653話 サブギルマスは強い!
「あの、どうして頻繁にギルマスさんと団長さんが駆り出されるんですか?」
冒険者ギルドを見る限り、冒険者の数はどの村や町より多かった。
あれだけの数の冒険者がいたら、様々な事に対応できると思うのだけど。
「あぁ、それは洞窟から溢れた魔物の対応のためだよ。この村の洞窟は強い魔物が多くて、魔物同士の問題が起こりやすいんだ。しかも、問題が起きるたびに洞窟の外に魔物が溢れ出すし。溢れた魔物の中には、上位冒険者でも対応できないほど強い魔物が混じっていて、そんなのがいると分かっているのに冒険者に対応は任せられないだろう? だから、ギルマスと団長が駆り出されるんだよ」
そういう事なんだ。
「上位冒険者でも対応できないって、この村の洞窟には凄い強い魔物がいるんですね」
ガルスさん達が驚いた表情でアバルさんを見る。
「あぁ、他の村や町にある洞窟よりもかなり強い魔物が集まっているんだ。洞窟の数も多いから、月に半分以上はギルマスか団長のどちらかが、村の外にいるな」
そんなに頻繁に魔物が洞窟から溢れるの?
ちょっと異常なのでは?
「月に半分以上? 洞窟から魔物が溢れる回数が、昔より増えていないか?」
ウルさんの言葉にアバルさんが頷く。
「昔の文献に書いてあったんだけど、活動期らしい」
活動期?
「そのせいなのか、新しい洞窟も良く出来るし、魔物の溢れる回数も増えるし、ちょっと大変な時期だな」
「洞窟に活動期があるのは、初めて知ったな」
お父さんが不思議そうな表情でつぶやく。
「洞窟から魔物が溢れる回数の異常に気付いた団長が、文献を調べて分かった事なんだ。文献を調べるまで、誰も活動期がある事は知らなかったからドルイドが知らなくても当然だと思うぞ」
「そうか」
「あの……そんな大変な時に、私の事ですみません」
アルスさんがアバルさんに頭を下げる。
それに、アバルさんが慌てて首を横に振る。
「大丈夫。サブギルマスを通常の3倍にして対応しているから。問題ないよ」
書類仕事をする人を、3倍に増やしても意味がないのでは?
不思議に思い首を傾げると、アバルさんと視線が合った。
「サブギルマスは、上位冒険者以上の強さが無いとなれないんだよ」
アバルさんは、かなり強い人なんだ。
「だから、ギルマスや団長じゃなくても対応できそうな案件は、俺達が駆り出されるというわけだ。まぁ俺達の場合は、2人もしくは3人体制だけどな。書類仕事が苦手な奴ばかりが集まっているから、いつも取り合いだよ。ただし、その処理は自分達でするから、書類仕事が増えるんだけどさ」
強い人は、書類仕事が苦手な人が多いのかな?
今までのギルマスさんや団長さんの中にも、書類が苦手な人がいたよね。
そういえば、逃げ回って書類を溜めている人もいたなぁ。
「サブギルマスについては、もういいな。アバル。確かめたいんだが、あの噂は罠なのか? 罠だとしたら何なんだ、あの出来の悪さは」
ウルさんの質問に、アバルさんがなぜか噴き出した。
「あははははっ。わるい、凄い表情で聞くから何事かと思った」
大笑いしているアバルさんに、ウルさんがため息を吐く。
「アバル」
「悪い。あの出来の悪さも含めて罠だ」
笑いを納めながらアバルさんが答える。
「あんなのに引っかかる奴いるのか?」
不思議そうなお父さんに、頷くアバルさん。
「王都から来た貴族が2人、見事にあの噂を元に動いていると報告があがっている」
2人も?
