656話 疲れてるのかな?
大通りから外れて、人が少ない道を歩く。
この通りに、美味しいパンを売っているお店があるらしい。
「お父さん、確認なんだけど」
お父さんが持つカゴを見る。
「どうした?」
「それ、何人分なの?」
どう見ても、2人では多すぎる量のお肉だよね。
「えっ、2人か3人分だろう?」
お父さんの言葉に、首を横に振る。
「3人では、絶対に食べきれないと思うけど」
肉だけを食べるなら、食べられるかな?
でも、そんな食べ方はしたくないな。
「そうか? 前は俺ともう2人で食べきったけどな。ちょっと足りないって話を……あっ、あの時の2人は俺よりも体格のいい冒険者だったか」
そんな人と私を一緒にしないで!
「無理か?」
「無理でしょ」
私の言葉に肩を竦めるお父さん。
少し考えてから私を見る。
「他にも何か買って、宿に戻って皆で食べようか。ガルス達が既に昼を食べていたら、マジックボックスに入れておけばいいし」
作った料理を入れるために用意したマジックボックス。
さっそく、活躍してくれそう。
「そうだね。そうしようか。あれ? お父さん、もしかして疲れている?」
今気付いたけど、いつもよりちょっと元気がないような気がする。
「いや、大丈夫だと思うけど……どうだろう?」
不思議そうな表情のお父さんを、じっと見る。
いつもと変わらないような気もするけど……いや、やっぱり少し元気がないと思う。
「少し疲れているような気がする」
「そうか?」
「自分ではわからない?」
私の言葉に、少し考えるお父さん。
「そういえば今日の朝、目が覚めるまでに時間が掛ったな」
やっぱり、疲れているんだ。
「ゆっくり休んだ方が良いね。必要な物だけ買って、宿に戻ろうよ」
「アイビーが言うなら疲れているんだろうな。分かった、ゆっくりするか。あっ、あの店だ」
お父さんが指す方を見ると、パン屋の看板が見えた。
「潰れていなくて良かったよ」
嬉しそうなお父さんと一緒にパン屋に入る。
店の中はいい香りがして、お腹が空いているのでちょっとつらい。
「白パンだ! しかも、今までに見ことがあるどの白パンより巨大だ!」
この村の特徴なんだろうか?
なんでも、ちょっと大きめが。
「皆で食べるなら、何個ぐらい必要だと思う?」
皆で食べるなら……というか、1人で5個も6個も食べる人がいるから。
これ1個で、だいたい5個分ぐらいの大きさだよね。
という事は、1人1個か。
私には大きいけど、残っても問題ないから6個かな。
でも6個だと、ちょっと不安だな。
「7個にしようか」
私の言葉に頷くと、お父さんがお店の人に白パン7個と黒パン4個をお願いした。
あれ?
黒パンも買うの?
それだったら、白パンは6個でよかったのでは?
ゴン。
ん?
あの黒パンから、パンとは思えない音が聞こえた気がするんだけど。
ゴンって、パンがテーブルに落ちる音じゃないよね。
「お父さん、この村の黒パンって」
「他の村の黒パンより硬い。でも、味がいいから人気なんだ」
硬くても美味しくて人気なんだ。
ただ、ゴンという音は気になるけどね。
「スープに浸して食べるのもいいけど、薄く切って肉を載せて食べてもうまいぞ」
薄く切るのか。
なるほど。
お店の人からパンを受け取る。
お父さんがお肉の塊が入ったカゴを持っているからね。
「荷物、マジックバッグに入れたらいいと思わないか?」
パンの入った紙袋と自分の持っているカゴを見て、お父さんが私を見る。
それは、その通りだね。
なんで、思いつかなかったんだろう?
