664話 わざと?
宿に入ったお父さんは、ポンと私の頭を撫でた。
「さっきは助かったよ。それにしてもよく気付いたな」
「お父さんの言い方が、少しおかしく感じたから」
やっぱり、あの言い方で正解だったんだ。
でもどうしてだろう?
あのマジックアイテムのせいかな?
「男性が腕に着けていたマジックアイテムに気付いたか?」
「うん。お父さんと私が質問に答えると、一瞬だけど光ったよね?」
私の答えに嬉しそうに笑うお父さん。
「そうだ。あれは、嘘を見抜くマジックアイテムなんだ」
なるほど。
……ん?
でも、お父さんと私の返答は嘘と本当が混ざっていたよね。
病弱なミッケさんは知らないけど、ミッケさんという女性は知っているんだから。
「あのマジックアイテムには大きな欠点がある」
欠点?
「条件が1つでも異なったら、嘘が見抜けなくなるんだよ」
「条件? あっ、だからわざわざ『病弱なミッケさん』という言い方をしたんだ」
「そう。俺達が知っているのは病弱とは程遠いミッケだから、嘘は言っていない。あのマジックアイテムは、単純な事しか判断できない」
そういう事だったのか。
ん?
そんな簡単な事で嘘が通るようなマジックアイテムを使って人探し?
「あの男性に、人を探すのは無理じゃないかな?」
「ははっ。そうだろうな。ある程度の経験を積んだ冒険者だったら、あのマジックアイテムに気付くはずだ。そしてあんな物に頼っている者を、信用したりはしない。だから、探し出すのは無理だろう。態度も悪かったし」
お父さんの言葉に、男性を思い出して頷く。
どことなく横暴な態度だったもんね。
知らないって言ったら、舌打ちしたし。
「ただ、この宿にはかなり期待していたみたいだな」
「そうなの? どうして?」
「あのマジックアイテムは、10回しか判断しない。だから『ここだ』と思う時にしか使わないんだ」
10回だけ?
それなのにここで2回も使ったという事は、ここにミッケさんがいると自信があったのかな?
「ありがとう、もう大丈夫」
リーリアさんの声に視線を向けると、顔色が戻っていた。
あの男性が人を探していると分かった瞬間に、顔色が悪くなったリーリアさん。
すぐにアリラスさんとタンラスさんが、男性から彼女を隠したのでバレなかったけど、危なかった。
気付かれていたら、お父さんと私の答えに不信感を持ったはず。
「大丈夫そうだな」
窓から外を確認していたお父さんが、私達に頷く。
「ごめんね。もっとしっかりしなくちゃ」
リーリアさんの言葉に、タンラスさんが彼女の肩を軽く叩いた。
「あれ? 皆してどうしたの?」
食堂から、大きなお皿に大量にお菓子を載せたミッケさんが出てくる。
その明るい声に、どうして病弱なミッケさんを探す事になったのかが不思議でならない。
少しでも関われば、病弱とは絶対に思うはずがない。
「ミッケ。今、男性が君の事を探していたんだが、心当たりはあるか?」
お父さんの言葉にミッケさんは、ニヤリと笑った。
まさかそんな反応をするとは思っていなかったので、少し驚いてしまう。
「そう、男性ね。どんな風に私のことを探していたの?」
「『病弱なミッケさんという女性』と言われたよ。そうだ『病弱であまり人とは関わっていないとは思います』とも言っていたな」
「ぷっぷぷ。そう、ありがとう。ふふっ」
お父さんの返答に笑いだすミッケさん。
アリラスさん達も私も、不思議そうにミッケさんを見る。
お父さんだけが、呆れた様子を見せた。
「わざと、そう見えるように行動していたな?」
えっ?
お父さんの言葉に、ミッケさんが「正解」と笑う。
「どうしてそんな事を?」
あっ、聞いては駄目な事だったかも。
「ある大物の愚か者を釣り上げるためよ!」
ミッケさんの態度に、お父さんがため息を吐く。
そうだよね。
これって、言っちゃ駄目な事じゃないかな?
