642話 前日まで、森の中
出発前日。
アルスさんが、仕掛けた罠の中をそっと覗きこんだ。
「やった! 1匹確保!」
獲物が入っていたみたいで、嬉しそう。
「あ~、駄目だ。エバスは?」
「俺も駄目だった」
ガルスさんとエバスさんの悔しそうな声につい笑ってしまう。
昨日、体力作りの最終日。
早めに終わらせて、罠を仕掛けて来たと言われた時は驚いた。
出発の前日まで、森に入るのかと。
話を聞けば、罠を作っている時に誰が一番いい罠を仕掛けられるかという話になったらしい。
で、結果を見るために勝負をする事になったみたい。
今のところガルスさんとエバスさんは、失敗。
アルスさんの勝ちかな?
「甘いな。俺は、3匹だ!」
「うそ! 3匹も?」
アルスさんが、ウルさんの仕掛けた罠の中を見る。
そして、悔しそうな表情を見せる。
勝負はウルさんの勝ちかぁ。
にしても、3匹は凄いな。
ドサッ。
「にゃうん」
物が落ちる音と、シエルの鳴き声。
視線を向けると、自慢気なシエルの姿が見えた。
「えっ?」
そして、シエルの前には1匹の中型の魔物。
「あはははっ。シエルの勝ちだな」
お父さんが、シエルと魔物を見て楽しそうに笑いだす。
「まさか、オルル?」
ウルさんが唖然と呟くのが聞こえた。
オルル?
何処かで聞いた事がある名前だけど、どこでだったかな?
……あっ、トトムさんのお薦めしてくれた魔物の肉だ。
ちょっと癖があったけど、美味しかった。
「こんな魔物だったんだ」
シエルの前に横たわっているオルルに近付き、全身を観察する。
全身が灰色の毛で覆われていて、前脚の先からは鋭い爪が見えている。
「この体つきは、まだ若いオルルだな」
お父さんの言葉に、もう一度オルルを見る。
若いのかな?
かなりがっしりした体つきだけど。
「シエルの勝ちって、これは罠の勝負だろう?」
「にゃ゛」
ウルさんの言葉が不服なのか、シエルが抗議するように鳴く。
それを聞いたウルさんが、小さく笑ってシエルの頭を撫でた。
「分かった。シエルの勝ちな」
「にゃうん」
満足そうに鳴くシエルに、皆で笑ってしまう。
普段、周りに優しいシエルだけど、狩りの事に関しては譲らないよね。
「さてと、解体するか」
「そうだな。時間もないし」
お父さんの言葉に、ウルさんが準備を始める。
オルルの登場に、ちょっと予定が変わってしまったけど大丈夫かな?
「それは?」
ウルさんが取り出した、細い管に首を傾げる。
管の先には、四角い箱がありボタンのような物が見える。
ボタンがあるという事はマジックアイテムだろうけど、何に使うんだろう?
「これがあれば、魔物の血抜きが一瞬で終わるんだよ」
血抜きのマジックアイテムなんだ。
お父さんが持っている物とは違うから気付かなかったな。
ウルさんが、管の先を魔物の口の中に入れて、ボタンを押す。
ボン。
「はい、終わり」
お父さんが持っている、血抜きのマジックアイテムも仕組みがさっぱり想像できないけど、これもいい勝負だ。
なぜ口で血抜きが出来るのか。
まぁ、そういう物だと理解するしかないんだろうな。
血抜きされ、皮が処理された5つの獲物の肉を、ガルスさんと私で切っていく。
ウルさんも途中から参加してくれたので、あっという間に切り終わる。
エバスさんとお父さん、アルスさんは、後片付けをしてくれた。
「よし、終わり」
ウルさんが、周りを見て頷く。
「流石に6人だと、すぐ終わるな」
「そうだな」
エバスさんとお父さんも後片付けが終ったようだ。
「ぷっぷぷ~!」
「てっりゅりゅ~」
遊び疲れてシエルと寝ていたソラ達が、何かを見つけたのか一声鳴くと私を見た。
「どうしたの?」
ソラの視線を追って森の奥を見ると、ラビネラ達の姿があった。
こちらの様子を窺っているようだ。
手を振ってみる。
「「「きゅっ」」」
少し遠いが、羽がパタパタと動いているのが見える。
相変わらず可愛い。
「明日、この村を出発するの。元気でね」
ラビネラ達に向かって声を掛ける。
分かってくれるかな?
