661話 行ってみたいかも
お父さんが4杯目のスープのお代わりに行こうとするのを止めて、野菜が載ったお皿を笑顔で渡す。
「えっ、野菜の量が多すぎ……」
お父さんが何か言おうとしたけど、笑みを深める。
もちろん、受け取ってくれるよね?
当然、ふふっ。
「あっ、うん。ありがとう」
お父さんが食べるのを見てから、自分の分を食べる。
「お父さん、美味しいね」
「美味しいな。あれ? 俺の苦手な……いや、うん。美味しいです」
お肉だけ食べたら体に悪いと、何度も言ったのにね。
ふふっ。
「あのドルイドさんが、押されてる。アイビーが最強?」
「そうじゃない? だってあの笑顔はちょっと怖かったわよ」
エバスさんとアルスさんの会話は、聞こえない事にする。
というか、そんなに私の笑顔は怖かったかな?
冒険者チーム「炎の剣」のシファルさんが浮かべる笑顔を、真似してみたんだけど。
まぁ、ちょっと含むような笑顔を真似したけど、彼ほど黒い笑顔にはなっていないと思う。
「面白い洞窟ですね!」
ガルスさんの興奮した声に視線を向けると、ミッケさんと洞窟の話で盛り上がっている。
「そうでしょ? 3番目に古い洞窟なんだけど、気付いたらあったはずの道が無くなっていて、新しい道が出来ているのよ。この村ではあの洞窟を『道が消える洞窟』と呼んでいるわ」
「『道が消える洞窟』ですか? そのままですね」
ガルスさんが洞窟の名前を聞いて、少し残念そうな表情をする。
それにしても道が出来たり消えたり?
私は面白いと思うより、凄く怖い洞窟を想像するな。
だって後ろを振り向いたら、今まであった道が消えている可能性があるんでしょう?
洞窟内でその状況に陥ったら、恐怖で混乱しそう。
あっ、冒険者がいる道は消えたりしないとか?
「昔だけど、名前の変更を考えた者達がいたらしいわ。でも、その当時のギルマスと団長が却下したの。『その洞窟だけは、今の名前をずっと継続させる』って。分かりやすいのが一番だという理由らしいわね。でも、一部の冒険者達には『冒険者食いの洞窟』と、呼ばれているのよ」
冒険者ぐい?
ぐいって何だろう?
「ぐいって何を意味しているの?」
アルスさんも同じ疑問を持ったのか、ミッケさんに聞いてくれた。
「この村が管理している洞窟で、一番冒険者が死ぬ洞窟なの。それはそうよね。帰ろうとしたら、来た道が無くなっているんだから。ほんの一瞬で迷子よ。洞窟内で迷子になる事がどれだけ危険かは知っているでしょう? だから冒険者達の間では『冒険者食いの洞窟』と、呼ばれているの。冒険者の命で、洞窟の形を変えているとも言われているのよ」
あっ、やっぱり怖い洞窟で正解なんだ。
「それでも、その洞窟に挑戦する冒険者は多いからねぇ」
「どうしてですか?」
あっ、つい聞いてしまった。
でも、そんな怖い洞窟に行く理由は何だろう?
もの凄くレアなマジックアイテムが手に入るとか?
「その洞窟に入ると、強くなれるから」
「「「「えっ?」」」」
なんだか不思議な言葉を聞いた気がする。
強くなれる?
それで、皆が挑戦するの?
「それも、下手に特訓するより数段強くなれるのよ」
特訓より数段?
「ドルイドさんは、知っていたようね。もしかして挑戦したことがあるの?」
お父さんを見ると首を横に振っている。
「俺は、その洞窟に挑戦した冒険者から聞いたんだ。洞窟に入る前と出た後では、剣さばきが違ったらしい。まぁ聞いた当初は、そう『感じただけ』なんだろうと思ったが。1年後にまた一緒に仕事をする機会があったんだけど、前回よりはるかに動きが早くなっていたんだ。疑問に思っていると、『強くなるために何度かオカンコ村の洞窟に挑戦した』と言ったから、本当なのかもしれないと思うようになったんだよ」
目の前で実際に強くなった人を見たら、本当だと思うよね。
「嘘だと思って挑戦する冒険者や面白がって挑戦する冒険者もいるのよ。まぁ、あの洞窟はそんなに甘くないので、入る前にはかなり話をさせて……もらっているようです」
ん?
なんだか最後、ミッケさんらしくない話し方になったような気がしたけど……気のせいかな?
