641話 ありがとう
休憩を終えて、アイテム屋に向かう。
隣を歩くお父さんを見る。
なぜか周りを警戒?
いや、そこまで気を張ってはいないけど、注意をしている気がする。
もしかして、会いたくない人がこの村にいるのかな?
お父さんは昔、裏の仕事までしていた凄い冒険者。
きっと、恨みを抱いている人もいるだろう。
あっでも、そういう人を警戒するならもっと気を張るよね。
もう一度、隣を歩くお父さんを見る。
……それほど緊張感はない。
呼吸もいつも通り。
え~、どういう状態?
「どうした?」
「……誰か会いたくない人でもいるの?」
ここは直球で聞いてしまおう。
「えっ? 会いたくない人?」
この様子だと、違う?
いや、ちょっとだけど動揺した気がする。
「どうして、そんな事を聞くんだ?」
あっ、正解みたい。
今の言葉に、ほんの少しだけど緊張感があった!
「周りを気にしているみたいだったから」
でも、会いたくない人は警戒するほど危険な人物ではないみたい。
「ははっ、アイテム屋が何処か探してただけだ」
「そう?」
「そうだよ」
お父さんをじっと見る。
視線を合わせて笑うお父さん。
「そっか」
今の表情では、本当に分からない。
すごいなぁ。
どうやったら、揺れた感情を一瞬で制御できるようになるんだろう。
何か訓練方法でもあるのかな?
師匠さん直伝?
「アイビー、あそこにアイテム屋があるぞ」
お父さんが指す方を見ると、確かに看板にアイテム屋の印がある。
「入って見ていい?」
「いいぞ」
お父さんとお店の中に入ると、店内を見回す。
一般的なマジックアイテムの他にレアのマジックアイテムまであるのが分かった。
「いらっしゃい」
「見て回ってもいいですか?」
「どうぞ」
店主さんは、細身で色白の40代ぐらいの男性。
目付きがちょっと鋭いので、視線が合うと睨まれているみたい。
店内にあるマジックアイテムをゆっくりと見て回る。
馴染みのある、遮音アイテム。
色々な種類があるので、見ているだけでも楽しい。
「アイビー、灯りにも色々あるんだな。これ、可愛くないか?」
お父さんが手に取った灯りを見ると、花の形をしていた。
初めて見たので、ちょっと興奮してしまう。
今まで見てきた灯りには、装飾された物は無かった。
「本当だ。可愛い」
「欲しい?」
「いらない」
旅には必要ないよ。
「……そっか」
なんで残念そうなの?
お父さんが欲しかったのかな?
「調理器具が置いてあるところを見てくるね」
「あぁ」
お水を出したり、お湯を出したりする定番のマジックアイテムから、
「よく焦げるお鍋?」
使い道が分からないマジックアイテムまである。
「なにこれ、いつでも熱々皿?」
えっと、『このお皿に料理を載せると、時間が経ってもずっと料理は温かいまま。ただし、お皿に触れている部分は焦げます。』か
「それは駄目じゃない」
冷めないのはいいけど、焦げたら駄目だよね。
「欲しい物は有ったか?」
「無いみたい。お父さんは、有った?」
「剣を手入れするマジックアイテムで、探している物があったから買ってきたよ」
この店に来たのが無駄にならなくて良かった。
「次に行こうか」
「うん」
お店を出ると、お昼休憩なのか大通りを歩く人が増えていた。
お父さんが私の手を握ると、人の少ない所を選びながら歩きだす。
「戻って、ゆっくりする?」
「いや、もう少し見て回ろう」
お店と屋台を見ながら、時々立ち止まって商品を手に取る。
楽しいな。
「そろそろ帰ろうか」
気付くと、結構な時間をお店と屋台で費やしてしまったみたい。
「そうだね」
隠れ家に向かうと、お父さんの雰囲気が少し変化したことに気付いた。
微かに感じる緊張感。
周りを、こっそり見回す。
後をつけられている様子は無いし、敵意も感じない。
ジナルさんが、私は不穏な気配に敏感だと言っていた。
それなのに、お父さんの緊張した原因が分からない。
相手が相当な手練れなんだろうか?
「アイビー、どうした? 何かあったのか?」
あっ、私の緊張が伝わってしまったみたい。
「大丈夫。お父さんは大丈夫?」
「ん? 俺?」
不思議そうに私を見るお父さん。
あれ?
