625話 大丈夫じゃないけど大丈夫
おかしい。
朝ごはんを食べながら、お父さんの様子を窺う。
いつもと変わらないように見えるけど、どこか違う気がする。
昨日の夜、お父さんはジナルさんと話があるからと出かけて行ったので、二日酔いに効く薬草を準備しておいた。
今までの経験上、お酒を飲むと予想したから。
でも今日の朝、お父さんからお酒の気配が無くて驚いた。
別に、二日酔いになって欲しいわけではないので、それはいい事なんだけど。
お父さんを見てて気が付いた、いつもと違うと。
私が様子を窺っている事に気付かないし、周りを気にせずに考え込んでいる。
何かあったんだと思う。
心配だけど……聞いて欲しくなさそうだし。
もう少し、待ってみよう。
きっと話してくれると思うから。
「ごちそうさまでした」
食べ終わったら、少し休憩。
お茶を飲みながら、部屋の隅でウトウトしているソラ達を見る。
「遊び疲れたみたいだな」
ソラたちの様子に、ウルさんが笑う。
それに苦笑してしまう。
先ほどまで、隠れ家全部を使ってソラ、フレム、シエル、ソルで追いかけっこをしていた。
それはもう激しく。
階段を上ったり下りたり、上ったり滑り落ちて来たり。
あまりの激しい遊びに、ガルスさん達がぽかんとしていたからね。
「久々に思いっきり遊べて満足みたいです」
私の言葉にウルさんは笑うと、立ち上がって食器を手に取った。
「あっ、やりますよ」
「いいの、いいの。洗い物ぐらいなら俺でも出来るから。ソラ達を部屋に連れて行ってあげなよ。ゆっくり寝たいだろうから」
確かに、部屋の方がゆっくり休めるだろうな。
「分かりました。お願いします」
部屋に戻ろうと立ち上がると、眠そうなソラ達が動き出した。
大丈夫かな?
階段を落ちたりしないかな?
あぁ、フレムが壁にぶつかった。
抱っこして行こう。
「フレム、ソラ。おいで」
ふらふらと近付いて来たフレムとソラを抱き上げる。
シエルとソルは、少し待っててもらおう。
「アイビー」
「何?」
お父さんが、シエルとソルを抱き上げる。
「一緒に行くよ」
「分かった。ありがとう」
チラリとお父さんを見る。
話してくれる気になったみたい。
それにしても、お父さんが話す事を迷うなんて凄く嫌な予感がする。
2階に上がって部屋に入るとベッドにソラとフレムを置く。
お父さんもシエルとソルをベッドに置いた。
「「……」」
この沈黙は嫌だな。
「お父さん。お茶でも飲む?」
「そうだな」
椅子に座るお父さんを確認してから、お茶の用意をする。
今は、少し甘めのお茶にしよう。
「はい。どうぞ」
「ありがとう」
お父さんの前の椅子に座って、お茶を飲む。
ほんのり甘い香りと味に、ゆったりとした気持ちになる。
「アイビー」
「はい」
「少し前に、ウルが俺に書類を見せた事を覚えているか?」
アルスさんと、話をした時だよね。
「うん、覚えてる」
「あれには、教会で見つかった暗号を解読した一部が書いてあった。昨日、ジナルに全文を読ませてもらった。……アイビーの名前は載っていなかったが、アイビーを指す言葉が書いてあった。そして探している事も」
……えっと。
つまり、教会が私の事を探しているんだよね。
「教会が、私を……」
頭が働かない。
「大丈夫か?」
お父さんの心配そうな表情に、自分の顔が強張っている事に気付く。
「大丈夫、じゃないかな。凄く、驚いてる」
「そうだよな」
「うん。でも、大丈夫」
変な事を言っているよね。
大丈夫じゃないのに、大丈夫なんて。
でも、教会が私の事を探していると聞いて、大丈夫なんて言えない。
正直、怖いと思う。
だって、教会は自分たちの思い通りにするためには、人も簡単に殺す事を知っているから。
でもだからといって、震えているのも嫌。
だから、大丈夫だと思う事にする。
「お父さん、暗号で書かれていた全文を教えて」
「……分かった」
お父さんが私をじっと見て、息を吐いた。
「『ラトミ村から逃げた9歳から11歳の少女。ラトメ村で死亡。少女が鍵だった可能性あり。生きている可能性がある。存在を確認したら生け捕りに。死んでいた場合、次の鍵を探せ』と、かなり難しい暗号を使って書かれてあった」
「鍵?」
鍵って何?
