648話 ここまで聞こえたの?
オカンコ村に近付くと、冒険者達が集まっているのが見えた。
何かあったんだろうか?
お父さんとウルさんを見るが、分からないと首を横に振った。
「全員、集まったか」
「俺達のところは、全員いるぞ」
「私のチームも全員いるわ」
冒険者達を纏めるリーダーと思われる男性が、書類を片手に冒険者達を確認している。
「3日ほど前に、森の中に不気味な鳴き声が響きわたった。この周辺を調べたが原因は不明だから、これから少し遠い場所を調査する。危険な魔物の可能性が高いので、気を緩めるな」
リュウの鳴き声が、ここまで響いていたんだ。
それは凄いな。
森へ移動し始めた冒険者達の邪魔にならないように脇に避けて通り過ぎるのを待つが、見送っていいのだろうか?
既にあの鳴き声のリュウは、飛び去った後なんだけど。
不思議に思ってウルさんとお父さんを見るが、冒険者達に声を掛ける気はないのか通り過ぎると村へ向かって歩き出した。
「言わないんだね」
アルスさんも不思議そうに、お父さんとウルさんを見る。
「ギルマスへの報告が先だからな」
そういうものなの?
分からないけど、2人の判断だから間違いはないだろう。
「あの門番、俺達を見て焦ってないか?」
ウルさんの視線を追うと、確かに私達を見て焦っている門番の姿が目に入った。
なんだか嫌な予感がするな。
オカンコ村では、のんびりしたいんだけど。
あれ?
既に森の中で、面倒事に巻き込まれていたのかな?
いや、まだ大丈夫だよね?
だって、何かしようとした人達は既に亡くなっているみたいだし。
リュウの子玉は孵って、親と一緒に飛び去ったし。
うん。
大丈夫……だと思いたい。
「どうしたんだ? 随分と神妙な表情をしてるが。何処か痛いのか?」
「えっ」
声に視線を上げると、お父さんが心配そうに私の顔を覗き込んでいた。
また、考えに没頭していたみたい。
この癖は、直さないと駄目だよね。
でも、お父さんが一緒だとちょっと気が緩んでしまって。
「大丈夫」
「それならいいが、体調が悪いんだったらすぐに言うんだぞ」
「うん」
お父さんと、門番と話しているウルさんの傍に寄る。
少し揉めているように見えるけど、どうしたのかな?
「入れないって、どうして?」
「あ~それは、俺では無理でして……ちょっとだけ待って下さい」
ウルさんが門番さんの態度に大きなため息を吐くと、門番さんが不安そうにビクリと震えた。
その様子に、ウルさんとお父さんが眉間に皺を寄せた。
まぁ、その反応は仕方ない。
だって門番は、村や町を守る最後の壁。
なのに、ウルさんのため息ぐらいで怖がるのはどう考えても駄目。
この目の前の男性は、門番では無いのではないだろうか?
「何をしているんだ? あれ? お前がなぜここに?」
姿は見えないが、女性の声が聞こえた。
「あっ。その、今日から門番になれと……」
今日からなんだ。
でも、自警団員である事は間違いないよね?
だったらある程度は訓練を受けているはずだから、ここまで怖がっているのはおかしい。
この村、大丈夫かな?
「今日から? あ゛~、あの馬鹿共のせいでかっ!」
女性の声に凄みが増したのが分かった。
かなり怒っているみたい。
「ん? 冒険者かい? どうして入れないんだ?」
女性が扉から顔を出して、私達を確認すると門番さんを見た。
目の上に傷がある女性で、迫力があるな。
「えっ。いや、入れていいのか判断が……」
戸惑った門番さんに女性が頭を押える。
「身元の確認は?」
「……方法を知りません」
「はぁ。門番の仕事について説明は?」
「……いえ、まったく」
困った表情の門番さんの肩をポンと叩くと、私達の方を向いて頭を下げた。
「申し訳ありません。こちらのいざこざに巻き込んでしまって」
女性が頭を下げたので、門番さんも慌てて頭を下げた。
「大丈夫ですよ。知らなかったのなら仕方ありませんから。それで、我々は村には入れますか?」
ウルさんが、笑みを見せて村に入れるか聞くと女性は「もちろん」と扉を開けてくれた。
「えっ?」
部屋に入った瞬間、全員の足が止まった。
何が起こったのか。
部屋の中が、かなり荒れている。
「すみませんね。ちょっと門番をしている奴らが部屋の中で喧嘩をしたもので」
喧嘩?
