67話 緊張
「どうかしたの?」
ミーラさんの声に、体がびくっとなりそうなのを必死に抑え込み、どうにか平静を装おう。
不信感を持たれない様に静かに深呼吸して、ミーラさんに視線を向ける。
ふんわりと笑うミーラさんの表情。
昨日は安心できたその表情に恐怖を感じてしまうが、何とか笑顔を返す。
まだ、ミーラさんが組織の人間だと決まったわけではないと、何度も頭の中で繰り返しながら。
「スライムが不思議で」
緊張しているからだろうか、言葉が上手く出てこない。
どうしよう。
「スライム?」
「消化速度がゆっくりだな~って話していたんだ」
隣からラットルアさんの声が聞こえる。
そうだ、私は1人ではないのだから、大丈夫。
ラットルアさんに視線を向けると、「ねっ!」っと言いながらウィンクしてくる。
「消化速度がゆっくり? それを言うなら、私のテイムしているスライムが一番遅いわよ」
「一番遅い?」
「そうそう、剣を消化するレアスライムを持っているけど、1日かかっちゃうもの」
ラットルアさんは、剣を消化するスライムはレアスライムだって言っていた。
レアスライムでも、それだけの時間がかかるのか。
「アイビー、スライムが気になるなら、こっち来て見ていて良いよ?」
1匹のスライムを手に持って、私に見せるミーラさん。
これは見せてもらった方が怪しまれないよね。
でも……。
「悪いミーラ。討伐もそろそろ終盤だから、掃除を頼まれているんだよ」
「掃除?」
「そっ、リーダーから。休むなら掃除をしとけってさ。人使い荒いよね~。で、アイビーと一緒にやる予定」
アレ?
そんな話、聞いていないけどな。
言い忘れ?
「そっか。討伐も後1日ぐらいらしいしね。そう言えば今日はモウのお肉が分けられるんでしょ?」
「そうそう。オーガ討伐中にうまい具合に狩れてね。みんなで分けても十分な量だよ」
「夕飯、私たちと一緒に食べない?」
「……別にいいけど、リーダーも一緒だよ?ミーラの兄貴たちって確かリーダーが苦手じゃなかったっけ?」
「えっ、あぁ、そうね~。嫌がるかも。残念だわ」
「ハハハ、ほんと残念だね。そろそろ掃除を始めるよ」
「わかった。またねアイビー」
「はい」
何だろう?
知らない間にいろいろと話が決まっているのだけど。
モウの生肉が手に入るのは聞いていたけど、リーダーも一緒に夕飯?
そうか、今日は1人分が追加になるのか。
頑張って作らなきゃな。
それにしても、ラットルアさんのおかげでミーラさんと2人っきりになることは回避できたみたい。
よかった。
「ふぅ~」
無意識にこぼれたため息に、慌てて近くにいるラットルアさんを見る。
「ん? どうかした?」
……気づかれなかったようだ。
頭を軽く撫でてくるラットルアさんに、慌てて首を横に振る。
「あ~、ごめんな。掃除とか勝手に決めちゃってさ」
「いえ。お世話になっているので、役に立てるならうれしいです」
「そっか。そう言ってもらえると、無断で了解した身としては助かる」
少し笑い合ってから、広場の全体の掃除を始める。
それぞれテントの間に落ちているゴミなどを集めて行く。
毎日ゴミは集めてはいるが、それでも見逃されるゴミが結構ある。
広場全体で集めると、それなりの量が集まる。
だが、綺麗好きな冒険者が多かったのか、覚悟したほどゴミは集まらなかった。
村で用意されている冒険者用の広場は、正直汚い場所が多い。
「綺麗だろ?」
「そうですね。冒険者の広場を想像してたので驚きました」
「リーダーの仲間の1人が綺麗好きでさ。汚く使ったら怖いんだよ。何だろう静かな威圧って言うの?」
「静かな威圧?」
「そう、気配を消して背後に立たれて、『汚いな』ってぼそって囁かれるんだ。その時、一瞬だけど殺気に襲われて……アレは怖い」
何だか、ラットルアさんの表情が少し怯えているように見える。
「……ラットルアさんも経験があるんですか?」
「あ~、冒険者になりたての時に。今も、不意打ちで会ったりするとビクついちまうんだよな~」
ラットルアさんが、姿を見ただけでビクつく存在?