「ミッケ……あなたね」
不機嫌な表情で食堂から出てきたカギュさんが、ミッケさんを睨みつける。
それに肩を竦めるミッケさん。
「奴が動き出したみたいだから、ちゃんと話しておかないと駄目でしょ? 知らないと巻き込まれる可能性だってあるんだから。奴は愚かだけど行動派だから」
愚かで行動派?
なんだか不思議な言葉だな。
「そうかもしれないけど……。えっ、動き出した?」
カギュさんが首を傾げる。
「そう。私を探している男がいるみたいよ」
ミッケさんの言葉に、カギュさんがお父さんに視線を向ける。
「ドルイドさん、本当ですか?」
「えぇ、少し前に宿の前で嘘を見抜くマジックアイテムを着けた男性に、聞かれました」
「本当なんですね。そうですか、動き出したのね」
ミッケさんを狙う人が、あの男性を雇ったのか。
なんというか、もっと実力のある人を雇う事は出来なかったのかな?
いや、別に見つけて欲しいわけじゃないんだけど、あんなマジックアイテムに頼っている人は駄目でしょう。
「もし私が、『捕まった』と聞いても無視してね」
えっ?
「それも予想している事の1つか?」
お父さんの言葉に、意地の悪そうな笑顔を見せるミッケさん。
なんというか、話さず微笑むと儚い女性なのに、今の目は完全に獲物を狙っている目だ。
ここまで印象が変わる人も珍しい気がする。
「嘘を見抜くマジックアイテムねぇ。そんな物を仕事に使っている者に、私を探させるなんて……やっぱり愚か者よね。それにしても、何度考えても分からないわ。奴は何処をどう判断したら、自分の事を『教養ある男』だと思えたのかしら。一応調べて、クスリには手を出してなかったから、幻想を見ていたわけではないみたいだけど」
ミッケさんの言葉に、リーリアさんが呆気にとられている。
それに気付いたミッケさん。
「だって、『俺はお前と違って教養があり地位もある。どちらがこの世界にとって必要なのか、お前のその出来の悪い頭でも理解できるだろう』って、この村の自警団団長に言ったのよ」
「「「「「はっ?」」」」」
えっ、今の話はミッケさんの作り話だよね?
そんな事を、自警団の団長に言う人はいないと思う。
いや、本当に。
「これは、本当の話だからね。私、隠れて聞いていたけど正直吹き出しそうになって大変だったんだから。その後も自分がいかにすごい人物なのか、自画自賛。大笑いしたいのに、笑えないからお腹が痛くて、痛くて」
ミッケさんは言いながら、自分のお腹を撫でる。
「自己過信が激しい人物だな。もしかして、貴族か?」
ミッケさんが頷くと、お父さんがちょっと納得した様子を見せた。
「たまにいるんだよな。そういう思い込みが激しい貴族」
そうだとしても、自警団の団長に「出来の悪い頭」とは普通は言わないよね。
「まぁ、その人が自警団の団長だと知らなかったんだけど。あぁ、そんな事はどうでもいいや。洞窟の情報を纏めた一覧表を作ったわ。どうぞ」
ミッケさんが、ポケットから1枚の紙を取り出してお父さんに渡す。
お父さんが彼女に、この村にある洞窟の一覧表を作ってもらっていたのだ。
あと彼女にレベルもお願いしていたな。
「やはり、この村が管理している洞窟は随分とあるな」
「そうでしょ? ここ数ヶ月で2個? あれ、3個だったかな? まぁ、数個追加されたみたいだからまだ増えているわよ」
冒険者ギルドでも新しい洞窟の事は話題になっていたな。
「ありがとう。準備も終わったし、明日にでも一番易しいレベルの洞窟にでも行ってくるよ」
「役に立てて嬉しいわ。行ったら感想を聞かせてね」
ミッケさんが私とリーリアさんを見る。
「はい、分かりました」
洞窟か。
ワクワクするな。
そうだ、シエルにどうするか確認しないとな。