659話 名前は難しい
「そうだ。部屋に戻る時に2階で変な叫び声が聞こえたんです。ドルイドさん達が戻ってくる時は、聞こえなかったですか?」
ガルスさんの言葉に、お父さんが首を横に振る。
2階だとミッケさんがいる階だよね。
もしかしてミッケさんが叫んでいたとか?
……それは無いか。
「女性の声で、『まだなの、ぎゃは』みたいな言葉に聞こえたんだけど」
アルスさんが少し心配そうに、部屋の扉を見る。
「まだなの」は「まだ見つからないの」とも考えられるかな?
でも、この宿で見つかる心配はしなくてもいいと思うけど。
にしても、「ぎゃは」って何だろう?
「チャギュに聞いてみようか。たぶん、何か分かるだろう」
お父さんの言葉に、ガルスさん達が頷く。
不安な事は、早めに解消しておいた方が良いからね。
お昼ご飯を食べ終え話していると、いつの間にか皆で3人の名前を考える事になった。
よくある名前という事で「タブロ」「タブロー」「タブーロ」が候補にあがった。
この名前は、世界で1番最初の勇者とも言われているタブロウを真似て付けられる事が多い。
「タブロウとは付けないんだね」
どうして似ている名前なんだろう?
「それは、タブロウがそれほど長生きできなかったからだ。勇者として活躍した時に負った傷のせいで、32歳で死んでいるんだ。だから、彼のように勇敢に育ってほしいけど長生きしてほしいから『タブロウ』とは付けないんだよ」
お父さんの説明に、なるほどと頷く。
ガルスさん達も知らなかったようで、感心したように頷いている。
「あの、タブローやタブーロはいいですが、私としてはタブロという名前はちょっとお薦めしません」
ハタウ村のタブロー団長さんや、ハタヒ村のタブーロ団長さんなどいい人はいる。
だけど、タブロという名前は私としては薦められない。
「嫌な思い出でもあるの?」
アルスさんが不思議そうに私を見る。
「はい。とても」
血の繋がった父は、既に過去の事。
思い出す事も無い。
でも、ガルスさんやエバスさんがこの名前になるのは、なんとなく嫌だ。
まだ少し、蟠りがあるのかな?
「そっか。アイビーが駄目なら『タブロ』は却下だね。『タブロー』と『タブーロ』も似ているから止めておこうか。他に候補はある?」
アルスさんは、特に何があったのか聞く事もなく却下してくれた。
それに感謝しながら、別の名前を考える。
「アルス。ミルフィーはどうだ?」
エバスさんの言葉にアルスさんが、少し考えこむ。
綺麗な響きの名前だな。
「お父さん、有名な女性の名前なの?」
「あぁ。聖女の名前として、王都で有名だ。ただその名前は、稀代の悪女と言われた女性の名前でもあるけどな」
聖女に稀代の悪女。
いい人の名前でもあり、問題がある人の名前でもあるのか。
というか、聖女がいるの?
初めて聞いたんだけど。
「悪女の名前って、エバスは酷くない?」
「いや、知らなかったんだって。病院を建てるために尽力した女性の名前だとしか。まさか稀代の悪女と言われる人が、ミルフィーという名前だったなんて」
病院を建てた人の名前なんだ。
ミルフィー……なんだか美味しそうな名前、ん?
美味しそう?
いや、そんな印象では無いか。
「それなら、ログリフは?」
ログリフ?
何処かで聞いた事がある名前だ。
何処だったかな?
えっと……あっ、オトルワ町のギルマスさんの名前だ。
しかも、口座の保証人になってくれている人じゃない。
そんな人をすぐに思い出せないなんて……ちょっと衝撃だ。
「確か200年ぐらい前に、魔物の大群を1人で制圧して村を守ったとして名を残した上位冒険者だよな」
ガルスさんの言葉にエバスさんが頷く。
「その通り。ガルスは、ログリフでどうだ? 冒険者として頑張るなら、有名な冒険者の名前を付けるのもいいと思わないか?」
エバスさんを見てアルスさんが首を傾げる。
「でもログリフって、有名な詐欺師の名前でもあったような気がするけど。 確か、王都の貴族に詐欺を仕掛けて、マジックアイテムや大金を盗んだって話を聞いた気がする」
アルスさんの言葉に、エバスさんが肩を竦める。
「アルスの言う通り、ログリフは詐欺師の名前でもあるな」
そうなのか。
「貴族に詐欺を仕掛ける詐欺師なんているんだね。褒められないけど勇気があるよね」
「アイビー。ログリフは貴族と金持ちしか狙わないから、王都やその周辺の町の人達からは結構人気があったんだよ。その人気のせいで、探すのも大変だったみたいだし」
「えっ、人気があったの?」
お父さんの言葉に驚いてしまう。
まぁ、貴族に良い感情を持っていない人は多いから、人気があったのかな?
でも、金持ちも?
何か狙われる原因でもあったのかな?
すっごく気になる!
「どうして詐欺師のログリフは、貴族と金持ちを狙ったの?」
お父さんを見ると苦笑された。
これは、興味津々な様子がばれているよね。
「詐欺師ログリフが狙ったのは、犯罪に手を染めているが権力で手が出せない貴族か金で犯罪を揉み消している金持ちだ。だから、ログリフを訴える貴族も金持ちもいなかった。まぁ1人だけ、被害を訴えた貴族がいたんだけどな。訴えた結果、その貴族は取り潰されたらしい」
信念のある詐欺師と言っていいのかは分からないけど、何かかっこいいな。
「取り潰しとは、凄いですね」
ガルスさんが、なんとも言えない表情をしている事に気付き首を傾げる。
「取り潰し」に、何か思うところがあるのかな?
「取り潰されたのは、証拠があったからみたいだ」
証拠?
「詐欺の被害にあったという貴族に、冒険者ギルドのギルマスが被害に遭ったものを一覧で見せてくださいと言ったそうだ。被害が分からなければ動けないからな。貴族はすぐに盗まれたマジックアイテムの一覧を持ってきたらしい。が、その一覧を見てギルマスが頭を抱えたと言われている」
頭を抱える?
どうしたらよいかわからない事が、その一覧に載っていたという事?
「貴族が提出した一覧の中に、他の貴族から「誰かに盗まれた」と被害届が出ていたマジックアイテムや、所持が禁止されているマジックアイテムの名前も載っていたらしい」
よくそんな一覧を、貴族は提出したよね。
もしかして、曰く付きのマジックアイテムだと知らなかったとか?
「しかも、王家の宝物庫から、いつの間にか消えたと言われていたマジックアイテムの名前まであったそうだ。ギルマスが頭を抱えたのは、たぶんそのマジックアイテムの名前を見つけたからだろうな。まぁ、すぐに王家に連絡したらしいけど」
「お父さん、詳しいね」
ちょっと驚きなんだけど。
「1年ほど一緒に仕事をした冒険者仲間が、陰謀や裏がありそうな話が好きだったんだ。だから色々聞かされたんだよ。まぁ、役に立ったこともあるから、侮れない話ではあったかな」
一緒に仕事した人の影響なのか。
「ログリフはどうなったの?」
ずっと詐欺師だったのかな?
「彼はいつの間にか姿を完全に消していたそうだ。逃げたのか死んだのか消されたのか、王都では一時期かなり噂にもなったみたいだ」
私としては、逃げ切っていて欲しいな。
「ログリフかぁ」
ガルスさんが、考え込む表情をする。
もしかして、興味が湧いて来たのかな?