何だか、見たいような、けして見たくないような。
そう言えば、リーダーの仲間って……もしかしてその人も一緒に、夕飯を食べるのだろうか?
「その方も、一緒に夕飯を食べるのですか?」
「あ~、たぶん?」
何だか、歯切れが悪いな。
でも、そうか。
今日、会うのか……皆が帰って来る前に、テント周りをしっかり掃除しておこう。
「大丈夫だよ!」
私の様子を見て、慌てているラットルアさん。
「あの人はそんな怖い人ではないから。ただ、馬鹿みたいに汚す奴だけに厳しいってだけで」
そうなのか。
だったら、大丈夫かな?
そんな汚くなるような使い方はしていないし。
……とりあえず、もう少ししっかりと掃除をしておこう。
…………
「お、帰って来た」
ラットルアさんの視線をおって、広場に戻って来ている冒険者たちを見る。
何だか、ずいぶんと今日は賑やかだな。
「あの様子だと。オーガを全て討伐出来たのかも」
なるほど。
それで皆、笑顔なのか。
討伐が終われば、町へ戻れるから笑顔にもなるよね。
私はどうしよう。
狙われているなら、町へは行かないほうがいいのかな?
「お疲れ」
「お疲れ様です」
「あぁ、本当に疲れたよ。それにしても随分と綺麗になっているね?」
シファルさんが肩からマジックバッグをおろし、テントのそばに置きながら周りを見回す。
テントの周りは、入念に掃除をした。
そしてテントも気になったので、拭いて掃除しておいた。
なので、綺麗になったと言ってもらえるのはうれしい。
「でしょっ! アイビーが頑張ったんだよ。俺、ちょっとリーダーの所に行って来るから、アイビーをよろしく!」
「了解。それにしてもアイビー、もしかしてテントも掃除した?」
「はい。ラットルアさんに許可はもらいましたが」
「ありがとう! いつも適当だったから気になっていたんだよね。久々に綺麗になっててうれしいよ」
よかった気に入ってもらえたようだ。
それにしても、さっきのラットルアさんは随分と慌てていたようだけど、大丈夫かな?
そう言えば、討伐隊が戻って来てから随分とそわそわしていたな。
「どうしたの?」
「いえ。今日で討伐は終わりですか?」
「そう! 目撃された数のオーガの討伐が終了! 明日はまだ周辺を調査する必要があるけどね」
「そうですか。本当にお疲れ様です」
「いいね~。なんだか癒される」
そう言うと、頭を撫で回される。
シファルさんは印象とは違い、結構力強いので首が少し痛い。
「シファル、力を加減してやれ」
ヌーガさんがシファルさんの手首をつかみ動きを止める。
それにちょっと感謝する。
「ヌーガさん、お疲れ様です」
「あぁ。そうだ、これ」
そう言って渡されたのは巨大な葉に包まれた何か。
開けると巨大な生肉。
おそらくモウのお肉なのだろう。
「味付け、よろしく」
そう声をかけて、ヌーガさんはテントの中に入って行く。
なるほど、ハーブ……ではなくて薬草での味付けかな?
これだけ大きいと少し時間がかかるな。
一口サイズに切って、揉み込もう。
スープにも使って大丈夫かな?
よし、夕飯を作ろうかな。
「アイビー、これも追加で」
もう1つ、同じサイズのモウの肉が追加される。
え?
持ってきたラットルアさんを見る。
「リーダーたちの分。リーダーのメンバーは全員で4人だから」
……すぐに取り掛かろう。
9人分となると大変だ。




