663話 譲らない2人
「アイビーには、こっちの色の方が似合うわ」
淡いピンクのシャツを持ってお父さんを睨むアルスさん、ではなく、今はリーリアさん。
うわっ、あの選んでくれたデザインは凄く可愛い。
「何を言っているんだ? 最近は可愛らしいより綺麗になってきたアイビーには、こっちの方が合うに決まっているだろう」
ア……リーリアさんに負けじとお父さんが、刺繍が施された緑色のシャツを見せる。
ちょっと大人っぽいデザインが、素敵だな。
「駄目! アイビーは綺麗だけどまだ可愛い方がきっと似合う。絶対にこっちよ」
「駄目だ。今のアイビーには、絶対にこっちの方が似合う。そっちは、少し子供っぽすぎる」
「はぁ? 目が悪いんじゃない?」
お父さんとリーリアさんの無駄な論争を見ながら、少し離れた場所にいるガル……アリラスさんとタンラスさんを見る。
2人は私の視線に気付いたが、無言で首を横に振った。
いや、止めようよ。
そう思ったが、2人がお父さんに視線を向けたので首を横に振った。
無理です。
3人でため息を吐き、論争をしている2人からそっと離れる。
名前の変更は想像以上に簡単に終わった。
さすが、サブギルマスのアバルさんの力というべきか。
変更する名前を連絡した翌日には、冒険者ギルドのカードを持って宿まで来た。
さすがの早さに、お父さんも驚いていた。
名前の変更も無事に終わったので、買い物に来たのだが……まさか、こんな事になるなんて思わなかった。
「ごめんな。アイビー、リーリアは可愛い物が好きなんだ。でも、こんな事は今までなかったけどな。まぁ、これまでの生活では、こんな楽しい買い物が出来なかったからしょうがないんだろうけど」
アリラスさんが、申し訳ないという表情をしながらもリーリアさんを優しい目で見る。
「まさかリーリアがあそこまで譲らないとはな。本当に元のア、リーリアに戻ったんだな」
タンラスさんも、どこか嬉しそうにリーリアさんを見る。
今まで3人は、教会側の人間から隠れるように生活を送ってきた。
きっと、色々な事を我慢してきたんだろうな。
買い物をするのだって、周りの目が気になったはず。
しょうがない、もう少し様子を見て……いや、駄目だ。
「ちょっとお父さん、リーリアさん。どうしてそんなに大量に服を抱えているの? 言っておくけど、そんなに枚数はいらないからね!」
「「え~」」
お父さんとリーリアさんの不満気な声にため息を吐く。
こんな時だけ、仲良くなるんだから!
「駄目です。ガ、アリラスさん、タンラスさん、リーリアさんを止めて下さい! お父さんは私が止めるので!」
放置すると危ない。
2人が徒党を組んで、凄い枚数を買われそう。
まだ私は成長途中ですぐに大きくなる予定だから、最低限の枚数で十分なのに。
「「「疲れた」」」
アリラスさんとタンラスさんと私が同時にため息を吐く。
あれから、どうにか枚数を減らす事に成功し、お父さんとリーリアさんが各2枚を決める事になった。
というか、洞窟に入るための準備をするはずが、どうして私の冬服を買う事になったんだろう?
確か……あっ、そうだ。
持っている冬服の数枚が、もう小さくて着られないとお父さんにバレたからだ。
少し前に、冬の支度がそろそろ必要となるので、冬服を確認した。
そして冬用のシャツが2枚、小さくて着られなくなっている事に気付いた。
ただ、買い替えようとは思わなかった。
2枚が着られなくなったけど、他にも冬服はあったから。
ただ、お父さんはそう考えなかったみたい。
「よしっ、この2枚だ」
「こっちも決まったわ。うん、可愛い」
良かった。
ようやく決まったみたい。
ふふっ、2人ともまったく印象の違う服を選んだな。
リーリアさんが選んだのは、色もデザインも可愛い印象が強い。
お父さんが選んだのは、私の実年齢より少しお姉さんっぽく見えるデザインだ。
「ありがとうございます」
リーリアさんにお礼を言う。
私では、可愛いから気になるけど自分では選べないデザインだ。
「お父さんも、ありがとう」
さすがお父さん。
私の理想が良く分かっている。
「「どっちが好き?」」
「どっちも好きです。印象が全く違うから、その日の気分で選べるし。最高です」
お父さんとリーリアさんの質問に、笑顔で返す。
私を見ていたアリラスさんとタンラスさんが、なぜか拍手を送ってきた。
えっ、どうして?