「「「きゅっ」」」
ははっ、挨拶してくれてるみたい。
あっ、行っちゃった。
「挨拶みたいだったな」
お父さんも同じように感じたみたいで笑ってしまう。
「私も、そう思った」
隠れ家に戻ると、今日手に入れたお肉にそれぞれ下味をつけてマジックバッグに入れる。
これで、旅の間に美味しく食べる事が出来る。
「すみません」
ん?
この気配は、プラフさんとえっともう1人……誰だっけ?
「久しぶりだな」
お父さんが対応に出たのか、声が聞こえて来た。
挨拶したいから、行っても大丈夫かな?
そっと、調理場から顔を出してみる。
あっ、騎士のホルさんだ。
「アイビー」
お父さんが気付いて、手招きしてくれたので急いで傍に行く。
「アイビーさん、お久しぶりです」
本当にお久しぶりだ。
「お久しぶりです。プラフさん、ホルさん」
軽く頭を下げると、2人も下げてくれる。
隠れ家を貸してくれたお礼を言うと、プラフさんが少し恥ずかしそうに笑った。
「どういたしまして。次回は、この宿に泊まって下さい」
「宿?」
「はい。この隠れ家は、宿として活用することに決まったんです」
そうなんだ。
次に来た時が楽しみ。
「必ず泊まりますね」
ホルさんは、元の任務に戻るため今から出発するらしい。
「お気をつけて」
最初に会った時、騎士の人達は魔物に3回も襲われ、その後に継承問題関係で襲われている。
だから、本当に気を付けて欲しい。
「ははっ。アイビーさんには、情けない所を見られていたな。ありがとう、気を付けるよ」
2人は少しお父さんと話をすると、帰って行った。
「また、会えるといいね」
「そうだな」
プラフさんはこの村に来たら会えるだろうけど、ホルさん達は難しいだろうな。
「さて俺たちは、明日に備えて今度こそゆっくり過ごそうな」
「うん」
明日は、早朝に出発予定だからね。
…………
「はぁ、別行動かぁ」
目の前でジナルさんが大きなため息を吐く。
今、それを私に言われてもどうしようもない。
そもそも、その決定を下したのは、目の前で大きなため息を何度も吐いているジナルさんだ。
「鬱陶しい」
お父さんの容赦のない言葉に、ジナルさんが肩を竦める。
「ドルイドが羨ましいよ。俺達も明日には王都に向かうんだけど、王都では面倒な連中と顔を突き合わせて、理解出来ない奴らに説明して、馬鹿丸出しな質問を受けて、意味不明な嫌味を言われて、頭がおかしい連中と食事だぞ?」
「……頑張って下さい」
これ以外に言葉が出ない。
というか、ジナルさんの所属している組織の上の人の事?
「表の付き合いな」
ジナルさんの言葉に頷く。
そうだよね。
教会と戦っている人たちが、頭がおかしいなんて。
「貴族関連か」
「あぁ」
お父さん、凄い。
ジナルさんのあの説明で分かるんだ。
「ドルイドとアイビーも、気を付けて。オカンコ村に着いたら仲間から王都の様子について聞いてくれ。ガリットが王都から情報を流しているはずだから」
「分かった。ジナルも気を付けろよ」
「ジナルさん、色々とありがとうございます。道中……王都に着いても気を付けてくださいね」
王都に行っても大変そうだからね。
「あぁ、ありがとう」
フィーシェさんとも挨拶をすると、ジナルさんと同じように王都で会う人達の事で嘆かれた。
一体、どんな人に会うのか。
ガルスさん達とウルさん、お父さんと私で門を出る。
振り返ると、ジナルさんとフィーシェさんが手を振っていた。
それに手を振り返すと、オカンコ村に向かって出発する。
「道中、のんびり旅を楽しめたらいいね」
「そうだな。村に着くといろいろと巻き込まれるからな」
お父さんの言葉に苦笑が漏れる。
本当にね。
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