655話 オカンコ村の人。
大通りを歩いていると、人の流れに邪魔をされて何度も立ち止まってしまう。
お父さんは、人が多い場所でも立ち止まることなく歩けるのに。
「大丈夫か?」
お父さんが、私の背中に手を当てて心配そうに見る。
「大丈夫。ハタヒ村の『色祭り』の人の多さに比べたら少ないから」
あの祭りの人の多さには、圧倒されたからね。
「確かにあの祭りよりは少ないか。でもさっきから、何度も人に邪魔されて立ち止まっているだろう?」
まぁ、そうなんだけど。
「人の動きを見て隙間を見つけるんだけど、慣れないと難しいかな。そうだ、はぐれると大変だから手を繋ごうか」
お父さんの言葉に、手を出すとギュッと握ってくれた。
お父さんは片腕が無いので、何かあった場合の事を考えてあまり手を繋がない。
なので、たまに繋ぐと少しだけ緊張してしまう。
嬉しいけど、恥ずかしいというか。
緩みそうになる口元に力を入れていると、それを見ていたお父さんが首を傾げた。
「どうした?」
「なんでもないよ」
「嬉しくてにやけそうになる口元を、我慢していました」とは、恥ずかしくて言えない。
笑って誤魔化して、握った手を少し大げさに揺らす。
「屋台を見て回ろう?」
「分かった。そういえば、何か食べたい物はあるのか? そんなにお腹が空いていないなら、甘味かな?」
少し前だったら甘味で十分だったけど、今は普通に食べたいな。
お父さんはどうなんだろう?
「お父さんは、お腹が空いてないの? 私は、ちゃんとしたご飯が食べたくなったんだけど」
「それなら、ちゃんと食べようか。俺のお腹も問題ない。お昼を食べそびれているから、かなり空いているよ」
「そっか」
確かに今は、お昼過ぎだったね。
「あぁここからが、オカンコ村で有名な『肉の道』だ」
お父さんが、大通りを右に曲がった通路を指す。
肉の道?
指した方を見ると、香ばしく焼いた肉の香りがした。
「肉の屋台だけが集まっている場所なんだ。まぁ、数年前の情報だから今もそうだとは限らないけどな」
大通りを右に曲がると、冒険者の数が一気に増えた。
それに少し驚きながら、周りを見ながらゆっくり歩く。
「変わってないみたいだね。肉を扱う店しかない」
「そうだな。変わってなくて良かったよ」
お父さんが嬉しそうに笑う。
それにしても、本当に肉の屋台しかないな。
あっちでもこっちでも、肉の焼ける音と匂いが充満している。
「この通りは、果実水の店すらないね」
果実水は何処にでもある屋台の1つだ。
特に、肉の屋台があると必ず傍には果実水の屋台がある。
それは果実の酸味が、肉を食べた後の口の中をさっぱりさせてくれるから。
なのに、肉の道と呼ばれる通りには一つもない。
「肉だけを楽しむ通りだからな」
「これだけ色々な肉の屋台が並んでいたら、楽しめるだろうね」
「さてアイビー、何を食べる?」
お父さんが楽しそうに周りを見回す。
その様子に笑ってしまう。
「まずは、タレ漬けの塊肉はどうだ?」
「いいね、それにしよう」
私が頷くと、お父さんが周りを見ながら歩き出した。
どうやら目的のお店があるみたい。
暫く歩くと、ガタイの良い男性がいる屋台が見えた。
男性は店主さんみたいだけど、顔にすごく大きな傷がある。
元冒険者なんだろうか?
「あそこ?」
「そう、前に食べてうまかったんだ」
お父さんが店主に声を掛けようとすると、バチバチバチという音が急にした。
「わっ!」
凄い音だったけど、何の音?
