番外編 フェシーラの仕事2
ラトメ村を走り回って、逃げ出したラットトという小型の魔物を探す。
「そっちにいたか?」
自警団員の声が聞こえたので立ち止まり、耳を傾ける。
「いや、この辺りにはいないみたいだ。大通りに戻ろう」
声の響き方から考えて、建物を挟んだ向こう側にいるみたい。
「広場付近で見たという目撃情報だ」
広場!
団員達がいる通りは行き止まりだから、私の方が広場に近い。
「私の方が広場に近いので、向かいます」
「フェシーラか?」
「はい」
「頼む」
「はい!」
広場に向かって走りだす。
走り出した先に、自警団員の中でも親しくしてくれているホスラ先輩の姿があった。
「どこへ向かうんだ?」
「広場です。目撃情報があったので」
ホスラ先輩の前で立ち止まり、状況を説明する。
「分かった。俺も行く」
「はい」
ホスラ先輩が一緒だと心強いな。
「フェシーラ。ラットトは、噛むから気を付けろよ」
「はい」
「見つけたら、正面でちょっとラットトの注意を引いてくれ。後ろから網を使って確保するから」
ラットトの前で動いていれば、興味を引けるかな?
「分かりました」
ホスラ先輩の作戦を聞きながら、広場に向かう。
あちこちから自警団員の声が聞こえるが、まだ確保という言葉は聞こえない。
そうとう、苦戦している。
「動きが素早いから、捕まえるのが難しそうだな」
「そうですね」
先輩の隣を走りながら、周りを注意深く見る。
探しているのは、体長20㎝ほどの子供のラットト。
ラトメ村の近くの森で、動きが怪しい者がいるという目撃情報があった。
すぐに自警団員が確認に向かい、4人の冒険者の格好をした密猟者を捕まえて来た。
彼らの持っていたカゴの中にいたのが、捕まえる事が禁止されている4匹のラットトだった。
ラットト自体は危険度の低い魔物だが、他の魔物をおびき寄せる力があるのではないかと警戒されている。
でもそれが本当なのかは、確証が無いとオグト隊長が言っていた。
ただ、ラットトがいた村や町が何度も魔物に襲撃されたという事実があるので、何らかの関連はあるかもしれないみたい。
「あ~、こんな時に! 運が悪すぎる! ギルマスや団長、オグト隊長やヴェリヴェラ副隊長がいてくれたら」
ホスラ先輩の嘆く声に、走りながら同意する。
せめて1人だけでもいてくれたら、こんなミスは起こらなかったのに。
ギルマスは森の奥で暴れている魔物の討伐に向かい、団長は隣の村に犯罪者を引き渡しに行った。
通常、魔物の討伐にギルマスが出る事は無いが、今回は危険度が高いため上位冒険者とギルマスが向かった。
犯罪者の引き渡しも、本当なら団長ではなく他の者の役目なのだが、引き渡す犯罪者が何度も逃亡しているため団長がその役目を引き受けた。
そしてオグト隊長とヴェリヴェラ副隊長は、残っている密猟者たちの確保に向かった。
そのため村には、自警団の副団長しかいなかった。
本来なら問題はない。
でもなぜか、ラットトの入っていたカゴが壊れてしまったのだ。
それでも、すぐに対応すれば問題なかった。
ただ、副団長には通常の倍以上の仕事が舞い込み、ちょっと追い詰められていた。
その結果、対応が後手に回りラットトが村の中に逃げ込んでしまったのだ。
ホスラ先輩の言う通り、運が悪かった。
「オグト隊長とヴェリヴェラ副隊長は、今日中に戻ってくる。それまでに捕まえるぞ」
「はい。頑張ります」
ラットトは、成体でも体長30㎝~35㎝ほどしかなく、穏やかな性格で人を襲う事はほとんど無い。
「攻撃されると反撃する」と本に書いてあったけど、それは当然の事だと思う。
ラットトは噛むが牙がそれほど鋭くないので、本来ならこれほど慌てて追い掛け回す事は無い。
ただ、ラットトの中には毒を持っている個体がいる。
