631話 可愛くなってる!
……大丈夫かなって、大丈夫なわけないよね。
毒という事は、誰かに……毒を盛られた?
そうだよ、アルスさんを殺そうとした人がいるって事なんだ。
誰が? どうして?
アルスさんは毒を盛られている事を知ってるの?
エバスさんも似た症状だったから、エバスさんにも毒を?
もしかしてガルスさんも?
3人に毒……混乱してきた。
えっと冷静になって、そう冷静に。
「お父さん、毒って何? どうして? 誰が?」
あっ、凄い混乱してるみたい。
それに、お父さんが詳しい事を知るわけもないのに。
「あ~、そうじゃなくて」
「落ち着け」
分かってる。
お父さんの言葉に深呼吸して、高ぶっている気持ちを抑える。
だけど、必死に生きているアルスさん達に毒なんて。
そんなの、悲しすぎる。
「誰が毒なんて?」
「証拠もないし、見たわけでもない。彼ら3人の状態を見て毒だと思ったけど、それも本当なのか分からない」
でもたぶん毒だと思う。
お父さんが間違う事だってある。
だけど、3人の様子を間近で見たお父さんの判断は正しいと思う。
「毒を盛ったのは、ガルス達を乗せた商人じゃないかな」
「えっ? どうして? 魔物除けで守ってもらうのに……あっ、もしかして魔物除けを奪おうとしたの?」
魔物除けは商人にとって、決して手放せない物だ。
それが目の前に、効果の高い魔物除けがある。
冒険者だから力づくでは奪えない、でも食事に毒を混ぜれば奪える。
「そう。たまにあるんだよ、そういう事件が」
そうなんだ。
そんな事件があるんだ。
「ガルスさん達は、毒を盛られていた事を知ってるのかな?」
お父さんが首を傾げる。
「あの3人の様子を見る限り、アルスとエバスは知らないかもしれないな。ただ少し異変は感じている様子だったけど。ガルスの態度からは判断が難しい」
「そっか」
知っていても知らなかったとしても、治療をするなら毒の事は説明されるよね。
なんだか、やるせないな。
「ぷっぷぷ~」
ソラの声に、ハッとする。
私がくよくよと落ち込んでも、どうにもならないじゃない。
そうだ。
隠れ家に戻ったら、アルスさんと話をしよう。
どんな感情でもいいから吐き出してもらおう。
ため込むといい事が無いからね。
「ぷっぷぷ~」
「ソラ、どうした?」
お父さんがソラの傍に寄ると、ソラが森へと視線を向ける。
もうすぐ捨て場に着くけど、何かあったのかな?
気配を探っても、気になる物は無いんだけど。
ソラの視線を追うと、ある姿が視界に入った。
「「あっ!」」
どうして?
木々の下にある草影から、じっとこちらを窺う数十匹のラビネラ。
気配が森に紛れてて、気付かなかった。
まだ洗脳が解けてないのかな?
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
嬉しそうにラビネラの下へ飛び跳ねて行くソラとフレム。
その様子に、大きく息を吐き出す。
大丈夫なのか。
良かった。
洗脳が解けてなくて、追い掛け回してきたらどうしようかと思った。
それにしても、ソラ、フレム。
あまりの勢いに、ラビネラ達が引いてるから。
「きゅっ?」
「あぁ~、もっと優しくぶつかってあげて!」
「いや、ぶつかるのを止めた方が……」
2匹のラビネラが、ソラの勢いに耐え切れず転がってしまった!
地面を、ころころ転がったラビネラの下へ急ぐ。
怪我をしていたら、大変。
そういえば、お父さんが何か言ったような気がしたけど、まぁ後でいいか。
「ぷっ?」
ソラが「何?」というように、体を傾ける。
可愛い、じゃなくて。
「大丈夫? ソラ、もっと優しくね」
「ぷっぷぷ~」
転がって、目をぱちぱちさせていた2匹のラビネラを見る。
「あれ? 印象がちがう」
前はちょっとツリ目だったけど、今はコロンとした目をしている。
こっちが本来の顔付きなのかな。
これは、可愛い。
そっと手を伸ばすと一瞬ぶるりと震えるラビネラ。
しまった。
可愛くて気持ちが先走ってしまった。
「触っていい?」
「「きゅっ」」
返事がどっちなのか分からないけど、ちょっとだけ。
そっと触れるとふわふわの毛。
撫でると、温かさが伝わってくる。
しかも、羽がちょっとパタパタ動いている。
「可愛い」
ラビネラの様子に、気持ちがほんわかする。
「ぷっ!」
「てりゅ!」
「にゃ!」
「ぺっ!」
「きゅっ!」
あれ?