なんとか私の個人的な服の買い物を終わらせ、目的の洞窟に必要な装備を買いに行く。
襲われた時に爪や牙の侵入を防ぐ防具一式と一瞬の隙を作る光弾。
洞窟の中は滑りやすいので、専用の靴まで必要らしい。
「今、履いている冒険者用の靴では駄目なの? これも十分滑らないようになっているよね?」
水にぬれた草木は滑りやすいので、冒険者の靴も滑らないように加工されている。
「森の中を、歩いたり走ったり出来るように作られた冒険者用の靴でも、洞窟用の靴に比べると滑りやすいんだ。洞窟内を走るのはたいがい魔物から逃げている時だったりするから、滑ったら命に関わってしまう。だから、買おう。まぁ普通なら、冒険者用の靴と洞窟専用の靴を一緒に購入しておくんだけどな、最初に」
最初に揃える物なんだ。
そういえば、冒険者専用の靴を買う店にはいつも洞窟用の靴も近くにあった気がする。
必要だと思わなかったから、気にもしてなかったな。
「そうなんだ。それなら今回は全部揃えちゃおう」
私が滑って周りに迷惑かけるのも嫌だし。
洞窟の装備は、冬服とは違い機能で選んでいくので早く決まった。
アリラスさん達は、お父さんに相談しながら魔物の対策グッズを購入していた。
お父さんも、新しい対策グッズに興味を惹かれて数個、購入したのが見えた。
全員が満足して宿に戻る。
「失礼。少し聞きたい事があるのですが」
宿に入ろうとすると、後ろから男性の声が聞こえた。
振り返ると、にこやかな笑顔で近付いてくる。
なんだか、怪しい人だな。
「何か?」
お父さんがそっと、私の前に立ち男性から見えにくくしてくれる。
「人を探していまして」
男性の言葉に、リーリアさんが少し体を揺らしたように見えた。
もしかして、教会の関係者だろうか?
「こちらの宿に、ミッケさんという女性の方がいないでしょうか?」
ミッケさん?
「ミッケさんという女性ですか?」
「はい。黒い長い髪にほっそりとした体形の女性です。病弱であまり人とは関わっていないとは思いますが、食事の時などに見かけた事はありませんか?」
ん?
病弱?
今日も朝から、2階に笑い声が響いていたけど。
あっでも、細い体に白すぎる肌だから、口を開かない限り病弱に見える……かな?
ただ、本当に見た目だけで判断するならだけど。
だって豪快に食べるし、話し好きだし、何より目力が強い。
あっ、口だけじゃなく視線を下にさげておかないと病弱には見えないだろうな。
「病弱な女性でミッケさんという名前ですね?」
「はい」
……今お父さんは、どうして病弱とわざわざ言ったんだろう?
言わなくてもいいよね?
「病弱なミッケさんという女性を、この宿で見かけた事はありません」
うん、やっぱりおかしい。
でもお父さんの言う事は正しいけどね。
元気いっぱいなミッケさんは会った事があるけど、病弱なミッケさんとは会っていないから。
たぶん、これからも病弱なミッケさんと会う事は無いと思う。
あっでも、病気かどうかは聞かないと分からないか。
「そうですか。そうだ、そちらのお嬢さんに聞いてもいいですか?」
「えっ?」
どうして、わざわざ私に聞こうとするの?
この男性は、絶対におかしい。
それに、何だろう。
お父さんが質問に答えた時、男性が着けている腕輪の石が少し光ったような気がした。
「なぜ、娘に? 私の答えでは不満ですか?」
お父さんが少し凄みを増した声を出す。
「いえ。もしかしたら、お風呂などで見かけた事があるかもしれないと思いまして」
「あの……病弱なミッケさんという女性を見かけた事は無いです」
お父さんが病弱を付けたのには何かあるんだろう。
分からないけど、同じように言っておこう。
あっ、やっぱり腕輪の石が微かに光った。
あの腕輪、マジックアイテムなんだ。
「そうですか。ちっ」
えっ。
この男性は今、舌打ちした?
「ははッ、お時間を取らせて申し訳ありません。失礼します」
にこやかに笑って頭を下げた男性は、傍にある宿に向かって歩き出した。
村中の宿を探しているのかな?
それにしても、不気味な男性だったな。
いつも読んで頂き有難うございます。
2月19日に「最弱テイマーはゴミ拾いの旅を始めました」の6巻が発売されました。
宜しくお願いいたします。
ほのぼのる500




