634話 お父さんが見つけたんです!
ちらっと、マジックアイテムもどきの前にいるトルラフギルマスさんを見ると、呆然としている姿が目に入った。
彼の視線の先では、ヒソク、モエギ、コケが食事をしている。
まぁ、トルラフギルマスさんがこの反応になるのも仕方ないよね。
ほとんど何の説明もなく、この光景を見る事になったんだから。
「それにしても、凄い量」
目の前に積みあがっている、問題の魔力を含んだマジックアイテムもどき。
山のように積みあがっていて、向こう側は見えない。
なのに、ここにあるのはまだ一部らしい。
一体教会は、どれだけのマジックアイテムもどきを溜めこんでいたのか。
これが全て、凶暴化した魔物を作るために用意されたと思うと、ゾッとする。
「あ~、理解した。あぁ、これは……レアスライムだな」
トルラフギルマスさんの言葉に、ジナルさんが彼の肩を叩く。
「大変だろうが、頼むな」
「ははっ。警備体制を考えないとな」
あっ、そうか。
レアスライムだから、警備が必要になるんだ。
「ドルイドさん。スライム達を連れてきてくれて、ありがとうございます」
「いえ。お役に立ててよかったです」
ニコリと笑うお父さんと、にこりと笑うトルラフギルマスさん。
嘘だと分かっていてお礼を言うトルラフギルマスさんと、嘘がバレていると知っているのに押し通すお父さん。
こんなに会話が怖いと感じたのは初めてだ。
ヒソク達を見つけた経緯をどうするかと、少し問題になった。
さすがに「ソラ達が連れてきましたとは言えない」という事になり、お父さんが見つけた事に。
「無理があるよね?」と思ったが、ジナルさんが「ドルイドが見つけました。以上」と笑顔でトルラフギルマスさんに説明。
いや、何の説明にもなっていないけど、ジナルさんは言い切った。
トルラフギルマスさんは、ジナルさんとお父さんを見て「分かった」と一言。
全然、納得していない表情だったけど、ジナルさんとお父さんの様子を見て諦めたようだ。
それから3人はニコニコしてるけど、3人の笑顔を見れば見るほど寒くなる。
笑顔ってこんなに恐怖を感じるものだったかな?
ソラ達が入っているバッグにそっと触れて、3人から視線を逸らす。
ここから離れたい。
「では、俺達はこれで」
お父さんが、にこりと笑って頭を下げる。
「本当に先ほどした説明で終わりですか?」
やっぱり、色々と聞きたいんだろうな。
トルラフギルマスさんが、お父さんを見る。
「えぇ、それ以上の説明はありません」
お父さんは笑顔を消して、まっすぐトルラフギルマスさんを見た。
その態度に、トルラフギルマスさんが微かに眉間に皺を寄せるとジナルさんに視線を向ける。
ジナルさんが肩を竦めると、諦めたのか苦笑した。
「分かりました。この村にとって、この3匹のスライムはとても助けになります。……ドルイドさんが、この子達を見つけてくれた事、本当にありがとうございました」
トルラフギルマスさんが、お父さんに頭を下げた。
「大切にしてくださいね。お願いします」
マジックアイテムもどきの上で食事をしている2匹、ヒソクとコケ。
お腹がいっぱいになったのか、マジックアイテムもどきに寄り掛かって眠そうにしているモエギ。
3匹に視線を走らせたお父さんは、トルラフギルマスさんに小さく頭を下げた。
「はい、もちろんです」
その力強い返事に、お父さんがホッとした表情をした。
私も、よかったと笑顔で3匹を見た。
あっ、モエギが寝ちゃった。
「寝る場所を早急に作らないと駄目だな」
トルラフギルマスさんが、マジックアイテムもどきの上で寝てしまったモエギを迎えに行く。
そっとモエギを抱き上げると、ゆっくりと戻って来た。
その彼の表情を見て、本当に大丈夫だと安心できた。
「団長は遅いな」
一緒にヒソク達を見るはずだった団長は、クスリの禁断症状により大暴れした人の対処に向かった。
これから、そういう人が増えるだろうから気を付けるようにと、ジナルさんが言っていた。
「俺達は戻るよ」
お父さんが私の肩に手を置く。
「あぁ、そうだな。ウルに後で行くと伝えてくれ」
「わかった」
トルラフギルマスさんと別れて、村の様子を見ながら隠れ家に向かう。
ガルスさん達が心配だと、先に隠れ家に戻ったウルさん。
ガルスさん達は大丈夫かな?