最後の鳴き声はラビネラだよね?
ちょっと不思議に思いながら、ソラ達を見ると少し拗ねている事に気付いた。
もしかして、ラビネラを可愛いと言ったから?
「もちろん皆はもっと可愛いよ」
順番に頭を撫でると、満足そうにする4匹。
もう、性格まで可愛い。
最後のソルを撫でていると、1匹のラビネラがそっと頭を私の手に向ける。
「随分と人懐っこいね」
そっと撫でると、嬉しそうにする。
こんな可愛い子達を洗脳したなんて、人として屑だね。
うん。
ここでずっと撫でてるわけにもいかないし、離れたくない気持ちをぐっと抑えてラビネラから手を離す。
「元気な姿を見せてくれてありがとう。ばいばい」
ラビネラ達に手を振って、捨て場に向かう。
暫くすると、森の中をがさがさと移動する音が聞こえた。
帰ったのかな?
そっと周りを見渡す。
「お父さん」
「あぁ、付いて来てるな」
なぜか、同じ速度で森の中を移動するラビネラ達。
もしかして何か用事があるんだろうか?
「少し様子を見るか」
「そうだね」
捨て場に着くと、興奮したソラが捨て場に突入していった。
ズボン。
「あ~、ソラが何かに嵌ったみたい」
「見てくるよ」
いつも思うけど、本当に綺麗に嵌るよね。
「これか。あぁ、これは出られないな」
お父さんがソラが入っている細長い筒を持ち上げる。
かなりの長さがあるため、確かに自力では出られないかもしれない。
お父さんが筒をひっくり返すと、ずずっという小さな音が聞こえポンッとソラが筒から転がり出た。
「ぷ~」
「ソラ、気を付けてね。お父さん、ありがとう」
「ぷぷ~」
私の後にソラもお父さんに向かって一鳴きする。
多分お礼を言っているんだろう。
「気を付けろよ」
ソラはもう一度鳴くと、元気よく捨て場を飛び跳ねだした。
……気を付けてくれてるはず、たぶん。
お父さんが、そんなソラを見て苦笑しながら、捨て場の外に出てくる。
「あれは、またいつかやるな」
「そうだね」と、苦笑しながら頷く。
「それにしても、おかしくないか?」
お父さんが周りを不思議そうに見回す。
そうなんだよね。
追いかけてきたラビネラ達が、捨て場の周りで寛ぎだした。
中には捨て場の中に入って遊んでいる子達もいる。
「きゅっ!」
「ぎゅっ!」
「えっ何? 何か変な鳴き声だったよね?」
「あそこだ」
お父さんが指す方を見ると、5匹のラビネラが集まっているのが見えた。
もしかして怪我かな?
急いでその場に行こうとすると、シエルが駆け寄る姿が目に入った。
「にゃうん」
シエルの登場に、ラビネラ達がほんの少し場所を移動した。
ちょっと怖いらしい。
少し様子を見ていると、一番小さいラビネラがシエルに救出された。
どうやらソラと同じように、ゴミに嵌ったようだ。
この捨て場は、嵌りやすいゴミが多いんだろうか?
あっ、ジナルさんの気配だ。
後は、ウルさんだ。
「お父さん、ジナルさんとウルさんが来てくれたみたい」
「早かったな」
そういえば、ジナルさんに紹介する3匹はどこにいるんだろう?
捨て場の外に視線を向けるが、姿が見当たらない。
捨て場の中にいるのかな?
少し場所を移動しながら、3匹を探す。
もしかしていなくなった?
「あっ、いた」
見つからないから、ちょっと焦ってしまった。
それにしても、ソルと何をしているんだろう?
ソルが、久々にマジックアイテムから魔力だけを取り出している。
ソルの周りには黒い魔力がぷかぷか浮き、それをソルの触手が捕まえて口まで運ぶ。
3匹は、そんなソルを見ているが特に何かをしている様子は無い。
なんだか不思議な光景だな。