私が何かするの?
あれ?
何か、引っかかるな。
「あっ、『教会は目的達成に必要な物を探している』と、アルスさんが言っていたけど、もしかして……必要な物というのが鍵? つまり昔から私を探していたって事?」
お父さんを見ると、首を横に振る。
違うの?
「アイビーに鍵の可能性があると発覚するまでは、言い方は悪いが全く目に留まっていなかったはずだ」
そのまま目に留まらなければよかったのに。
「きっと何かがあって、アイビーと鍵が結びついたんだろう。そしてそれから探しているんだと思う」
嫌悪感を見せるお父さんを見ていると、なぜか気持ちが落ち着いてきた。
「そっか」
もっと小さい時に探されていたら、捕まっていたかも。
それを考えると、今でよかった。
でも、いったい何をさせようとしているんだろう?
鍵という言葉にも意味があるのかな?
鍵……扉を開けられないようにする物だよね。
あっ、閉ざされた扉を開ける物でもあるか。
「アルスさんが『未来が変わる』と言っていたよね」
未来が変わるために……閉ざされている扉を開ける?
扉は何を指すんだろう?
「お父さんは、どう思う? 教会は、何がしたいんだと思う?」
「分からない。ただ、魔法陣に関することではないかと思っている」
魔法陣?
「教会の奴らは、魔法陣に異常なほど固執している。魔法陣の実験でどれだけの被害を出しても、悪びれないしな」
魔法陣か。
あれは、恐ろしい物だよね。
使う者をどんどん壊していくんだから。
「あっ、魔法陣を発動させる人を、壊れないようにするためとか?」
「いや、それは無いだろう。教会の奴らにとって魔法陣が重要なのであって、発動させる者は替えのきく物という認識だろうからな」
そうだった。
教会の人達は、そういう最悪な考え方をするんだった。
「お父さん。私はどうしたらいいの?」
教会に探されているなら、アルスさんと一緒に行動しないほうがいいよね。
オカンコ村に一緒に行けると思ったんだけどな。
「ジナルから、『ガルス達と一緒にオカンコ村に行って欲しい』と言われている」
「いいの!?」
「あぁ、まだ教会の動きがはっきりしていないからな。今、ガリットが王都に行って調べてくれているそうだ。鍵についてと、おそらく他にも色々と」
ガリットさんか。
今度、会う事が出来たらしっかりお礼を言おう。
「あと、調べて分かった事は、オカンコ村のアバルから聞く事になっている。アルス達を任せるジナルの仲間だ」
「分かった」
ジナルさんも色々動いてくれているんだな。
「アイビー、何か聞いておきたい事はあるか?」
お父さんを見る。
アルスさんの気持ちが実感出来ちゃったな。
私のせいで大切な人を巻き込む辛さ。
たぶん、お父さんに言えば「そんな事は気にするな」と、言ってくれるんだろうな。
「アイビー?」
「ごめんね。お父さん」
巻き込んでしまって。
まさか、教会に狙われる事になるなんて、考えもしなかった。
ラトミ村の村長や血のつながった父の問題が解決したから、もう何も心配はないと思ったのに。
「お父さん、これからも一緒にいてね?」
悪いなと思う気持ちはあるけど、一緒にいて欲しい。
「当然だ。アイビーは俺の大切な娘だからな」
「うん」
「それに、ソラ達もいる。決して1人じゃないからな」
ベッドに視線を向けると、寝ていたはずのソラ達が起きてこちらを見ていた。
うん。
大丈夫。
これから何があっても、絶対に大丈夫。
「アイビー、もしも」
「えっ?」
「もしも、俺と離れ離れになったとしても、必ず迎えに行く。どこにいたとしても、絶対に迎えに行く」
真剣なお父さんの表情と声に少し驚くが、たぶん「生け捕り」という言葉が気になるんだろうな。
「分かった。待ってるね。それに私もお父さんのところに帰れるように頑張るし」
「無理をして怪我をしないようにな。アイビーは、のんびり俺を待ってたらいい」
優しく頭を撫でる手に、笑みが浮かぶ。
「うん。待ってたら、ギルドの隠し玉が迎えに来てくれるもんね」
「はははっ。そういう事だ」




