言葉に、自警団員さんは頭を下げる。
「また、遊びに来てくださいね」
自警団員さんが手を振って見送ってくれるので、リーリアさんと一緒に手を振る。
下位冒険者を相手にしているからなのか、人当たりのいい人だったな。
「よしっ、肉に甘味にスープ!」
洞窟から少し離れると、リーリアさんが商品券を嬉しそうに見つめる。
「そんなに買えないだろう?」
タンラスさんの呆れた声に、リーリアさんが肩を竦める。
「そうだけど。思うのは自由よ」
ははっ、確かに。
「それよりアイビー、何を買おうか?」
リーリアさんが私を見る。
えっ?
「ふふっ、アイビーが決めていいよ?」
どうして?
「魔物を、1人で倒したのは初めてなんでしょう? そのお祝いだから。まあ、元手は私じゃないんだけど」
あっ、お父さんと2人でこっそり喜んでいたのが、バレてたのか。
ちょっと恥ずかしいけど嬉しい、でも。
「ありがとうございます。でも、買う物は皆で決めましょう」
皆で倒した魔物からの戦利品だからね。
「そう?」
首を傾げるリーリアさんに、笑顔で頷く。
「はい」
「そっか。あっそれなら、2枚ずつは好きな物を買って、残りの3枚をアイビーに決めてもらおう」
皆の賛成を受けて、商品券5枚を受け取る。
何を買おうかな。
皆で食べられる物がいいよね。
裏の門からオカンコ村に戻り、大通りで屋台を見ながら歩く。
何だろう?
昨日よりちょっと人が多いような気がするんだけど、気のせいかな?
「うわっ」
あっ、しまった。
人の流れのせいで、皆と少し距離が出来てしまう。
このままだと、はぐれてしまうかも。
「こっち」
「あっ!」
知っている声が聞こえたと思ったら、ぐっと引っ張られる腕。
ちらっと、腕を引っ張っている者を見ると、眉間に皺を寄せたアリラスさんがいた。
「急に姿が見えなくなるから、焦ったよ」
「すみません。気を付けていたのだけど、人の波に流されてしまって」
「そう、みたいだな。手を繋いでいい?」
「はい。ありがとうございます」
アリラスさんがギュッと私の手を握る。
そういえば、お父さん以外の手を握るのは、初めてだ。
アリラスさんの背を追って、人の波を避けながら歩く。
「人を避けて歩くの、上手ですね」
お父さんと歩く時も思うけど、本当に上手。
「そうか?」
「はい」
今もするっと、人と人の間を歩いているし。
「人の動きをよく観察していると、自然と分かってくるよ」
それは、お父さんにも言われた事がある。
人の動きを見ていると、次の行動が予想できるから回避できるようになるって。
私もよく人を観察しているから、少しは予想が出来る。
だから回避できそうなのに、ぶつかっちゃうんだよね。
「まぁ、いずれ出来るようになるよ」
そうだといいんだけど。
「アイビー」
お父さんの焦った声に、手を上げる。
最初から、お父さんの服を掴んでいたら良かった。
次からは、そうしよう。
大通りから少し外れた場所で皆と合流すると、リーリアさん達もホッとした表情を見せた。
心配をかけてしまった。
「大丈夫?」
リーリアさんに笑顔で頷く。
「はい。アリラスさんがすぐに来てくれたので」
アリラスさんがいなかったら、もっと人に流されていただろうな。
うん、本当に彼のお陰で助かった。
「今日は、昨日より冒険者が多いみたいね」
リーリアさんの言葉に、大通りへ視線を向ける。
多いと感じるのは、私だけでは無かったようだ。
「あっ、戻って来た」
リーリアさんの視線の先には、タンラスさん。
彼は、冒険者が増えている原因を探りに行ってくれていた。
「分かった。どうやら、一番遠くにある洞窟の周りに魔物が出たらしくて、村の外にいる冒険者全員に村に戻るように指示が出たみたいだ」
一番遠くにある洞窟?
噂でも洞窟から魔物が溢れたというものがあったけど、あれとは別なのかな?