654話 今のところ、大丈夫。
「この村の事はこれぐらいで、王都の教会の動きなんだけど」
アバルさんの言葉に、アルスさんが緊張したのが分かった。
それに気付いたアバルさんが、アルスさんに笑みを見せる。
「大丈夫。奴らは、ジナル達の張った罠の方に気を取られているから」
ジナルさんの張った罠?
そういえば、どういう罠を仕掛けるのか聞きそびれてしまったな。
「最終的に、どの罠を使う事にしたんだ?」
ウルさんが楽しそうにアバルさんに聞く。
というか、どの罠?
そんなに色々な罠を考えていたの?
まぁジナルさんだったら、喜々として色々考えそうか。
「ガルス達は元々、商人たちに魔物除けを使って取引をしていたんだろう?」
ガルスさんが少し眉間に皺を寄せて頷く。
毒を盛られたから、そんな表情になってもしょうがないのかな。
あっ、エバスさんもアルスさんもだ。
「それを利用して、商人と一緒にオカンイ村を出た事になっているんだ。目的地はハタハフ町」
私達とは逆方向だ。
つまり今、王都の教会はアルスさんがハタハフ町に向かっていると思っているのか。
「ハタハフ町に無事到着で仕事は終了。その村で違う商人達から仕事の依頼を受けて、ハタハフ町を出発。数日後に全員の消息が不明となる。今はこんな筋書きみたいだ。王都の教会の動きによって、変更があるみたいだけどな」
全員が消息不明だと、いなくなった場所の特定も難しいから調査しづらいと聞いた事がある。
ジナルさんの狙いは、それだろうな。
ハタハフ町までに消息不明にならないのは、すぐにいなくなったら怪しまれるからかな?
「あの、俺達名前を変えずに行動していますけど、大丈夫なんですか?」
あっ、エバスさんの言う通りだ。
オカンイ村を出る時も、オカンコ村に入る時も、アルスさん達は名前を変えてない。
名前から居場所が掴まれるかもしれない。
「あぁ名前なら、俺の方で変えるから大丈夫だ」
ん?
「ウル達が門を通る時に、場違いな奴が門番をしていただろう? 奴は裏の仲間で、この村に君達が入った時に、ちょっと細工をしてもらったんだ。後から名前の変更が出来るように」
そうなんだ。
というか、場違いな人ってあの門番さんの事だよね。
あの門番さんが、ジナルさんやウルさんの仲間?
どちらかと言えば、争いごとが苦手な感じに見えたのに。
「それにしても、間に合って良かったよ」
間に合う?
「ジナルからアルス達の情報が届いたんだが、いつ来るのか分からなくて。だから少し早めに、細工が出来る奴を異動させとこうと思ったんだが、まさか異動したその日にウル達が到着するとはな。いや、本当に間に合って良かったよ」
「なんだか、随分と迷惑を掛けてしまったみたいで」
アルスさんが頭を下げると、アバルさんが首を横に振る。
「あぁ、気にする必要はないぞ。名前の変更なんて俺でも出来るんだ。でも、進行中の罠にも丁度いいから、奴を異動させたんだ。やり過ぎだと思ったけど、どうやら罠を信じさせることに役立ったみたいだから、驚きだよな」
アバルさんの言葉に、全員が苦笑する。
「5日以内に新しいギルドカードを持って来るよ。あっ、忘れるところだった。名前は何がいい? 今なら希望の名前に変えられるんだけど」
アルスさん達が、アバルさんの言葉に戸惑った表情を見せた。
どうしたんだろう?
