番外編 お父さんの憂鬱
「お疲れ様」
ジナルから、コップを受け取る。
香りから分かる、酒だ。
ジナルを見ると、ニヤッと笑ってコップをちょっと持ち上げた。
「今日で全部終了。あとは、元々在った教会の関係者が引き継ぐ。俺が出来る事は此処まで」
もっと時間がかかると思ったが、早かったな。
「そうか。お疲れ様」
コップ同士をちょっとぶつけて1口飲む。
喉を通る時の熱さ。
そういえば、酒を飲むのも久しぶりだな。
「……うまいな」
俺の好きな味で、うまい。
なのに、何かちょっと物足りないような気がする。
なんでだ?
酒は問題ない。
なのに、何かが……つまみが欲しいな。
アイビーが作る、ピリッとした辛めのつまみ。
「どうした?」
「いや、アイビーの作るつまみが欲しいと思ってな」
「ははっ。残念ながらここには無いな」
知ってる。
「そうだ。これ、貰えないか?」
教会の倉庫に積み上げられていた大量のマジックアイテムの残骸。
その中で見つけた小さなナイフ。
持ち手の部分に綺麗な装飾がされていて、小さい魔石を付けられるようになっている。
しかも、刀匠が作った真剣だ。
ナイフにしっかりと刀匠の名前が刻まれているので、売ればかなりの値が付くだろう。
「あっ、それ。見つけた時に随分と真剣な表情で見てたよな」
「あぁ、アイビーの誕生日プレゼントにいいと思ってな」
10歳の誕生日。
ちゃんと誕生を祝ってあげたいのだが、今の現状を考えると……はぁ。
「別に良いが。アイビーに、戦う方法を教えるのは反対だ。彼女の筋力では、相手は倒せない」
そんな事は、言われなくても分かっている。
アイビーは鍛えても、筋力が上がりにくい体質だ。
それもかなり。
だから、戦わず逃げる方がアイビーには合っている。
「これは、戦うための武器じゃない。これは、逃げる隙を作るための武器だ」
アイビーが教会に狙われている以上、対策を考える必要がある。
もちろん何があっても守るつもりだ。
だが、暴走した魔物を操ろうとしたり、人をクスリで縛ったり。
どうも不気味だ。
「大丈夫か? 少しでも戦う手段を得たら、逃げずに……。アイビーに限っては、それは無いか」
ジナルが話の途中で首を横に振る。
そう。
アイビーは自分が戦いに向いていない事を、しっかりと理解している。
だから、ナイフを持ったとしても、逃げるために使う事はあっても戦うために使う事は無いと断言できる。
「この大きさなら、隠し持てるか」
ジナルが俺からナイフを受け取り、重さや大きさを確認している。
そして、驚いた表情をした。
おそらく刀匠の名を見つけたんだろう。
「まさか、これ」
ナイフに刻まれていた名前は、刀匠として有名な1人。
俺もまさか、こんな場所でその名を見るとは思わなかったからな。
「正直、俺が欲しい所だが。アイビーの安全のためだからな」
名残惜しそうな表情をするジナルに、苦笑する。
冒険者なら、この人の真剣は手に入れたいと望むだろうからな。
それがたとえ、小さなナイフだとしても。
「ありがとう」
ナイフをジナルから受け取り、隠し場所を思案する。
「隠すならバッグか?」
ジナルの言葉に首を横に振る。
「バッグがいつも傍にあるとは限らない。身に付けておくのが一番だと思うんだが」
服の下に隠しても、違和感が無いのは腰か足だな。
ただ、腰は座った時邪魔になるし、足は慣れないと歩く時に邪魔に感じる。
……どっちがいいんだ?
「アイビーに決めさせた方が良いんじゃないか?」
それもそうだな。
でも、一式揃えてから贈りたかった。
「あれ? アイビーへのプレゼントって前にも何か買ってなかったか?」
「あぁ、髪留めと、髪飾り。あと、小指用の指輪だ」
「おいおい、何個贈るんだ?」
何個?