「アイビーも疲れているんじゃないか?」
お父さんが、マジックバッグにお肉の入ったカゴとパンが入った紙袋を入れる。
「えっ、私も?」
少し考えるが、いつもと変わらないと思う。
お店を出ると、お父さんの隣を歩く。
「大丈夫だよ、私は」
「そうか?」
「うん」
聞かれるとちょっと不安だけどね。
「まぁ、何かあった時のために体は万全にしておいた方が良いからな。王都の動きによってはすぐに村を出発することになるだろうし」
そうか。
そういう事もあるのか。
「そうだね。ところで、また大通りに戻るの?」
「あぁ。目的は、果物サラダだ」
果物サラダ?
「それも以前食べて美味しかったの?」
「いや、気になったけど食べなかった。若い頃は、サラダなんて食べなかったから」
そういえば、若い頃のお父さんの食生活は朝が肉にパン、昼も肉にパン、夜も肉にパンだったと聞いた事があったな。
たまに野菜が入ったスープや野菜のおかずも食べていたみたいだけど。
「果物だけを使ったサラダで、色とりどりの綺麗なサラダだったんだ」
「色が? それは気になるね」
荷物が無くなったので、お父さんと手を繋ぎ大通りを歩く。
やっぱり、手を繋いでいると人が多くても安心するな。
それにお父さんは、人にぶつからないように誘導するのがうまい。
「あっ、店が無くなっている」
お父さんを見ると、残念そうな表情をしていた。
視線の先には、「野菜の煮込み店 ガウ」という看板。
どうやら、探していた店では無いみたいだ。
「残念だね」
食べたかったな。
「そうだな。サラダは無かったけど、あの店は覗いてみるか?」
野菜の煮込みか。
肉は十分あるから、野菜が欲しいよね。
サラダもいいけど、煮込みも大好き。
「見に行こう」
ガウの屋台に近付くと、ふんわり優しい香りがした。
「いい香りだな。買っていこうか」
「うん。そうしよう」
お昼は過ぎているが、屋台には10人ほど並んでいる。
最後尾に並ぶと、他の屋台へと目を向ける。
「活気があるね」
どの店からも元気な声が聞こえてくる。
元気があり過ぎて、声だけ聞いていると喧嘩しているみたいだけど。
周りの様子を見る限り、いつもの事のようだ。
「いらっしゃい!」
順番が来たので、メニュー表を見る。
あれ?
果物サラダがある。
「お父さん、あれ」
メニュー表を指すと、お父さんも気付いたようで頷く。
「果物サラダがあるんですね。以前この店で売っていた物と同じですか?」
お父さんの言葉に、店主さんが困ったように笑う。
「それは、私の母が考えたメニューなんです。母が引退したあと、私が味を引き継ぎました。前の果物サラダと同じ味かと聞かれるとちょっと不安ですが、味付けは同じです」
同じ調味料で同じ作り方をしても、人によって味が違ったりするんだよね。
あれは、不思議。
「それなら、果物サラダと今日の野菜の煮込みを下さい。それぞれ4人前」
女性の店主が、すぐに4つのカゴを奥から持って来ると、カウンターに置く。
野菜の煮込みもすぐに準備してくれた。
お父さんが会計をしている隣で、サラダの入ったカゴを見る。
赤や橙、緑の果物が混ざっていて、綺麗なサラダだな。
「綺麗で美味そうだろ?」
「うん」
食べるのが楽しみだな。
店を出ると宿に向かって歩き出す。
「こっちから行こう」
大通りを左に曲がる道を指すお父さんに頷く。
まだ道が良く分からないので、任せる方が良いよね。
「この通りは、冒険者達の道具や服の店が多いみたいだね」
「あぁ、そうなんだよ。というか、前に来た時より冒険者の店が増えているみたいだな」
防具屋に冒険者の靴やバッグ。
武器屋もあった!
「あっ、マジックアイテム屋まであるね」
ゆっくり見られないのが、残念だな。
「疲れが取れたら、ゆっくり見て回るか」
それは嬉しい。
冒険者の道具って、見ているだけでワクワクするもんね。
「うん、そうしよう」