そして、カゴの中には毒持ちのラットトがいた。
それが、今の状況を生み出している。
ラットトの毒は弱いため死ぬ事は無いが、10日ほど高熱で寝込むらしい。
噛まれた後2時間以内に毒消しポーションを飲めば症状は出ないのだが、村の人達が大量に毒持ちのラットトに噛まれると、毒消しのポーションが足りなくなる可能性がある。
被害者を出さないためにも、なるべく早くラットトを確保しないといけない。
「広場に来たが、どの辺りだ?」
ホスラ先輩と広場の前で立ち止まり、周辺を見回す。
「いないですね」
「あっ、ほら」
ホスラ先輩が指す方を見ると、店の影に隠れるようにラットトの姿が見えた。
「後ろに近付くから、前から注意を引いてくれないか?」
「はい。やってみます」
ホスラ先輩と別れて、ラットトの傍にそっと寄る。
ある程度近付くと、ラットトと視線が合う。
逃げられると駄目なので、視線が合ったところで立ち止まり、相手の様子を窺う。
ラットトも、私の出方を見ているように見える。
「ホスラ先輩は……あっ、いた」
ラットトの後ろから、近付くホスラ先輩の姿を確認する。
ある程度近付いたら、後ろの気配に気付くはず。
それをなるべく遅くするためにも、私がラットトの注意を引き付ける必要があるんだよね。
どうしよう。
とりあえず、ラットトが後ろを見ないように手を振り回してみようかな。
あっ、視線が手を追ってる。
あと少し。
ちょっとだけ近付いてみよう。
私の事を警戒したみたい。
これだったら、後ろのホスラ先輩に気付かないかも!
あっ、ラットトがホスラ先輩に気付いた!
慌てた様子で逃げようとしたラットトに向かって、ホスラ先輩が網を放り投げる。
一瞬、ホスラ先輩の方が早かった。
「確保!」
ホスラ先輩の声に、あちこちから拍手が起こる。
「お疲れ様です」
「まだ子供のラットトだから助かったよ。大人だと一瞬で逃げられる」
ホスラ先輩が、網の中で暴れているラットトを見る。
「あと3匹か……」
「頑張りましょう」
私の言葉に、疲れた表情で笑うホスラ先輩。
たぶん私も、似たような表情をしているんだろうな。
捕まえたラットトを持って冒険者ギルドに向かう。
自警団では逃がしてしまったので、冒険者ギルドが預かってくれることになっている。
今度は、絶対に逃がさないでほしいです。
…………
「お疲れ様」
オグト隊長が、私とホスラ先輩に果実水を渡してくれる。
受け取って頭を下げる。
今は、声を出すのもしんどいです。
3匹までは確保できた。
でも、毒持ちのラットトがどうしても確保できなかった。
その間に、3人が毒持ちのラットトに噛まれて、毒消しポーションを使う事態に。
確保するための作戦を考えていると、オグト隊長とヴェリヴェラ副隊長が、隠れていた密猟者を捕まえて帰って来た。
その後は、現状を聞きすぐさま確保のため動いてくれて、1時間後には、4匹目が確保された。
流石オグト隊長とヴェリヴェラ副隊長です。
「頑張ったんだな」
確保に、協力した事を言っているんだろうか?
オグト隊長を見ると、ポンと頭を撫でられた。
……あれ?
何だっけ?
「そうとう疲れてるな。寝るなら、家に戻れよ」
家か。
戻って大丈夫かな?
なんだか、頭がふわふわする。
「そうとう疲れてるな」
オグト隊長の言葉に、こくんと頷く。
それから首を横に振る。
「このまま、この場所で寝そうだな。フェシーラ、家まで送っていくな。後を頼むぞ」
オグト隊長に立つように促される。
「はい……」
あれ?
ふらつく?
「休憩なしで、ほぼ6時間。よく頑張ったな」
6時間も走り回ってたんだ。
ここで働くようになって、少しは体力が付いたけどまだまだだな。
あ~、膝ががくがくしてる。
明日が不安だな。
立てるかな?




