628話 どっちから?
「さて、どっちの道を選ぶかな?」
真剣な表情で話し合うガルスさん達を見て、楽しそうなウルさんに苦笑してしまう。
ガルスさん達の体力が限界になったので、体力作りは止めて村に帰る事になった。
ただ、帰ると言ってもここは村から離れた森の中。
すぐに帰れるわけではない。
しかも、今居る場所から村に戻るために予定していた行程は、崖をもう1つ登って下りる必要があるらしい。
それを聞いた時のガルスさん達の悲しみは凄かった。
さすがにそれはという事で、ウルさんがもう1つの方法を教えてくれたのだが、歩いて約1時間は掛かる行程だった。
お父さんや私は体力的に問題はないので、ガルスさん達に選んでもらう事になったのだが、なかなか決まらない。
崖か約1時間か。
確かに迷う選択だよね。
特に3人は、既に疲れ切っているのだから。
「決まったか?」
「崖は無理だと思うので、遠回りで帰ります」
疲れた表情のガルスさん達が、ようやく話し合いを終えてウルさんの下へ来る。
確かに崖は、怪我の心配があるからね。
遠回りを選ぶのが無難だね。
「遠回りか。分かった。それなら帰ろうか」
ウルさんの言葉に、ガルスさん達を見て首を傾げる。
体力作りは、終わったんだよね?
「あの、その、背中に背負っている物を下ろしたら駄目なんですか?」
今日のガルスさん達は、重りを背負って森を歩いている。
体力作りに欠かせないと、ウルさんが朝持って来てくれたのだ。
ちなみに、私も背負っている。
「あっ、忘れてた。そうだな、下ろしていいぞ」
ウルさんの言葉に、嬉しそうなアルスさん。
辛かったんだね。
「アイビーはどうする?」
「私は特に問題ないですよ。久々の重さがなんだか懐かしいし」
最初の頃のマジックバッグは劣化版だったから、それほど重さを軽減出来ていなかった。
荷物を最低限に減らしても、それなりに重かったのだ。
身体も今より小さかったしね。
正規版のマジックバッグを初めて背負った時は、今までのマジックバッグとの違いに唖然とした。
今思えば、あれも体力作りに役立ったんだろうな。
「アイビーは凄いね」
アルスさんが、感心した様子で私を見る。
「体力作りが出来る環境にいたんです」
重い荷物を背負って逃げるしかない環境……二度と経験したくはないけど、体力はついた。
「帰るぞ~」
ウルさんの言葉に、アルスさんが気合を入れるのが分かった。
「力まないほうが、疲れないと思いますよ」
無駄な緊張は、疲れやすくなる。
「そうなんだけど、これから約1時間歩くと思うと……」
気合を入れないと歩けないのかな?
「まぁ、帰るだけだと思ってゆっくり歩いて行きましょう」
さっきまでとは違いのんびり歩くと、森の中の様子がよく分かる。
気配を探ると、遠くに魔物の気配を感じる。
こちらに来る様子は無いので問題ないだろう。
動物の気配もあるし、小動物が木々の上を走り回っているのも感じられる。
本当に、森が元に戻ったんだなぁと嬉しくなる。
この村に来た時に感じた森は、異様な静けさで気持ちが悪かった。
「あっ」
「どうしたの?」
私の小さい声に反応したアルスさん。
既に少し息が上がっている。
「シエル達が戻って来たみたいです」
森に出てシエル達をバッグから出すと、シエルはソラ達を連れて森に遊びに行ってしまったのだ。
初めての事で驚いたが、シエルが一緒なら大丈夫だろうと思う事にした。
「本当だ。速い、凄い」
凄い速度でこちらに向かって来るシエルに、アルスさんが呆然と呟く。
確かに今日は一段と走ってくる速度が速いような気がする。
ソラ達は大丈夫かな?
「にゃうん」
ポトッ。
ポトッ。
ポダッ。
シエルの鳴き声の後に、地面に何かが落ちる3つの音。
残念ながら、シエルが止まった瞬間にソラ達は振り落とされてしまったようだ。
地面に落ちたソラ達に視線を向ける。
…………あれ?
振り落とされたスライムを見て、ちょっと固まってしまった。
ソラ達ではない!
