660話 逸れているね。
「アバッツは貴族達を震え上がらせた泥棒として有名だよね。王都にいた時に聞いた事あるよ」
アルスさんの言葉に、ガルスさんが頷く。
アバッツという人は、貴族の家から「表に出せない物」を盗むのが上手な泥棒らしい。
しかも、名前は知られているけどその姿を見た者がいないとか、凄い。
「厳重に警備された隠し部屋から盗み出した凄腕だと、俺は聞いたよ」
エバスさんも聞いた事があるんだ。
「『表に出せない物』の警護に、人を何人も配置しないだろう。彼らが信用できれば別だが。そういう物を持っている貴族の多くは、他人だけでなく家族に対しても信用しないことが多い。そうなると、マジックアイテムを駆使しての警備か。まぁ、厳重にしようと思えば出来るか」
お父さんが数個の、警備に向いているマジックアイテムを口にする。
なぜかガルスさんが、それを紙に書いていたけど必要になる時があるのだろうか?
「それに、いつ盗みに来るか分からないのに人を配置すると人件費も掛かるからな」
確かに「近々盗みますね」なんて、親切な泥棒はいないから、盗みに来る日なんて知らないよね。
「実際に自分が、狙われているのかどうかも分からない。でも、噂で被害者が増えている事は分かる。やばい物を隠し持っている貴族達は、その当時は大変だっただろうな。いつ自分達が狙われるのか、誰が狙っているのか。まぁ、アバッツに狙われるような物を持っている方が悪いんだけどな」
お父さんの言葉に、首を傾げる。
「アバッツが狙った、『表に出せない物』はどんな物なの?」
「それについては、色々な憶測が飛んだみたいですね。村を吹っ飛ばせるマジックアイテムとか、王族から盗んだマジックアイテムとか。実際は何だったんですか? 知っていますか?」
アルスさんがお父さんを見る。
「人を呪うのに使った宝石らしい」
「えっ、宝石だったんですか?」
「あぁ。アバッツが盗んだ物の一覧に『呪いの宝石』があったのは事実だ」
「呪いの宝石? 呪いに使った宝石では無くて?」
「呪いに使った宝石は、その宝石自体が呪われるらしい。これは文献に載っている事だから本当だ。で、『呪いの宝石』があるのは、誰かを呪った証拠だから、貴族達は絶対に表に出す事は無い。アバッツはそれを狙ったんだ。実際にアバッツが、ある貴族の家で盗みを働いたという噂が流れても、その貴族が被害を訴える事はなかったからな」
被害を訴えると、何を盗まれたのか調べられる。
調べられたくなければ、被害届は出さないよね。
「貴族達は、かなりの金をかけてアバッツを探したようだけど、捕まったという噂は無かったな」
逃げおおせたって事かな?
「ドルイドさん。宝石を使って、どうやって人を呪うんですか?」
「さぁ?」
ガルスさんの質問にお父さんが肩を竦める。
知らない……わけないか。
つまり教えないという事だね。
「そうですか」
ガルスさんが、なぜかもの凄く残念そうな表情をする。
誰かを呪いたいんだろうか?
「ん? アイビーさん、違うから。どうやるのか興味があっただけで、誰かを呪うために聞こうとしたわけではないから」
「あっ。はい」
そんなに分かりやすい表情をしていたかな?
両手で頬を押さえる。
「なぁ、主旨が変わってないか?」
お父さんの言葉に、全員が首を傾げる。
「3人の名前を決めるはずが、有名な犯罪者は誰かという話に変わっているよな?」
あっ、確かに。
ずっと「この名前の人は、どんな罪を犯したか」みたいな話になっている。
ガルスさん達を見ると、「しまった」という表情をしていた。
どうやら、名前を考えていた事を完全に忘れていたみたい。
「これだと、いつまでたっても名前が決まらないな」
お父さんが苦笑すると、ガルスさん達が恥ずかしそうに笑った。
コンコン。
「はい」
アルスさんが答えると、チャギュさんの声が聞こえてきた。
「そろそろ夕飯だけど、今日は食べるのか聞くのを忘れちゃって。どうする?」
えっ、夕飯?