少し前に、緊張してたはずなんだけど。
「何もないよ。さぁ、とっとと帰ろう」
「うん」
隠れ家に着くと、中から複数の気配を感じた。
ガルスさん達の気配とジナルさんとウルさんの気配。
あっ、フィーシェさんもいる。
ただ、なんだかいつもと雰囲気が違うような気がするな。
「皆、戻ってるみたいだね。でも何かあったのかな? いつもと違う気がする」
「はははっ」
えっ、どうして笑ったの?
お父さんを見ると首を横に振られてしまった。
「入ろう」
「うん」
首を傾げながら、皆がいる部屋に向かう。
いつも食事をしている部屋だ。
「ただいま――」
「「「「「誕生日、おめでとう」」」」」
ん?
誕生日?
ちょっと前に10歳になったのは覚えている。
「アイビー。10歳の誕生日、おめでとう」
隣に立つお父さんを見る。
あっ!
装飾された部屋に、いつもより豪華な食事。
お父さん達は、これを隠していたんだ。
「ありがとう。嬉しい」
よかったぁ。
問題が起きてなくて。
皆でテーブルを囲むと、ジナルさん達から箱を渡される。
「おめでとう」
「ありがとう」
誕生日のプレゼントみたい。
私のために時間を使って選んでくれた事が嬉しい。
ガルスさん達からも貰ってしまった。
「はい」
えっ?
お父さん、プレゼントの数がおかしくないかな?
「ドルイド、いったい何個あるんだ?」
フィーシェさんが、呆れているのが分かる。
ジナルさんはため息を吐いている。
それも仕方ないよね。
どう見ても10個以上あるように見える。
「14個だな」
「ふふっ。ありがとう」
なんだか、笑えてしまう。
でも、嬉しいけど注意はしておかないと。
「お父さん、誕生日のプレゼントは1個でいいよ」
「数に決まりはないだろう?」
いや、そうだけど。
えっ、これは何を言っても無駄なのかな?
ジナルさんを見たら、肩を竦められた。
「あははっ。ありがとう」
無駄なのか。
よしっ、だったらお父さんの誕生日には負けないように色々選ぼう。
あれ?
お父さんの誕生日はいつだっけ?
「お父さんの誕生日はいつ?」
「4月だよ」
来年か。
頑張ろう。
料理はジナルさんの仲間の人と、トトムさんの所で出会った男性が協力してくれたらしい。
かなり美味しくて、作り方が気になる料理が2つもあった。
ジナルさんにそれを言うと、作り方を訊いてくれると約束してくれた。
「あっ、そうだ。サフサから預かってたんだ。どうぞ」
フィーシェさんから受け取ったのは、本。
表紙を見て、ちょっと笑ってしまう。
なぜなら「人体の急所の全て」と書かれていたから。
ちょっと中を読むと、効率的に急所を攻撃する方法が載っていた。
後でじっくり読もう。
「アイビー、楽しい?」
お父さんがちょっと心配そうに私を見る。
「すっごく楽しい」
こんな楽しい時間をプレゼントしてくれてありがとう、お父さん。
ーその夜ー
ードルイド視点ー
「ドルイド、これからはアイビーに隠し事は止めておけよ」
ジナルの言葉に頷く。
「分かってる。まさかこんなに疲れるとは思わなかった」
まさか、隠し事をしている事に気付かれるとは思わなかった。
ジナルもウルも現役で、裏の仕事を任される凄腕。
俺もそれなりの経験を積んでいる、元冒険者。
この3人の態度で異変を感じるなんて。
しかも、こんな俺たちに堂々と探りを入れてきた時は正直驚いたよ。
「アイビーの探り方って、自然で的確だったよな」
ウルの言葉にジナルが頷く。
「あぁ、上位冒険者と変わらなかった。すごかったな」
そうなんだよな。
誰に教わったのか、探る相手のちょっとした態度を見てるんだよ。
しかも呼吸まで。
そのお陰で、ここ数日は全然気が休まらなかった。
次の11歳の誕生日は、一緒に考えよう。
隠すと、アイビーの視線に緊張する事になる。
うん、一緒に考えた方がきっといい誕生日になるはずだ。
 