あっ、お肉の塊に、何か掛けているみたい。
「んっ? あぁ嬢ちゃんか、悪いな。驚かせたみたいで」
店主の男性が、私の驚いた声に視線を向ける。
それに首を横に振る。
「肉の周りを焼いてるんだ。これをするとうまいんだぞ」
「そうなんですね。それは、高温の油を掛けているんですか?」
「おっ、嬢ちゃん。料理をするのか? その通り、これは高温の油だ」
当たっていた。
私はその調理方法をした事は無いけど、記憶の中で見た事がある。
ただ前世の私も、したことは無いみたいだけど。
「料理は好きです」
「そうか。小さいのに凄いな」
小さい……。
そういえば、この村では子供の成長が早いんだっけ?
「ぷっ」
隣から聞こえた、笑うのを我慢した音に視線を向ける。
お父さんは、明後日の方向を見ている。
握っている手に力を入れる。
まぁ、私の力ぐらいでは痛くもないんだろうけど。
「で、お嬢ちゃん達はここに買いに来たのか?」
あっ、そうだった。
「買います。前もここで買ってうまかったので」
「そうか! 俺の焼いた肉はうまいだろう? 自慢なんだ!」
嬉しそうな店主さんに、お店の奥から女性が出てきて思いっきり肩を叩いた。
「ちょっと、肉が焦げてないでしょうね!」
「あぁ、ちゃんと見ているから大丈夫だ。というか、そっちはどうしたんだ? ちゃんとやったのか?」
「当たり前でしょ! 全部切り終わったわよ、だからこっちに来たんでしょうが!」
急に始まった言い合いに、驚いて店主さんと女性を見比べる。
大丈夫かな?
「あれは喧嘩じゃないと思う。たぶん、2人の間では普通の会話だ」
お父さんの言葉に驚いて、視線を向ける。
「本当? だって……かなり激しい口調だけど」
「そう聞こえるけど、2人は怒ってないだろう?」
お父さんの言う通りだ。
最初はちょっとぶすっとしていたけど、今は2人とも楽しそうに笑っている。
「この村の人は、ちょっと荒っぽい性格だから」
そうなんだ。
「あらやだ、お客さんがいたのね。やだ、可愛い子ね」
えっ?
女性が私を見て手を振る。
私の事か。
小さく頭を下げると、なぜか隣にいる店主さんの肩をバシバシ叩いた。
「やだ、本当に可愛い!」
「だよな。早く俺たちもこんな子が欲しいよな」
「やだもう」
あっ、仲がいい夫婦なんだ。
それにしても、店主さんの肩は大丈夫かな。
女性が来てから、20回以上は叩かれているのだけど。
「そろそろ注文をしたいんだが」
お父さんが、見かねたのか声を掛ける。
「おう、悪いな。何が欲しい?」
「タレは2種類あったよな?」
「あぁ、そうだ。どっちもうまいぞ」
「1個ずつくれ」
あれ?
1個ずつ?
2種類のタレ漬けだから2個?
それだけでいいの?
お腹が空いていると言っていたのに。
あっ、他の店でも買って行くのかな?
「1個ずつだな、分かった。すぐに用意できるから」
店主さんはそう言うと、大きめのカゴを出してそこに肉の塊を2個どんと置いた。
えっ、確かに塊肉とは聞いたけど、大きすぎない?
切るのかな?
「はいよ」
切らないんだ。
お父さんがお金を渡して、カゴを受け取っている。
「行こうか。あとは、パンが欲しいな」
「そうだね。それにしても、すごく大きな肉だね」
「味と大きさが売りの店だと聞いているよ」
なるほど。
大きさも売りなのか。
「また来いよ~」
「遊びに来るだけでもいいわよ~」
振り返ると、店主さんと女性が手を振ってくれていたので振り返す。
遊びにだけは、無理かな。
「なんだか豪快な店主さんと奥さんだったね」
「ははっ。あんな感じの人達がここは多いぞ。巻き込まれないように、気を付けないとな」
確かに、巻き込まれたら大変だろうな。
というか、巻き込まれる事なんて無いと思うけどね。