大きな野菜に齧り付いているミッケさんを見て首を傾げる。
「『強くなれる洞窟』みたいな呼ばれ方はしないんだね。冒険者達はそう呼びそうなのに。それにミッケさんに聞くまで、洞窟の事は知らなかった。もっと噂になっていてもいいのに」
アルスさんの言葉に頷きながらミッケさんを見る。
「一部からは『強くなる洞窟』とか『身体強化洞窟』と、呼ばれているわよ。噂も流れているのを確認している……らしいわ」
やっぱり、呼んでいる人はいるし、噂もあるのか。
「でも、そう呼ぶ冒険者は少ないのよ。それになぜか噂も広がらないし」
そうなんだ。
不思議だな。
「でも広がらないと言っても噂は流れているから、洞窟の噂を聞いて来る冒険者はいるわよ。でも洞窟に入る前の確認で、洞窟の特徴やこれまでの被害者の数を聞いて止める冒険者達が多いわね。死ぬ可能性が高いと分かって挑戦するのは、本当に強さを求める冒険者と、ちょっと頭のゆるい冒険者だけよ」
頭のゆるい冒険者は挑戦しちゃうのか。
「まぁ、たいがい戻って来ないけど」
甘くない洞窟だからね。
「で、どう? 挑戦してみる?」
今までの話を聞いて、挑戦しようとは思わないな。
あっでも、お父さんはどうなんだろう?
「遠慮しておくよ」
あっ、お父さんは凄く嫌そうな表情をしている。
本当に嫌なんだ。
「俺達も遠慮をしておきます。まだその洞窟に、挑戦できるまでの実力が無いので」
ガルスさん達も挑戦はしないみたい。
良かった。
「そう? あの洞窟は初心者向けもあるのよ」
そんなのがあるんだ。
「そことは別の、もっと気軽に挑める洞窟は無いのか?」
「ドルイドさんが言うような洞窟だと……小さいけど宝石が採れる洞窟かな。下位冒険者から中位冒険者が挑戦するのにお薦めね。あっ、『道が消える洞窟』以外は道が消えたりはしない普通の洞窟だから。いや、あと2ヶ所は普通とは言えないわね」
つまりこの村の管理している3ヶ所は普通ではない洞窟で、あとは大丈夫という事かな。
「そういえば、『道が消える洞窟』では何がドロップするんですか?」
ちょっと気になってしまった。
珍しい洞窟だから、レアなマジックアイテムがドロップするのかな?
「使えない、冴えない物よ」
えっと、驚いてミッケさんを見るとなんとも言えない表情をしている。
そんな表情になるほど、冴えない物とは何だろう?
「ど、どんな物がドロップするんですか?」
アルスさんが聞くと、ミッケさんが肩を竦める。
「そうね。壊れていたりするわね」
えっ、壊れているの?
「壊れてなくても、多くの洞窟でドロップする灯りのマジックアイテムだったりするわね」
それは普通だね。
灯りのマジックアイテムは、本当に多くの洞窟で手に入るから。
「他にも、カゴとか、お皿一枚とか。コップ1個とか。マジックアイテムではなく普通の物も多いわね」
ドロップするものに価値は無いという事か。
「これらも、壊れていたりするから」
壊れているのは一番、嫌かな。
たとえお皿だとしても使えたら嬉しいのに。
「それも壊れている時があるんだ。本当に強さだけなんだね」
アルスさんの言葉にミッケさんが深く頷く。
「ご馳走様」
えっ。
ミッケさんの前に座っていたカギュさんが、布で口の周りを綺麗に拭いている。
そういえば、話に参加せずずっと黙々と食べていたね。
「カギュは、食べている時は本当にしゃべらないよね」
「当然でしょう? 食べ物に失礼よ」
当然とばかりの口調で言うカギュさんに呆れた表情のミッケさん。
カギュさんも少し変……じゃなくて、個性的な拘りがあるのかな?
それにしてもオカンコ村の洞窟かぁ。
ちょっと行ってみたいかも。
お父さんと後で相談して、シエル達の力を借りずに私でも挑戦できる洞窟があるか聞いてみよう。
洞窟内に入ったら、シエル達を出す事が出来るかな?
……それだと私に合わせた洞窟は、シエル達に可哀想かな?
いつも読んで頂き有難うございます。
本日、『最弱テイマー』コミック3巻が発売となりました。
宜しくお願いいたします。
ほのぼのる500