651話 ゆっくりしよう。
「いらっしゃいませ。あらら、ウルじゃない! 久しぶりね。あなたが案内役だったのね」
宿「あすろ」に入ると、小柄で可愛らしい女性が出迎えてくれた。
「久しぶりだな、チャギュ。元気そうで嬉しいよ。部屋は大丈夫かな?」
ウルさんの言葉に、「もちろん」と笑う女性は、私たちを見て少し頭を下げた。
「ようこそ、会えて嬉しいわ。えっと、部屋割りはどうしたらいいのかしら?」
全員を見て少し首を傾げるチャギュさん。
「ドルイドとアイビーは親子だから一緒の部屋で……あとは、どうする?」
ウルさんがエバスさんを見る。
エバスさんは一瞬不思議そうな表情をするが、なぜか顔を赤くして首を横に振る。
「別に一緒でもいいぞ」
ガルスさんの言葉に、エバスさんが睨みつけると「別々で!」と怒った。
その理由が分からず、首を傾げる。
「気にしなくていいぞ」
お父さんが小さく笑いながら、私の頭を撫でる。
もしかして、エバスさんはウルさんとガルスさんに揶揄われたのかな?
でも、部屋割りで?
「あら、可愛らしい反応ね」
チャギュさんが、私を見て嬉しそうに微笑む。
えっと、どこが可愛らしい反応なんだろう?
「ふふっ。さてと部屋は皆、一緒の階でいいわよね。えっと、2人部屋はこの2部屋で。あとは、向かいの1人部屋ね」
チャギュさんが、3個の鍵をウルさんに渡す。
「ウルも同じ階でいいの?」
「あぁ、それで頼む」
「分かったわ」
チャギュさんが4個目の鍵をウルさんに渡すと、ウルさんが階段を指す。
「3階だから、行こうか」
チャギュさんに、小さく頭を下げてから階段に向かう。
3階に着くと、ウルさんがお父さんに鍵を渡していた。
私はお父さんと一緒で角部屋。
その隣がガルスさんとエバスさんの部屋で、向かいにアルスさんの部屋。
ウルさんの部屋は、アルスさんの隣のようだ。
「とりあえず、お風呂に入って休憩しようか。話は……明日にしよう。今日は疲れた」
ウルさんの決定に、お父さん達が頷く。
私も賛成。
人の多さに、少し疲れたみたい。
まだまだ、人混みには慣れないな。
お父さんと部屋の中に入ると、窓が大きく明るい部屋だった。
「いい部屋だね。落ち着けそう」
「そうだな」
マジックアイテムを作動させて、ソラ達をバッグから出す。
部屋を探検するソラ達を見ながら、マジックバッグから必要な物を出していく。
「どれくらいこの宿で過ごすんだろう?」
その辺りの話をしてないな。
「それも明日の話し合い次第じゃないか。とりあえず1週間ぐらいと考えておくか」
「分かった」
服等の整理が終わると、お風呂の準備をする。
森の中では、お湯で体を拭くぐらいだったので楽しみ。
「久しぶりのお風呂だ!」
準備が整うと、ソラ達のご飯を準備して部屋を出る。
「そうとう嬉しいんだな」
ん?
お風呂への楽しみが、顔に出てるのかな?
片手で頬を押さえる。
確かに、笑ってる。
「ははっ。本当に嬉しいから」
汚れをさっぱり洗い流せるのも嬉しいし、芯からぽかぽか温まるのはもう最高。
「ゆっくり、お風呂を楽しんで」
お父さんの言葉に笑って、それぞれ別の扉に向かう。
あれ?
扉が3つ?
男湯、女湯……家族湯?
親子で入れるお風呂があるんだ。
初めて見た。
「さて、久しぶりだしゆっくり浸かろう」
…………
たっぷりのお湯を十分堪能してから、部屋へ向かう。
「ただいま。あれ?」
部屋に戻ると、ソラ達は既に夢の中のようで静かだった。
「お父さんはまだなのかな?」
まさか、私の方が先にお風呂から出てくるとは思わなかったな。
「あれ? もう帰ってきてたのか?」
鍵を開ける音が聞こえたので視線を向けると、お父さんが入って来た。
「お帰り。遅かったね」
いつもだったら、お父さんの方が早いのに。
何かあったのかな?