ハッとしてシエルを見ると、シエルの頭上に見知った姿が3つ。
良かった、いた。
「えっと、アイビー、この子達は?」
ウルさんの戸惑った声に、首を傾げる。
「さぁ?」
私に聞かれても、分からない。
もう一度シエルから落ちたスライムを見る。
薄い青色のスライムに濁った緑色のスライムに濃い緑色のスライム。
どの子も、初めて見るスライムだ。
というか、
「普通のスライムだ!」
久々に見た。
3匹のスライムに近付くと、私に視線を向けてくる。
うん、体が透き通っていない。
「お父さん、普通のスライムだよ」
「普通のスライムで感動するって……まぁ、仕方ないのか? それとアイビー、たぶんその子達は普通とは少し違うと思うぞ」
えっ、違うの?
もう一度3匹を見る。
身体は濁っていて、半透明じゃない。
「初めまして」
「「「……」」」
反応が無い!
どこからどう見ても、普通のスライムだと思うけど。
「テイムしていない普通のスライムだったら、襲ってくるから」
「あっ」
そうだ。
お父さんの言う通りだ。
スライムは人を見ると襲ってくる魔物だった。
えっと……襲ってくる様子は皆無だね。
「それより、どうしてこの子達を連れてきたんだ?」
シエルを見るお父さん。
シエルはお父さんと視線が合うと、すっと視線を森に向けた。
何がある方角だろう?
「そっちには、オカンイ村があるな」
「にゃうん」
ウルさんの言葉に反応を返すシエル。
「えっ? ……オカンイ村?」
「にゃうん!」
戸惑って聞くウルさんに、力強い返事をするシエル。
この反応はつまり、
「オカンイ村に、連れて帰りたいの?」
「にゃうん」
……連れて帰るんだ。
シエル達が連れてきたという事は。
「一緒に旅に行くの?」
「……」
違うんだ。
一緒に旅に行くために連れて来たわけではない。
でも、一緒にオカンイ村には行く。
「ウル、この子達を連れて行っても問題ないか?」
「それは、どうかな? テイムしてない魔物だからな」
一緒に旅をしないのなら、私がテイムするわけにはいかない。
というか、私の魔力量じゃ無理だから。
それよりどうしてこの子達を村に連れて帰ろうとしているんだろう?
今までの事から考えられるのは、この子達をただ連れて行きたいからという訳ではないと思う。
必要だから?
「村にこの子達が必要になるの?」
「にゃうん」
「ぷっぷぷ~」
「えっ、ソラまで鳴いた!?」
シエルだけではなくソラも鳴くという事は、この子達はそれだけ重要なんだろう。
「ウル、このスライム達は村に必要みたいだ。連れて行こう」
「えっ! 今ので? いや、本当にそうなのか?」
「あぁ、シエルとソラが鳴いただろう?」
お父さんが「何を聞いているんだ?」という感じでウルさんを見る。
いや、お父さん。
ウルさんの反応が正しいと思う。
お父さんも、ソラ達に慣らされたよね。
「分かった。でも、この子達が必要になるような事が……まさか」
ウルさんが、アッと言う表情を見せた。
「何か、思い出したのか?」
ウルさんがお父さんの言葉に頷くと、シエルに視線を向ける。
「もしかして、ジナルの話を聞いていたのか?」
「にゃうん」
「そうか。ジナルから聞いたんだが、教会の裏にあった倉庫で魔物を暴走させるのに使ったらしい、膨大なマジックアイテムが見つかったんだ。そのマジックアイテムの処理の事で、ジナルが頭を抱えていたんだけど。この子達が何とかしてくれるのか?」
「にゃうん」
ゴミを処理するために、捕まえてくれたのか。
でも、膨大なゴミに3匹?
「ありがとう。ただ、スライムも魔物なんだよな」
人を襲うか心配なのか。
「ねぇ、人を襲ったりする?」
3匹のスライムを順番に見ながら、聞いてみる。
テイムしていないから、通じないかな?
でも、ソラ達は私以外とも会話が出来る。
だから、出来るはず!
「ぷっ」
「あっ!」
薄い青色のスライムが小さく鳴くと、体を左右に振る。
……えっと?
「それは襲わないって事?」
「ぷっ」
小さく頷く薄い青色のスライムの頭をそっと撫でる。
おぉ~、触り心地がソラ達と一緒だ。
「アイビー! テイムしてない魔物を無闇に……魔物と……。いや、なんでもない。うん」
ウルさんの焦った声に視線を向けると、なんとも言えない表情で見られていた。
なんで?