この部屋は村に入るための手続きをする、重要な場所だよね?
「身元を証明する物を、こちらにお願いします」
女性がマジックアイテムを、ガタガタと揺れるテーブルの上に置く。
ウルさんとお父さんが苦笑しながら、それぞれギルドカードを出すとマジックアイテムの上に置いた。
次に私で最後にガルスさん達が無事に身元を証明して、通行証をもらう。
「このテーブルは、もう駄目だな」
女性の言葉に、全員で頷いてしまう。
最初は水平だったけど、今は右に傾いている。
女性がマジックアイテムをテーブルから持ち上げると、ガタンと大きな音がしてテーブルの脚が一ヶ所折れた。
苦笑した女性が、マジックアイテムを棚に置く。
「マジックアイテムが壊れるより、マシかな」
「激しい喧嘩だったんですね」
ガルスさんが倒れかけたテーブルを支えると、そのまま横向きに置いた。
「そうなんですよ。恋人を取った取られたと、まったく」
男女関係のいざこざで?
「気性の荒い奴ばかりが、門番に集まっていたので喧嘩も激しくて。彼も奴らのせいで、臨時でここに来させられたみたいです。悪いな」
女性が門番さんを見て、小さく頭を下げる。
それに慌てて首を横に振る門番さん。
「臨時?」
ウルさんの不思議そうな表情に、女性が力なく頷く。
「えぇ、門番の大半が喧嘩に加わったので、謹慎処分にしたら人手が足りなくなってしまって。それで隊長が、団長に人手を回してもらえるようにお願いしたんですよ。で、彼が門番たちの尻ぬぐいでここに、という事でしょうね」
なるほど。
門番さんを見ると、苦笑していた。
「彼は事務の仕事が中心で、荒事とは無縁です。まさか、ここに来させるとは」
女性が申し訳なさそうな表情をすると、門番さんが小さく笑った。
「俺も『気が小さいので向いてない』と言ったんですが、少しの間だけだと言われて」
「団長にすぐに元に戻れるようにお願いするから、戻るまで門番の仕事を手伝ってほしい。頼むよ」
女性の言葉に頷いた門番さんは、気は小さいのかもしれないけど面倒見はいいのかな?
話しながら、掃除を始めているからね。
「冒険者ギルドのギルマスに会いたいのですが、どこにいるか分かりますか?」
ウルさんの質問に、女性が少し考えこむ。
「3日ほど前、森に不穏な鳴き声が響き渡ったんですよ。聞こえました?」
女性の言葉にウルさんが頷く。
「えぇ、かなり広範囲だったみたいですね」
「そうなんです。それの調査に冒険者を派遣したので、報告待ちをしているはずです。だから冒険者ギルドか自警団……冒険者ギルドの方にいる可能性が高いと思います」
冒険者ギルドか。
「そうですか、ありがとうございます」
ウルさんがお礼を言うので、一緒に小さく頭を下げる。
散乱している物を避けながら部屋を出ると、大通りには人が溢れかえっていた。
「凄い人」
人の声がかなり聞こえていたから、人が多いのは予想したけど思った以上だ。
「このオカンコ村の周辺には、大きな洞窟が8ヶ所もあるんだよ。そのうちの半分の洞窟が、人気の高いマジックアイテムをドロップするから、冒険者がこの村に集まるんだ。それにしても、多いな」
洞窟で有名な村なんだ。
あれ?
「地図には洞窟の事は載ってなかったよね?」
「あぁ、載せないようにしていると聞いた事があるな」
そうなんだ。
それにしても、この人混みを避けて冒険者ギルドに行くの?
「アイビー、迷子にならないようにな」
お父さんの言葉に、お父さんが着ている上着の右裾をギュッと掴むと頷く。
「うん」
気を付けよう。
最弱テイマー、ライトノベル2巻と5巻の重版が決定しました。
皆様のおかげです。
ありがとうございました。
また、5巻の誤字脱字を教えて頂いた皆様、ありがとうございます。
担当者さんに報告させていただきました。
これからも、最弱テイマーをどうぞよろしくお願いいたします。