「嘘だろ?」
お父さんが唖然と呟く傍で、ガルスさん達も複雑な表情をしている。
「これが本当なんだよ。1人はあの噂をそのまま信じて。もう1人はあの噂を罠だと考えて動いている。まぁ、こちらの思惑通りだ」
アバルさんの言葉に、ウルさんが嫌そうな表情になる。
「そんな馬鹿がいるんだな」
全員が頷くと、アバルさんの肩が揺れる。
「くくくっ、奴らを見張っている奴らが嘆いていたよ。笑えないのがつらいって」
「ははっ、だろうな。でも、あの噂の流し方で動くとは。本当に王都の貴族なのか?」
ウルさんの言葉に、アバルさんが肩を竦める。
「罠にかかっている2人は、予定外に当主になった奴らだからな。不勉強なんだよ」
予定外に当主?
「去年、多くの貴族を巻き込んで潰れた犯罪組織があっただろう?」
貴族を巻き込んだ?
あったかな?
「オトルワ町を拠点にしていた犯罪組織の事か?」
お父さんがちらっと私を見る。
あっ、私が関わった事件だ。
「そう。その犯罪組織に、貴族の力関係で拒否できずに巻き込まれた貴族達がいたんだ。ただ、犯罪を知っても黙っていたため無罪放免には出来ないから、犯罪組織と関わった者達は貴族籍を剥奪して平民に。残った者達が貴族籍を相続できるように、したんだそうだ。まぁ、恩情だな」
「恩情ねぇ」
ウルさんが胡散臭そうな表情をする。
何か疑わしいんだろうか?
「俺達が罠にはめた2人は、その時に当主の座に就いた三男だったらしい」
「三男だと、当主になるための勉強は一切してないな。やっぱり恩情じゃなくて嫌がらせだろう。勉強してない奴らが、貴族達の中で生き残れるとは思えない。しかも問題を起こした貴族だから、助けてくれる貴族も無いだろうし」
「それが本当に、恩情みたいなんだよな」
「なんで、そう思うんだ?」
首を傾げるウルさんに、アバルさんが苦笑する。
「貴族籍を残したのは、ある提案をするためみたいなんだ。『問題を起こした貴族の存続は難しいから、貴族籍と領地を売って金を手にした方が良いがどうする』って全員に声を掛けたそうだ。多くの貴族はその時に、お金を選んだ。でも数名は、貴族の特権を捨てたくなかったのか、相続を選んだ。提案した方も驚いただろうな『まさか相続するとは』って」
「もうそこから、馬鹿だな。少しでも頭が良かったら、絶対に金を選んだはずだ。問題を抱えた貴族に残っても損しかない」
ウルさんが馬鹿にしたように言うと、お父さんとアバルさんが苦笑しながら頷く。
「相続して驚いただろうな。賠償金の支払いで家に金は無いし領地の管理は難しい。その時に、周りに助けを求めたらよかったんだが、三男でも貴族だったから周りからは特別扱いされてきたせいで、矜持だけは無駄に高くてそれも無理。でも貴族籍を存続するにはある程度の金が要る。金が無いなら、どこかで作るしかない。で、この村の噂を聞いてやってきたんだろう」
この村の噂?
「もしかして『オカンコ村は金が有り余っているから、上手にやれば一攫千金も夢じゃない』とかいう、王都に一時期流れたあの噂か?」
ウルさんの言葉に、アバルさんが「それ」と笑う。
「あの噂は、王都に伝わるまでに随分と変わったんだよな?」
「まぁな。正しくは、『強い冒険者だったら、一攫千金も夢じゃない』だからな。上位冒険者を集めるためにオカンコ村が流した噂だ」
変わり過ぎ!
合っているのは、一攫千金だけなんだけど。
「まぁ、あんな馬鹿な噂を信じるのは一部だけだけどな。でもどうも2人は信じたらしい、しかも貴族だから権力をちらつかせれば、うまくいくと考えているみたいだ。実際に被害者を少し出しているしな。自分の領地ではそれが許されたかもしれないが、此処では許されないから」
「まぁ、作戦が上手くいって良かったな」
ウルさんの言葉に、アバルさんが笑う。
「この作戦をギルマスから聞いた時は、絶対に失敗するって思ったんだけどな」
えっ、ギルマスさんが考えた作戦だったんだ。
どんな人なのか、気になるな。