「遅くなったし、何か買って帰るか?」
「作り置きがあるから、食べる物はあるけど――」
ガチャン!
「えっ?」
大きな音が鳴り響くと同時に、お父さんが私を守るように抱きこんだ。
「喧嘩とは少し違うみたいだ」
大きな叫び声と、物が壊れる音が聞こえる。
そして、バタバタと人が走る足音。
お父さんの腕の中から音が聞こえる方へ視線を向ける。
男性が暴れているのが見えた。
その男性の目を見て、ぞくりと震える。
「正気じゃないみたい」
「たぶん、禁断症状でおかしくなっているんだ」
この村の教会が使っていたカリョの根から作ったクスリ。
それは、少し改悪されていたらしい。
その結果、禁断症状が酷いとジナルさんが怒っていた。
「ここだ。あの男だ。取り押さえろ!」
3人の自警団員が来ると、暴れていた男性はすぐに押さえ込まれる。
縄を使って縛られていくが、今度は苦しそうにもがき出した。
「宿に戻ろう」
宿?
あぁ、周りに人がいるからか。
集まって来た人を避けるため、少し遠回りをして隠れ家に戻る。
扉を開けて入った瞬間、大きく息を吐き出した。
禁断症状が酷い事は聞いていた。
大変だとも。
「初めて見た」
「あぁ、あれがクスリに手を出した者の末路だ」
怖かった。
あんなに人を変えてしまうなんて。
「さっきの男性。挨拶した事ある人だったよね?」
「そうだな」
気さくな男性だったのに、さっき見た時は人が変わったように怖かった。
「大丈夫か?」
「うん」
少しずつ気持ちが落ち着いてくる。
「今日は、何も作らなくていいみたいだぞ」
えっ、どういう意味?
あれっ?
そういえば、
「何かいい香りがする」
「あぁ、玄関を開けたら香ってきたな」
今まで気付かなった事に驚くほど、家の中に美味しそうな香りが充満している。
さっきの光景に衝撃を受けたとしても、この香りに気付かなかったなんて。
それも衝撃だ。
「お帰り、今日の夕飯は俺特製の串肉だ。あれ? アイビーの顔色が悪いが、どうしたんだ?」
ウルさんが、廊下の奥から顔を出す。
そして、私を見ると慌てた様子で玄関まで来た。
そんなに顔色が悪いんだろうか?
気になって、ぺたぺたと手で自分の顔を触る。
「帰りに、クスリの禁断症状で暴れている者を見たんだ」
「あぁ、クスリの販売や譲渡が完全に止まったから、そろそろ出てくる頃だな」
ウルさんの手がポンと私の頭に乗り、優しく撫でる。
「大丈夫か?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
ウルさんの手の温かさに、笑みが浮かぶ。
それを見たウルさんも、安心した表情を見せた。
「ガルス達はどうなんだ?」
調理場へ行きながら、お父さんがウルさんを見る。
「隠れ家に戻ってすぐに、医者に診てもらった。来てもらった医者は俺達の協力者だから、問題ない」
「それで?」
「ドルイドも気付いているんだろう? 毒だ」
やっぱり毒だったのか。
解毒は出来たんだろうか?
「毒の種類は? 解毒は出来たのか?」
「毒は、『ミヒル』だ。体内に入って自然死に見せるようにゆっくり体の機能を弱めていく種類だ。ガルスは毒に気付いていたようで、『解毒をしたのに』と医者に話してたよ」
解毒をしたのに効果が出なかったの?
「ミヒルは厄介な毒なんだよ。普通は毒消しのポーションを1回飲めば毒の成分は消えるんだが、この毒は数回毒消しのポーションを飲まないと毒の成分が完全には消えないんだ。ガルス達は毒が盛られた事を知ってすぐに、毒消しのポーションを飲んだらしい。幸いにも毒の量が少なかったのか1回でも、毒の成分をかなり弱める事が出来た。でも、1回しか飲んでないから毒の成分が体内に残ってしまった。結果、本人達も気付かないうちにゆっくりゆっくり毒に侵されて、体の機能が弱まったんだろう」
そんな、厄介な毒があるんだ。
そういえば、毒消しポーションだけでは解毒出来ない毒もあると本で読んだな。
「毒消しのポーションを用意したから、もう大丈夫だ」
良かった。
「ガルス達は毒を盛られた原因が魔物除けだと知って、魔物除けに頼るのは止めたそうだ」
そうだったのか。
それにしても、解毒が間に合ってよかった。