時間を確かめると、確かに夕飯まであと少し。
話し込んでいて、全く時間を気にしてなかったな。
「そういえば、お腹が空いたな」
嘘!
あれだけ食べたのに?
ガルスさんを見ると、視線に気付いたのか苦笑された。
「チャギュさん、5人分お願いします」
お父さんが扉を開けると、チャギュさんが少し驚いた表情をした。
「ドルイドさん達はここにいたのね。驚いたわ。えっと、5人分ね、分かったわ。すぐに食べられるから」
この部屋に来る前に、私達の部屋に行ったのかな?
「さて、気分を変えるためにも夕飯にするか。アイビーは食べられるだけでいいぞ」
「うん」
皆と一緒に部屋を出て、食堂へ行く。
「あっ、こんばんわぁ。さっきぶりね」
「えっ!」
食堂に入ると、ミッケさんが笑顔で手を振った。
その前には、諦めた表情のカギュさん。
というか、なんだか疲れた表情をしている気がする。
きっと、ミッケさんの事で疲れたんだろうな。
「あの人達は?」
アルスさんが2人を見て首を傾げる。
「こっちに来て座って、皆で食べよう。昨日まで寂しかったから」
たぶんそれはミッケさんの為だったと思うのだけど。
カギュさんを見ると、もう諦めたのか何も言わずに頷いた。
ミッケさんの傍に全員が座ると、彼女が自己紹介をした。
と言っても、名前を告げたぐらいだけど。
ガルスさん達も名前を言うと、ミッケさんが嬉しそうに笑った。
少し待つと、夕飯が運ばれてくる。
チャギュさんはミッケさんを見て苦笑する。
「いつまで我慢できるかと思ったけど、3日だったわね。相変わらず我慢が出来ないんだから」
「そうねぇ。ずっと我慢している事があるから、別の事は我慢しないだけよ」
「まぁ、それはね」
「でも、そろそろそっちの我慢も解禁になりそうなのよね。待ち遠しいわ。ふふっ」
チャギュさんとミッケさんはかなり親しいようで、楽しそうに会話をしている。
ただ、カギュさんはそれを見てため息を吐いていたけど。
「今日はカギュ自慢の料理よ~。野菜が主役の焼き料理なの」
お皿を受け取って見ると、大きな野菜がこんがり焼いてあってソースが掛っている。
いい香り。
お昼にお肉を大量に食べたから、これは嬉しいな。
「お肉が欲しい人は、スープに大量に入れといたから欲しい分だけ自分で取りに行ってね」
チャギュさんの言葉に、ガルスさんとお父さんがさっとスープを取りに行く。
今日のスープは、自分で取りに行く仕様みたいだ。
夕飯を食べながらミッケさんが、オカンコ村でお薦めの場所を教えてくれた。
例えば、大通りの菓子店や、冒険者ご用達の武器の店。
お手入れに必要な物が揃う店など。
「あと、裏門の門番は怖い事で有名ね」
裏門?
というか、いきなり人?
「そういえば、洞窟に行くには裏門を使うんだったな」
「そうよ。洞窟で問題が起きた時にすぐに救助が出来るように、どの洞窟に何日入るのか、誰と行くのかなどを提出してもらうの。洞窟に入った冒険者の人数が分れば、帰ってこない人達が多いとか少ないとか判断できるからね。紙を1枚提出させるだけで、問題の早期発見と早期解決が期待できるんだから凄いよね」
「いい方法だな」
お父さんの言葉にミッケさんが嬉しそうに笑う。
「そうでしょ? そういえば、ドルイドさん達は洞窟には行かないの? 楽しいわよ」
洞窟には、この村に着く前にも数個入ってきた。
シエルが案内してくれる洞窟には、貴重な物が大量にあるからちょっとドキドキするんだよね。
この村の洞窟か、少し興味があるな。
「考え中だよ」
お父さんの言葉に少し驚く。
でも、皆で行くのも楽しそうだな。