「あぁ、風呂から出てきたらウルに会って、ちょっと話をしてたんだ」
「そうなんだ」
廊下にはいなかったから、ウルさんの部屋にいたのか。
「明日、ジナルが紹介してくれたアバルと会える事になった。ただ、今少し忙しいみたいだからそれほど時間は取れないらしい」
「分かった」
ジナルさんの紹介だから大丈夫だろうけど、ドキドキするな。
アバルさん、どんな人かな?
「それと、夕飯だけどすぐに行けそうか? 少し休憩するか?」
「お腹は空いているから、大丈夫。お父さんは、大丈夫?」
「大丈夫だ。それならガルス達に声を掛けてから行こうか」
「うん」
トントン。
「ドルイド、アイビー、夕飯に行かないか?」
ウルさんの声だ。
お父さんが扉を開けると、ガルスさん達も一緒のようだ。
皆お風呂に入ったのか、さっぱりした表情をしている。
「今、ガルス達に声を掛けようとしてたんだよ」
「そうだったのか。それなら一緒に行こう」
全員で1階に下りて食堂へ行く。
がらんとした食堂に首を傾げる。
まさか、私達以外に泊り客はいないのかな?
「ウルさん、他のお客さんは?」
「あぁ、3人いるが。それぞれ部屋で食べるから」
「そうなんだ」
部屋で食べるのはかなり珍しい。
怪我をして動けないとか……もしかして、誰かから逃げている人達かな?
だから顔を出せない?
「待ってたわ。今日は、私の息子のお手製、『ぱんごたん』よ」
ぱんごたん?
初めて聞く料理名だな。
どんな、料理なんだろう。
それに息子さん?
姿は見えないけど、息子さんもいるんだ。
椅子に座って待つと、すぐにぱんごたんが運ばれてくる。
深めのお皿に、焦げたチーズが美味しそう。
「「「「「いただきます」」」」」
ぱんごたんは、一口大に切った黒パンをお皿に並べ、その上に小さく切った野菜が入ったシチューをたっぷりかけて、チーズをのせて表面をこんがり焼いた料理のようだ。
黒パンがシチューで柔らかくなっていて美味しい。
ただ、すごく熱い!
「あつっ。う~でもおいしい」
アルスさんが勢いよく食べる隣で、ガルスさんがゆっくり食べ進めている。
いつもよりゆっくり食べるその姿に首を傾げる。
「ガルスは熱いのが苦手なの。お茶でも冷めるのを待ったり、ちょっと水を足したりしてるのよ」
そうだったんだ。
全然、気付かなかった。
何度も一緒にご飯を食べているし、お茶もしているのに。
「気付かせないように食ってるのに、なんでばらすかな」
ガルスさんがアルスさんを見ると、彼女は肩を竦める。
「どうして隠すのかが分からない」
その言葉に不服そうな表情をするガルスさんに笑ってしまう。
「気になっていた女子に、『女の子みたい』って、揶揄われたんだよな」
「……お前らな」
エバスさんの言葉に、肩を落とすガルスさん。
お父さんとウルさんの肩が揺れている。
それに気付いたガルスさんが、諦めたようにため息を吐いた。
「騎士を目指していた8歳の頃に言われたから、ショックが大きかったんだよ」
騎士を目指してたんだ。
「あぁ、それはショックだな」
ウルさんの言葉に、お父さんが視線を向ける。
「ウルも何か経験があるのか?」
「好きな子に言われた言葉は、気になったりしないか?」
「さぁ? 経験が無いな」
「なんてつまらない人生なんだ」
ウルさんの言葉に、お父さんが不機嫌な表情になる。
2人のやり取りに笑っていると、チャギュさんが新しい料理を持ってきてくれた。
「2人は、仲がいいのねぇ」
それに複雑そうな表情をするウルさんとお父さん。
確かに、気は合っているかもしれないね。