「本当の名前に戻りたいなら、今だと思うぞ」
ウルさんの言葉に、3人の動きが止まる。
そして、そっとウルさんを見た。
「ちょっと危険かもしれないけどな」
「危険か……そうだな」
ガルスさんが、ぐっと険しい表情をする。
「ガルスとエバスは、本当の名前に戻したらいいよ。私は、全く違う名前にする。あの名前は、捨てたから」
アルスさんの力強い声に、ガルスさんが彼女の肩をポンと叩く。
「俺も前の名前はいい、少しでも危険は減らしたいから」
「俺もだ。ちょっとだけ迷ったけど、俺も新しい名前にする」
最後にエバスさんが、決めたようだ。
「いいのか?」
ウルさんの質問に、3人が頷く。
その表情を見て、ウルさんも納得したようだ。
それにしても、全員が新しい名前になるのか。
変わったら、しっかり覚え直そう。
間違って呼んだら、大変だから。
「今すぐ決める必要があるんですよね?」
「いや、2日後までに決めてくれたらいいよ」
アバルさんの言葉に、ガルスさん達がホッとした様子を見せる
これからの人生に関わる名前だから、じっくり決めたいんだろうな。
「さて、そろそろ行くわ。はぁ、書類の処理が待っていると思うと……戻りたくない」
嫌そうな表情で椅子から立ち上がるアバルさん。
「大変だな」
ウルさんの言葉に、ため息を吐きながら頷くアバルさん。
「ここ数日はギルマスと団長がいないから、書類が全部俺達に回ってくるんだよ。しかも俺達サブの方も駆り出される回数が多いから、残った奴らで書類を分担するんだけど、分けても量が多いんだよ。しかもそれが、毎日、毎日……地獄だ」
やっぱり、ギルマスさんと団長さんはいないのか。
「ははっ、相変わらず大変だな。そういえば、次のギルマスにならないかって声が掛かったんだって?」
そうなの?
凄いと思ってアバルさんを見ると、なぜか肩を竦められた。
「あぁ、その話か。まぁ俺もちょっと気になったから、俺の立場でギルマスになっていいのか上に聞いたら『面白そうですから、やってみてはどうですか。役立ちそうだし』だと。それを聞いた瞬間、裏の仕事も継続させる気だなと思ったから、断った。これ以上に仕事が増えるとか、考えただけで寒気がする」
上というのは裏の仕事の方かな。
あれ?
この話は聞いていていいのかな?
「あぁ、あの人なら裏の仕事も容赦なく入れるだろうな。しかも『出来ますよね』とか笑って」
「確かに言うだろうな。いい性格しているよな、本当に」
ウルさんとアバルさんが言う、上の人はかなり……なんていえばいいのかな?
知らない人を腹黒というのも、失礼だよね。
「あ~、本当に戻らないと他の奴らに恨まれるな。また、何か情報があったら伝えるよ」
ため息を吐いたアバルさんに、ウルさんが手を振る。
「宜しく」
「今日はありがとうございました」
アルスさんが小さく頭を下げると、アバルさんが軽く手を上げて部屋を出ていった。
「さて、これからどうする?」
ウルさんが、お父さんやガルスさん達に視線を向ける。
時間は、お昼過ぎ。
「アイビー、お腹は空いてないか?」
お腹を押さえてお父さんを見る。
「ん~、ちょっとだけ」
「それなら、屋台でも見て歩くか?」
いいかも。
この村の様子を、もっと見ておきたいし。
「いいね。行こうか」
人が多いから、気合を入れないと。
「アイビーとドルイドは外に出かけるんだな」
ウルさんの確認に、お父さんと私が頷く。
ガルスさん達を見ると、3人で話し合っていた。
「ウルさん、俺達は名前も決めたいしこのまま部屋に戻るよ」
「分かった。3人ともか?」
「そう」
「分かった。名前だけど、決まったら紙に書いてくれ。アバルに、渡すから」
「ウルさんは、どうするの?」
あとはウルさんの予定だけだ。
「とりあえず、仕事仲間に挨拶をしてくるよ。オカンコ村に来るのは久しぶりだから」
裏の方の仲間の事だよね。
「そうか。夕飯には戻って来れそうか?」
「さぁ、どうかな。俺としては戻って来たいけど。今の村の状態だと雑用を言いつけられそうだな」
さっきのアバルさんのような表情をするウルさん。
それにちょっと笑ってしまう。
「ん? アイビー?」
「今の表情がアバルさんに似ていたので」
「そうか?」
ウルさんが、ガルスさん達に視線を向けると彼らが頷く。
それを見て、嫌そうな表情をするので全員で笑ってしまった。