そういえば、えっと髪留めが2つに髪飾りが3つ、指輪が1つ。
それにナイフ。
「これで7個目だけど。その視線は何だ?」
呆れたように見るジナルを睨む。
「ドルイドは、子供を甘やかして駄目にする奴だな。アイビーは色々経験してしっかりしているから、ドルイドが無駄に甘やかしても大丈夫そうだけど」
失礼だな。
甘えてくれないアイビーだから、甘やかしたくなるんだよ。
「贈り物が1個だけとは、決まっていないだろう。それに、どれもアイビーに似合うんだ」
「確かに、アイビーは可愛いからな」
そう、アイビーはどんどん可愛くなる。
心配だ。
「ドルイド。アイビーに好きな人が出来たら荒れそうだな」
「そんな事は無い。アイビーが好きなら………………認めるさ」
「その間が、絶対に怪しいからな」
ちゃんと、認めるさ。
俺より強い奴は珍しいだろうから、せめて俺ぐらい強かったら。
あと、性格も大事だ。
ちゃんと見極めて、問題が無かったら……認めるさ。
たぶん。
「それで、いつ誕生日会をするんだ?」
ジナルの言葉に、じろりと睨みつける。
「ん?」
それに不思議そうなジナルに、ちょっと殺意が湧く。
「待て、なんで殺気を送る?」
「今の村の状態で店を貸し切りなんて無理だろうが! しかも料理を作ろうにも、アイビーが作る料理の方がうまいんだぞ? どうしろって言うんだ」
「あぁ、確かに。今の村の状態ではちょっとな。それに料理かぁ」
村は少しずつ回復している。
とはいえ、傷が深すぎるから元に戻るまでに時間がかかる。
こんな状態の時に、部外者である俺達が騒ぐ事は出来ない。
隠れ家で誕生日を祝うにしても、料理が用意できない。
アイビーが作る料理以上の物を作れるかと言われると、俺は無理だ。
ウルやガルスにも聞いたが「無理だ」と言われたし、エバスとアルスには無言で首を横に振られてしまった。
「アイビーは気にしないだろう? どんな料理だったとしても」
それはそうだ。
きっと買ってきた物を並べたって、アイビーは喜んでくれる。
でも、
「俺がアイビーの誕生日を祝うのは、これが初めてなんだ。だから、少しでも喜んでもらえる誕生日会にしたい。アイビーの誕生日を忘れていた俺が言うのも、どうかと思うけどな」
誰かを祝いたいと思ったのは、初めてなんだよな。
「どうして忘れてたんだ?」
「誕生日が嫌いだったんだ。だから誕生日というものをすっかり記憶から消していた」
俺の誕生日は、兄達に毎回嫌な思いをさせられた。
だから誕生日は大嫌いな日となった。
そういえば、いつからだっけ。
誰にも祝われなくなったのは。
あぁでも、冒険者になって4年を過ぎたあたりからゴトスがプレゼントはくれたな。
「料理かぁ。あっ! 1人上手い奴がいる。そいつに頼むか? 教会の事も落ち着いたし、話をすればきっと協力してくれるはずだ」
「迷惑じゃないか?」
「大丈夫、大丈夫。料理が趣味の奴で、うまいと思った物を自分で作るのが好きなんだよ。食べて気に入ったら、すぐに店主に作り方を聞き出そうとする奴だ。しかも断られたら、教えてもらえるまで何度も店に行って頼み込むような」
凄いな。
「誕生日会をするから、料理を頼めるか聞いてみるよ。まぁ、たぶん大丈夫だ。で、やるなら何時だ?」
そうだな。
「出発の2日前にする」
ガルス達の体力作りは出発前日まではやらない。
疲れた状態で、旅に出るわけにはいかないからな。
ただ、前日はいつもバタバタするから、ゆっくり楽しめない。
だから2日前。
「分かった。頼んで、明日には返事を伝えるよ」
「ありがとう。あっ、アイビーは根菜が好きなんだ。作ってくれるなら、根菜の料理を多めに頼むと言ってくれ」
「分かった」
まだどうなるか分からないが、誕生日会が出来るかもしれないな。
最悪、プレゼントだけでも渡そうと思っていたから、嬉しいな。
そういえば、あの店の帽子も可愛かったんだよな。
明日、店に様子を見に行ってみよう。




